2017/10/23

都市住宅地価とソロ男

モーサテをみると,アパート経営のCMが多い。この種のビジネスで個人を対象とするようになると,バブルであり終わりが近い。でも,東京オリンピックまでは持続すると思っていたが,その見通しは甘かったようだ。テレビCMは年に2回セールスをする。7-9月のセールスが今,放送されている。実際には,制作とかあるし,提供元の予算計画は年毎だから,実質は1年前だろう。今見ている広告は1年前の事業計画広告をみているわけだ。

東洋経済の人口減少と対比させた地価予測では,前年比マイナスに転じるのは 2020 年である。この生産緑地面積と人口から地主優遇度を算出してみた。

                  Green [ha] Population [1000]  Green/Population [a/1000]  Ranking
Tokyo         3296.4       13735                   24.0                                   3
Saitama       357.7         1282                   27.9                                   2
Yokohama    307.0         3733                     8.2                                   5
Kyoto           612.2         1473                   41.5                                   1
Nagoya        257.3         2312                    11.9                                  4

「生産緑地の放出や土地相続急増が打撃」とあるが,自民党政権は相続税緩和と生産緑地の延長を図るだろう。日本は土地資本主義である。銀行は不動産があると担保に融資する。つまり 土地=資本 である。35年前,横浜から京都市に引っ越して,驚いたのは北山通りとか白川通りに面した農地だった。この驚きと上記の数値は一致している。京都並みに他の大都市が生産緑地を増やせば,地価の下落をある程度,緩和できるだろう。しかし,起業とか構造改革となると逆に足かせとなる。流通さえ維持できれば,インターネットの時代だ。地方都市でも起業できる。横浜と名古屋が商工業の中心となっている実態が浮かび上がった。これも自由交易のおかげだろう。両都市には巨大港がある。織田信長の楽市楽座,横浜(神奈川)の開港が思い起こされる。

日経によれば,
アパートバブルに終息の兆しが強まっている。相続税対策と低金利を背景に貸家の新設着工は2年近く高い伸びが続いたが、このところ3カ月連続で減少。地方では空室が埋まらず、一定期間の無料貸しを売り物にする物件さえある。貸出先に困っている地銀はアパート融資に奔走してきたが、金融庁の監視強化で流れが変わりつつある。
 地方で空室が埋まらないアパートが増えている(栃木市)
 入居者様募集――。JR栃木駅から徒歩30分。空き地や山々に囲まれたある地域には、アパートの入居者を募るノボリや看板がわずか数百メートルの範囲に8つも立っていた。今夏に完成した新築の物件は20部屋弱のうち、9割ほどは埋まっていない。不動産店に問い合わせると「今ならキャンペーンで2年間は賃料を毎月5千円下げる」という。
 物件を大手不動産サイトで検索すると、「フリーレント」のサービスを付けると書いてある。不動産業界は空室が埋まらない場合、1~3カ月の無料貸しをしたうえで契約に結びつけることがある。栃木では千件以上の物件がフリーレントに出ている。地元の主婦は「昔は兼業農家が多く、誰も土地を売らなかった。今は農業をしないし、相続対策でアパートが増えた」と話す。
■相続対策が一服
 国土交通省の調べでは貸家の新設着工戸数は今年6月から3カ月続けて前年同月の実績を下回った。8月の減少率は5%に拡大。28都道府県で着工が減り、最大の下げ幅は栃木県の53%だ。同省の建設経済統計調査室は「郊外エリアの需要はピークアウトしたとの見方がある」という。
 アパートは2015年1月の相続税の優遇策に加え、日銀が16年2月に導入したマイナス金利によって急速に伸びた。貸家着工は6月まで19カ月連続で増加。16年度は全国に43万戸弱が供給されており、前年度比の伸び率は2ケタ増と、まさにバブルの様相を呈した。
 ただ三菱UFJリサーチ&コンサルティングの試算では、貸家着工は17年度に5.9%減、18年度も7.8%減を見込んでいる。同社の土志田るり子氏は「相続対策の需要が落ち込み、これからは減少傾向が続く」と予想する。貸家は人口減少が続く地域でも田んぼや空き地に建てられたが、この先はトレンドが変わる公算が大きい。
 アパートバブルを引っ張ったのは地銀勢だ。日銀のマイナス金利で稼げなくなり、収益を穴埋めするため一斉にアパート融資に動いた。「土地持ちの地主にアパート営業をかけろ」を合言葉に、全国の地銀が一斉に貸し込んだ。16年末のアパートローンの融資残高は前年比5%増の22兆円強と過去最高に達した。そのうち6割強は地銀の融資だ。
■副作用が顕在化
 ところが関東のある地銀幹部は「空室増で風当たりが強まるなかで支店に積極的に融資を増やせと指示できなくなった」と明かす。実際に昨年末から一転し、今年4~6月のアパート向け新規融資額は前年同期比15%減と09年の統計開始以来、最大の下げ幅になった。
 別の地銀幹部も「駅前とそれ以外の地域では空室率が異なる。需要の濃淡が強く出始めている」と過剰な貸し付けによる副作用を語る。こうした地銀に強い警戒感を寄せるのが金融庁だ。
 「アパートローンは持続可能ではない」。今月18日。都内で開いた全国地方銀行協会との意見交換会で、金融庁首脳は居並ぶ地銀トップにこう明言した。節税効果を強調し、将来の空室リスクを十分に説明しないなど、同庁は顧客を軽視した姿勢を問題とみている。
 一部の大手地銀は昨年、顧客を建築業者に紹介する見返りに、手数料を受け取った。この取引は違法ではないが、過度な手数料獲得に動けば、その分安く建てたい顧客が不利益を被る。金融庁は「顧客本位の業務運営」を地銀に求めており、一連の行きすぎた融資を看過できなくなった。
 金融庁幹部は「アパート融資は地銀と顧客の信頼関係を損ないかねない。今後も実態の把握を続ける」という。都心部のアパート需要は残るが、人口減少が加速する地方で年間数千戸単位の新規供給を続けることは理にかなわない。宴(うたげ)は終わりつつある。
なんともまあ,IMF が懸念を表明していた日本の地銀問題がこんなところに顔を出す。アパート経営者は資産を手放すだけだが,地銀融資が焦げ付いて不良資産化する。トランプ大統領は不動産業で名声を得たが,どうも所得税は一切,納めていないらしい。事業が赤字だからだ。自分の事業を黒字にできないような指導者がどうして,国家財政を改善できようか。地銀にしても,スイスの銀行家のように,強い円を背景に外国の起債を引き受け,円債を発行すればいいではないか。ちなみにスイスの銀行家は大学を出ていないそうだ。多分,実業高校を出てたたき上げの頭取になる。一方,日本最大地銀の横浜銀行頭取は歴代官僚の天下りである。まあ,官僚が外国企業の目利きをできるとは到底,思えないので当然ではあるが。

地価が下がり,住宅取得費が下がっても住宅建設の減少に歯止めがかからないようだ。日本の社会が変容しているせいもあるらしい。男は疲弊している。
男性は社会的機能、つまり仕事と、それに伴う社会的責任を一身に背負う代わりに、家庭内では女性より明確に上の立場にいました。
現代社会は、実は男性に負担が集中する構造になっています。そして、この男が苦しむ仕組みの元凶は、女性の社会進出を阻む男たち自身ですから笑ってしまいます。世界的に見ても、日本女性の社会進出が遅れていることは明らかです。世界経済フォーラムの「世界ジェンダー・ギャップ報告書」2016年版のランキングでは、日本はなんと111位です。
,とある。社会的責任とは徴兵の義務であった。女が男と同様に働いてくれたら,北欧の男のように楽になる。ちなみに北欧では女性の歩兵と防衛大臣は当たり前である。イスラエルでも女性兵士(徴兵)は通信とか看護兵に限定していたのが,なんとカラカル大隊では7割は女性(歩兵)である。軽量高性能自動小銃が彼女らを支えている。米海兵では女性兵士であろうと,反動の大きい軍用ショットガンを訓練させている。怖ろしい国だ。カラカラ大隊の女性兵士は 2012年にテロリストを射殺している。ロンドンでテロが起きると,スコットランドヤードの女性警察官は自動小銃を携行して警備する。ベトコンの女性少年民兵が米軍正規兵を反撃できたのは自動小銃による接近戦ができたからだ。日本軍は婦人に竹槍訓練を施していた。。。竹槍では間に合わないと書いた毎日の記者は懲罰徴兵になるところを,海軍が先んじて徴用して難を逃れたが,陸軍は同年代の再招集兵 250 名を硫黄島に送った。本来なら,陸海軍共同で硫黄島航空作戦に当たらねばならなかったのだが。海軍は早々に,硫黄島放棄を決定していた。家族もちの再招集兵を硫黄島に送る陸軍も陸軍だが,沖縄航空戦につぎ込んだ大戦力を硫黄島にふりむければ,後の本土空襲の被害を軽減できたはずなのによくわからない海軍だ。ガダルカナル以降,バラバラに戦った日本陸海軍。そもそも日露戦争後,海軍が勝手に仮想敵国を合衆国にしたのがいけなかった。陸軍も仮想敵がソ連中国だったのにもかかわらず,恐ソのあまり対米戦を選択した。実際,ソ連の電撃戦で満州は10日で崩壊した。日本人はポーランドをネタにするけど,実際の陸軍はポーランド軍程度だった。電撃戦とは航空機を無線管制,砲兵とした機械化部隊の集中使用だった。信じられないが,つい最近まで陸自と空自は無線通信ができなかった。対地支援攻撃機を国産したものの,直接地上部隊からの支援要請に応えない仕様にしてあった。多分,軍官僚が指揮統制を乱すと判定したのだろう。縄張り争いだ。どこの国でも陸軍あっての空軍だ。その大原則がなくなるのは不思議だ。英国は北アイルランド紛争では,警察権を英陸軍が行使し,戦闘のみならず捜索逮捕尋問も行った。例えば,対馬に韓国軍が侵攻,あるいは福井原発の使用済み核燃料庫奪取に北朝鮮特殊部隊が侵攻したら,どうなるのか。福井県警とか機動隊が特攻するとも思えない。どこが対特殊部隊制圧訓練しているのだろうか。沖縄戦ではついに軍政は敷かれなかった。改憲と危機管理は関係がない。官僚の馬鹿げた縄張り争いは愚につきる。幕末のペリー警備では,浦賀警備は川越藩と彦根藩が担当させられた。幕府直轄の浦賀奉行は単なる職名に堕し,軍事力は何もなかったのだ。その延長なのか,早朝に北朝鮮がミサイルを日本を越えて飛翔させた際,PAC3 をモニタしていた民放TVカメラ画面をみながら,アナウンサが何の動きも見受けられませんと,言外に意外のニュアンスをこめたいたのがおかしかった。多分,レーダも動作させていなかったのだろう。警備兵は実弾を支給されていないだろう。不思議な軍隊だ。これが国難だ。。。実際,PAC3では近くに弾頭が落下してきても,命中確度は 20% 程度だろう。サウジ国王が訪露して,S-400 の購入契約した。20億ドル。幕末の幕臣は痩せても武士,合衆国極東艦隊の砲火力の威力と海兵の戦闘力を理解できた。薩摩は船を焼き払われてその実力を知った。自衛戦争するのもいいけど,戦争指導者をどう推戴するか。幕末の奉行老中は他藩の同意を得て戦闘しなければならなかった。薩摩は藩単独であった。

さて,現代の自衛戦において最大の脅威は中露の核戦力である。いくら通常戦力を整備しても,核戦争になったら防ぎようがない。合衆国の核の傘を信じるしかない。米中および米露の密約をどうキャッチするか,諜報能力が問われる。諜報組織が機能するのに時間が必要だ。情報源の真偽を確かめるために複数の独立した諜報機関が必要になる。できれば3つ以上だ。日本には一つもない。


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2020 年の東京5輪ではどれだけの婦警が自動小銃を携行しているか。皆無だろう。戦国期,日本は世界に先駆けて足軽銃兵による軍事革命を成し遂げたのに,秀吉の兵農分離とともに中世に戻っていった(武士道精神)。沖縄戦の牛島将軍が特別あつらいの日本刀を軍刀にしたてて沖縄に赴任したそうだ。多分,歩兵銃も扱えない軍官僚だ。この逸話を読んで,彼が陣地構築にどうでもいい態度を取った原因の一端を知った。ナイフマニアが沖縄防衛司令官とは,あまりにも沖縄県民を愚弄している。こんな将軍を送り込んだ参謀本部がいけない。

ソロ男の分類が面白い。私も長らく独身だったから,なるほどと思う。新約聖書によれば,古代イスラエルは政治的に3つの党派に分かれていた。当時は政治=宗教である。ファリサイ人,パリサイ人そしてエッセネ派である。イエスはエッセネ派である。エッセネ派と同じ信仰態度を取りながら,世俗に背を向けた集団があった。財産を共有し,妻帯をせず,荒れ野に隠遁した。死海文書からその詳細が明らかになったクムランだ。キリスト教修道院の生活に似ている。

中世の欧州諸侯は封土を分割相続していたが,封土にも限界があった。仕方なく,封土のない騎士身分に落ちるか,司教職を得るかの方法が編み出された。聖職者は妻帯を禁じられていたので分封の必要がなく都合がよかった。日本でも皇子が出家し,門跡とする多くの寺があった。当時の僧侶は妻帯不可である。ある門跡を訪れたら,御車の精巧な模型が飾ってあった。不本意ながら,出家させらた皇子の残念無念怨念が籠っている感じがして,不気味であった。本来,長者継承を期待されなかった皇子,嫡子が襲位するとロクな事が起きない。イングランドのジョン王,将軍義教,義昭は還俗した。部屋住みだった後醍醐天皇,大老井伊直弼もそうだ。将軍慶喜はいやいや襲職したものの,本家を継ぐ事はなかった。共通しているのは実力で襲名したのではなく,血筋による神輿であった。平時ならこれでもいいが,危機に際してはどうか。聖職者になるように求められていたのが,急に軍を指揮しろと言われても困るのでは。

日本の政治指導者および軍事官僚に軍の指揮を期待しない方が無難である。古代イスラエルの最高法院(サンヘドリン)はメシアを推戴したが,あっけなくローマ軍団に鎮圧された。後にローマを支配したのはかつて刑場に送ったイエスをメシアと崇めるキリスト教とはまことに皮肉である。日本の軍事官僚はキリスト教をなめていた。今でも,特に海自の人民解放軍に対する自信過剰はどう考えたらいいのだろうか。

古代ローマ帝国崩壊後,今のスペインおよび南フランス地方に建国した西ゴート王国があった。ローマ時代のヒスパニアは帝国の穀倉地帯だったから,人口も稠密だったのだろう。しかし,ムスリムに征服されてしまう。北のフランク王国はムスリムを阻止し,後の西欧の源となる。西ゴートもフランクも宗教はカトリックである。ゴート族はローマ帝国を荒らし回っている間に,牧畜農耕を忘れてしまったのだろうか。ライン川を渡河したフランクは略奪が目的ではなく肥沃なガリアへの植民にあったようだ。これに似た事例が新大陸でも起きた。南米におけるスペインポルトガルの植民は奴隷による農園経営だったのに対し,北米の北部ピューリタンは独立自営農民であった。ピューリタンは牧師も含め妻帯しており,家族を率いて信教の自由を求めて植民した。しかし,そのピューリタンの末裔も少子化が著しい。息子が3人おれば,一人は後継ぎ,一人は聖職者そして最後の一人は軍人が理想だったが,そんな時代は終わった。そのかわり今はアマゾネスの時代だ。絶対平和主義のメノマイトから合衆国連邦軍兵士が出る時代だ。メノマイトと言えども個人の自由意志を否定できない。

何とも日本は中途半端な状態になったものか。ニュージーランドに女の首相が生れて,株価が下がった。日本初の女性首相はいつか。女ローマ法王と女天皇はどちらが早いか。3権の長が女天皇を拝めば,それなりに男尊女卑が改善されるかもしれない。その機会は少なくとも50年先くらいになるだろうか。悠仁さまの摂政はどうするのかな。女摂政がいいだろうが,眞子さまらは平民となる。

第一次世界大戦はオーストリア帝国皇太子が暗殺されて始まった。当時の皇帝はヨボヨボの老帝だった。皇室も少子高齢化。安倍首相はどうして女性皇室活用参画に否定的なのだろうか。民草の女は活用できても皇室は違うわけだ。天皇の嫡外子を認めない限り遺伝学的に直系男系が遺伝学的に不利な事は証明されている。実際,欧州王朝は嫡外を嫌ったからよく断絶し,継承戦争だらけだった。

西ゴートはガリアではなくヒスパニアに拠点を構えた。ヒスパニアの都市分布をみると,キリスト教徒西ゴートが建設した都市は3つしかないが,ムスリムが建設した都市は多数である。イスラムの灌漑農業と交易がその人口を支えたのだろう。だが,跡目争いが激化してムスリム諸侯はキリスト教王国に各個撃破されてしまう。この図式は後の非西欧世界における植民地過程と同じである。

現在のイスタンブールには,1492 年のレコンキスタで逃れたスペイン語を話語とするスペイン系ユダヤ人が2万人いるそうだ。今でも,逃れてきた家の鍵を代々子孫に継承しているらしい。まあ,日本でも長崎でキリスト教が解禁されたら,最初に老婆がキリシタンと名乗り出たそうだから,不気味でもある。戦国期に熱狂的に広まったキリスト教が明治の解禁では,さっぱりだった。

韓国は朝鮮戦争後,キリスト教が急速に普及し人口の3割を超えた。南北朝鮮が統一されると,核を保有するキリスト教国家が成立する可能性はどの程度だろうか。どこでどう捩じれたのか,わからないが安倍首相と寵用された稲田朋美が統一教会とつながるのも不思議な縁である。妻は極右の幼稚園だし,宗教色の薄いリベラルに勝ち味がないのも何となく納得だ。

寛容を前面に訴えるような政党は,靖国参拝を成し遂げた元総理大臣にソフトクリームと称されるくらいだから,ダメなのだろう。さて国難を鼓舞する勢力はどの程度,総選挙で伸長するだろうか。女の陸自歩兵が戦場に立つ日はいつだろう。。。写真は死語だったヘブライ語を使うカラカラ大隊女歩兵。
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日本の歴史は江戸の改革運動も含め,過去へ遡ろうとする。革命とは真逆の方向であった。建武の新政,王政復古,昭和維新(2.26),安倍政権の「日本を取り戻す」は明治回帰である。日本人が家庭生活を営むようになったのは農民の場合,江戸期からである。江戸の職人,売り子などは家庭を持てず,子をなさず死んでいった。そうやって人口が平衡状態にあった。都市でも家庭が持てるようになり,人口爆発となった。それが若い頃,おひとりさまがキーワードになった。晩婚化のせいである。

今では,子をなさくなった。英国のように未婚の母を推奨するしかないのだろうか。米英だと,社会保障制度のおかげで,貧困層は父親のいる家庭より母子家庭が有利である。日本の働くより,生活保護を受ける方が収入が多いのと同じような現象だ。古代ローマではパンは無料に近かった。娯楽のサーカスとかもただであった。養育できない子は捨てる場所があり,奴隷となった。市民権は特権であり,誰でもローマ市民になれたわけではない。戦争がなくなり,奴隷の価格は上昇する一方だから,奴隷を育てても元がとれた。彼らは何を信仰していたか。当時の国教はキリスト教であった。

日本会議に属する代議士が多数派でも,伝統的価値観の社会に復帰できないのは,社会的圧力がとてつもなく大きいからだ。そのしわよせが学校教育と会社だ。古代ローマ都市と現代都市のとても大きな違いは女性の社会的地位である。まあ,男は子を産めないのでこれは仕方がない。ホモサピエンス最初の芸術作品はビーナス(豊穣の神)である。ヒトが投げ槍で大型獣を倒して糧を得るようになると,オス優位にかわった。ラスコーにある洞窟壁画は少年の成人儀式の場と考えられている(学者の妄想)。少年は社会的に男になる。農耕段階になると,狩猟がより危険な他部族との戦闘に変わった。部族間の争いに社会の結束,きずなを確かめるために儀式,そして神が誕生する。王の時代になると,石碑は戦勝記念碑だらけになる。欧米の男女同権とは女性の男性化のようだ。

安倍政権の日本を取り戻すための女性活用とは,欧米とは異なりソ連風の活用だ。お隣の中国でもうまくいかなりやり方だ。ソ連の党,組合,軍幹部は全て男社会だった。とりあえず,教師,自衛官と警察官を含む公務員の半分を女性にしたらどうだ。

近代は家庭を中心とした社会だったが,日本の大都市は子をなさない都市生活者で溢れる社会になりそうだ。

参考

2017/10/20

歴史認識と日本経済崩壊 メノナイトの中国製トラクタ組立

映画 Matrix で主人公に「これは終りの始まり」と告げるシーンがあった。TVドラマロストにはタイトル自体にそれがあった。西欧啓典の民の独特の時間感覚というか,中東の辺境にあった弱小カナンの人々が創生した神話がやがてローマ帝国まで呑み込み,現代の合衆国に至った。換言すれば歴史認識である。終りとは終末思想である。終わりがあるなら,預言というアイデアも生まれる。一方,転生を信ずるインド思想にあって,仏教は「生」を苦とまでとらえるようになった。中国日本の末法思想とは著しく異なる。バビロン帰還後のユダヤ人は異民族(ギリシャ人)支配による迫害苦境のなかで,メシア(救世主)を期待するようになる。私のような異教徒の現代日本人が読むと,荒唐無稽なお話にしか読めないが,イエス期,古代中世では現実味があった。それだからこそ,異端派を生み,十字軍の熱狂となった。新約に黙示録がある。アンチキリストが預言されている。当時のローマ皇帝,宗教改革の頃には教皇がアンチキリストに擬せられた。
ある共同体が、歴史と悪の問題をどのように捉えているか。 このことは、その共同体の時間のとらえ方の中に、すなわち、時間の流れを終わりあるもの と考えるか どうか、 ということの中にさえ、現れている。それゆえ、時間をどうとらえるかは、ある意味で、その共同体が 自らをどうとらえているか、 ということに他ならない
ブッシュジュニアは北朝鮮とイランを悪の枢軸と呼んだ。トランプ大統領の国連での演説は実に激烈であった。それだけ国内に矛盾を抱えているのだろう。安倍首相の国難解散も似たようなものだと思う。指導者が扇情的フレーズを繰り出すのは異様な事態だ。しかし,株価は上がる一方だ。

古代イスラエルは利子を禁止していなかったが,古代キリスト教は何故か禁じた。古代教父達がユダヤ教と差別化するためだったのではと思う。古代ローマも滅び,バチカンは俗世の要望と封建化した教会が金利を肯定した。その理論的背景がトマスのスコラ学であった。経済を発見したのはアリストテレスであった。スコラ学は古代キリスト教をアリストテレス哲学の上に神学を教学に再編した。映画「バラの名前」にはイエスは財布を持っていたかという神学論争が描かれていた。

教皇領は喪失したけどバチカンをみると,とてつもない富の集積である。ルネサンス期ミケランジェロが設計した。カソリックは信徒に7つの大罪を戒めた。修道院も清貧を旨としていたが,堕落退廃そして新修道活動の勃興の繰り返しであった。イエスのラクダが針の穴を通るより難しい徴税人だったが,修道士が教会を巡回し,寄進する貨幣の出す音が神を喜ばすとの説教までなった。これは古代犠牲獣を焼く際の煙をヤーウェがかぐわしいと褒めた暗喩である。宗教改革は富の集積を是認し,信徒に婚姻を重要視させ禁欲的生活を求めるものだった。神聖ローマ帝国(スペインハプスブルグ)から独立したフランドルは新教徒とマラノ(スペインユダヤ教徒)のアジールとなり,人口が急増して大国入りした。アングロサクソンはさらに北米に進出し,フランス,スペイン勢力を排除した後,本国から独立するに至った。合衆国の誕生である。ペリーが日本に来航した頃,合衆国の人口は日本より少なかったが,太平洋戦争時には国民総生産は日本の16倍に達した。移民の増加と国土の広大さだけでは,この違いの説明はつかないだろう。明治以降の日本の労働生産性はそれほどでもなかったのではないか。

江戸時代から日本の識字率は高かった。識字率の低い清朝は世界の富の半分を集積していたから,富と識字率および宗教は関係がないだろう。しかし,20世紀になると日本をはじめ東アジアは大きく,合衆国に立ち遅れてしまう。司馬遼太郎の描く「坂の上の雲」に出てくる人物は軍人とか役人である。軍人と政治家は最も創造性の要しない職業である。日露戦争後,日米の国力差は開く一方であった。20世紀の代表的合衆国の人物にライト兄弟をあげたい。インテリでもなければ,一介の職人であった彼らが有人飛行を目指したのだ。動機は事業化で会社を設立している。彼らの精神の淵源を辿っていくと,イタリアルネサンス期のミケランジェロになる。ライト兄弟とミケランジェロの手は,がっしりとしていてハンマとタガネを使いこなしていただろうと思う。

Michelangelo's Pieta 1500
Wright brothers Power Flight 1903

中国の改革開放による発展を日本は模倣とみなすように,明治の日本は現代中国と同様だったのだ。台湾の一人当たり GDP が日本を追い越した。漢族は本来,商取引にたけた民族であった。商いが争いの原因になるとして儒家が排斥しただけであった。交易にリスクはつきものである。個人の商取引リスクを宗族が担保した。その取引を管理したのが官僚であった。鉄と塩を専売して税収を確保,異民族との交易は管理貿易だった。日本も中国を踏襲した。交易は富を集中し,文明を持続させる。

個人の創意工夫の総和がイノベーションへと,飛躍する可能性が出てくる。合衆国は極度の格差社会だが,日本のような階層社会ではない。日本は帰属組織による階層がある。

パナとか富士通のリストラが陰惨を極めていた頃,リストラ先に隔離部屋があつらえてあった。日本陸軍のインパール戦でも反省部屋があったとは驚きだ。西欧では異端者を改宗させるために,隔離独房に押し込めた。洋の東西を問わず,精神的に追い込み人格を崩壊させる手法にさして違いはないようだ。沖縄航空戦の陸軍基地知覧には振武寮があって特攻隊員は隔離再教育が行われた。玉砕を免れて捕虜になると,日本兵は簡単に転向した。集団同調が規範であった。

キリスト教を受容した欧州は人口が減少し,人口が増えだすのはローマ帝国滅亡後の AD 600 である。日本は 2008 年に人口がピークに達し,2030 年に 1200 万人減少する。日本を含め高度先進諸国は高齢化が著しい。なかでも日本の若者率は他国に比べ異常に低くなる。同調協調を重んじる我が国ではイノベーションは期待薄だ。一頃,一人当たり GDP が合衆国を凌駕した時期は単に若者が多かったのが幸いしたようだ。
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日本の経済成長率推移は合衆国と比較すると無残なのは致し方ないにしても,ドイツと比較してもマイナス時(経済減速)の振れ幅が大きく国家経済運営に疑問を抱かざるを得ない。日本のジニ係数が他の先進諸国と比べると高いのは日本は正規/非正規雇用とか階層化社会のせいだろう。しかし,日本のジニ係数が合衆国とほぼ同等とはショックである。日本の平等社会は幻想だったのだ。ジニ係数は貧困度を表す指標である。

現代資本主義の会社経営者には倫理が必要との岩井先生の指摘に,幕末の山田方谷を思い出した。当時の幕藩体制は地方分権というよりは連邦制に近かった。行政改革に成功した藩もあった。そのなかに幕末に老中を務め,維新に抵抗して蝦夷で再起を期した備中松山藩主板倉勝静がいた。その家宰が山田方谷である。現代の知事は選挙で選ばれ,改革をしようと思えば出来ない事もないが,東京と大阪は望薄である。幕末雄藩での改革は命がけであった。家老奉行が切腹暗殺はざらであった。かつての日本の高度成長は若者の割合が他の先進諸国に比べ極端に多かったせいなのか。
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古代ギリシャではアテナイとスパルタが争いその後テーベ,やがてマケドニアが覇権を握った。その間,ギリシャ諸都市は急激に衰退し人口が減少した。古代ローマは上手に衰退していった。イタリアだとベネチアは長く栄え,フィレンツェは短かった。作家の塩野はリストラの違いと書いているが,民主貴族制と独裁貴族制の違いもある。古代ギリシャのポリスの人口は例外にしても,欧州諸都市の人口は日本の大都市に比べ,はるかに少ないのに存在感があるのは何故だろう。その極端なのはスイスのカントン(州)だろうか。グローバルイノベータランキング会社数だと日本は断トツ1位である。日本の農業同様,過度に適応化したため精緻化とひきかえに効率が犠牲になったのだろうか。日本の大企業が西欧と比較して遜色がないとすれば,やはり中小零細企業の低労働生産性が足かせになっているのかな。日本の構造改革が足踏み状態なのは,西欧近代化以前のルネサンスと宗教改革の有無が影響しているのかもしれない。これはロシアの近代化にもあてはまるかもしれない。

山田方谷は藩札を領民を前に河原で燃やした。そして賭博を禁止した。国会はカジノを解禁し,国債を増発し続けている。それでも,安倍政権の総選挙大勝はほぼ確実だ。会社経営者に倫理が必要なように,国家指導者にも必要のようだ。明治 150 年のつけが,人口減少とともに召致する。財政破綻どころか東京都自体が機能しなくなる。長らく日本人の規範になっていた江戸システムも瓦解するのだろうか。大政奉還は3通の書付から成っていたそうだ。それを老中が40藩程度の代表に示した。その新発田藩版コピーが発見されたそうだ。教科書にあった大政奉還の絵画はウソだった。うるさい薩摩藩とかだけに慶喜ではなく老中が説明補足したらしい。それを起案したのが山田方谷である。江戸幕府の崩壊はあっけなかったけど,江戸システムは今でもつづく。議論のない形式化した会議がそうである。上位下達。前原小池会談による政党間では,宣言書どころか,書付メモすらなかった。小池が拒否したのだろうか。当然,合同綱領も期待できないだろう。党委員会とか評議会組織もでたらめのようだ。党にも代議員制(評議会)が必要なのだ。その当たり前が機能しない。これは民主主義政党とは呼べないだろう。以下に党宣言書を示す。
私たちが希求するものは、 党の利益ではなく、 議員の利益でもなく、 国民のため、つまり国民が納める税の恩恵を全ての国民に届ける仕組みを強化することにある。 国政を透明化し、常に情報を公開し、 国民と共にすすめる政治を実現する。 既得権益、しがらみ、不透明な利権を排除し、 国民ファーストな政治を実現する。 国民ひとりひとりに、日本に、未来に、 希望を生むために。
「改革」を排除する意識が高いようだ。「既得権益」および「不透明な利権」とは具体的に何を示すのだろうか。検索しても出てこない。やはり,歴史的にみても女性指導者に長期ビジョンを期待する方が無理筋か。マリアはイエスの母だけど,民の救済と指導は無理だった。政党指導者なら政敵に戦いを挑むのが当然だろう。彼女に攻撃精神はあるのだろうか,疑念を持たざるを得ない。
振り返れば、小池は、ボスの横でテレビに映るのが実にうまかった。これを男がすれば、鼻持ちならんが、小池はすんなりとしゃなりといつの間にかボスの横につく。はじめは、細川さんで次は二人の一郎さんだ。即ち、小沢一郎さんそして小泉純一郎さん。新進党の海部俊樹さんの横に小池がいた記憶がない。印象の薄い御仁の横には小池はいない。小池の、このボスの横にいるという政治力を見くびってはならない。昔、秀吉の側に、耳糞をとるだけの役目の坊主がいた。この坊主は、居並ぶ群臣の前で秀吉の耳糞をとるとき、唇を動かせて秀吉に何かをひそひそ話をしているような仕草をする。その結果、この坊主宅は各大名からの付け届けであふれたという。政界とは昔も今もこういう人間世界だ。
プロテスタント指導者カルバンは敵対派に対してプロパガンダ(教理綱領)を改変し続けた。ローマ皇帝後に教皇が主催した宗教会議が西欧民主主義の原理なのか。後に3部会となる。スイスに至っては,古代の民会がそのまま近代民主制になっている。岩井先生は合衆国資本主義は連邦議会が資本の走狗になっており,もうどうにもならない段階と言っているが,一部の草の根自治体は民主制が機能しているようだ。Mayor は無給なので,世襲はあり得ないだろう。実際の運営はマネジャーに委任する。うらやましい。。。先生とお巡りさんの雇用方法はどうなっているのだろう。ピューリタンが建国したニューイングランドは他の改革派を排除するようになる。イエスが説いた寛容が不寛容になる。宗派対立は宗教心が篤ければ激化するのだろう。ドイツの迫害を逃れウクライナで,400 年農業に従事したメノナイトの一派は,ロシア革命で追放になった。さらにカナダに逃れ,同化を拒否しメキシコに移住,さらにボリビアにまで移住している。どうも入植がうまくいかず,アーミシュに転向した家族もいるようだ。合衆国民の過半は教会に行かない。

500 年前のドイツ新教徒の子孫がボリビアの農民になり,同じ頃オランダのユダヤ人(マラノ)がブラジルから北米に拡散したのと対照的である。北米ユダヤ人はほとんど農業に従事していない。農業労働者として入植した日系アメリカ人も同様である。合衆国中西部の農民はドイツ北欧からの移民の末裔が多いようだ。アイルランド系,イタリア系および日系が後発組の移民が農地取得に困難があったにしても,アイルランドおよびイタリア系は開拓を忌避したようだ。職業観と自然観に違いがあったようだ。南米でも日系人=農民の図式はくずれており,宗教世界観が何がしかの影響を及ぼしているようだ。アーミッシュとメノナイトが存続している新大陸は不思議な社会である。メキシコ荒地のメノナイトが北米での植民を諦めたのは何故だろう。農地が入手できないからか。ボリビアのメノナイトコロニのレポートを読むと,一人の司教と7人の牧師が治めている。成員は聖書を読まないようだ。読むような成員はコミュニティから分離していく。男に比べ女の労働は休む間がない。統計によると,大家族で核家族には程遠い。農地不足で成人男性が独立できず,犯罪が発生するのかもしれない。イスラムの社会不安原因と同じか。昭和初期の政治不安も過剰人口のせいとも言えるかもしれない。

意思決定方法は江戸システムのまま,明治政府は徴税と防衛組織を一変したものの,その軍組織はインパールの地で反省部屋を設置するに至った。本来,民を守るべき組織指導者が民を抑圧するのは何故か。戦中,江東区が焼け野原になって魚雷の生産が止まったと書いた。京浜工業地帯の防空は九州より重要なのだが,何故か,日本海軍は沖縄航空決戦を選択した。本土防空は陸軍の所管なのだが,硫黄島まで満足に飛行できる機材もなければ,計器航法を戦闘機パイロットに課していなかった。日本陸海軍は米軍来襲を真剣に検討していたとは思われない。何故そんなバカげた事が起きたのか。江戸期以来の民族性だろう。戦前の海軍軍棋(ボードゲーム)では米海軍の東京湾侵入を如何に阻止するかだったのが,ついに活かされなかった。最後の軍令部総長は豊田だった。そのダメ総長に戦後,海自は礼を尽くした。官僚組織とは恐ろしいと思う。豊田は中堅幹部に人望があったそうだ。その理由は豊田の陸軍嫌いにある。危機において指導者を適切に選抜できない国家はどうみても,戦争は不可だろう。今は国難だそうだ。確かに人口が急激に減少していく。自治の基本に帰るしかないだろう。官僚は本来,マネジャに過ぎない。議員は行政を監督するのが役目だ。岩井の言うように連邦議員は資本に篭絡されてしまったのだろうか。日本は官僚,代議士および業界が利権トライアングルになっているのだが。合衆国キャッチアップのためには実に効率的に機能したのが今では仇になっている。これから,人口が半減するまでの間にどれだけ軍官僚の発言力を増すか。

50年後,日本経済は崩壊しても文明そのものがなくなるわけでもない。都市廃墟のなか,東京中心の政治文化がなくなるだけだ。もうメガロポリスを維持するだけの体力はない。古代アテナイはギリシャがオスマン帝国から独立するとき漁村になっていた。気になるのは,合衆国の近未来ゲームだと,日本の都市では中国語もしくは英語が共通語になっている。香港とか Guam のイメージだろうか。

日本人の時間意識からすると,30年  50年先を説いても極端な現世主義から説得性がない。ここに
その予兆となる経済データを示す。連日の株価連騰をみると,安倍政権の大勝はほぼ確実だろう。しかし,アベノミクスによる超金融緩和にもかかわらず,賃金および会社従業員所得は伸びるどころか下がっている。アメリカ流構造改革するのなら,従来産業の企業給与水準を大幅に下げないと構造転換は望めないだろう。明治維新は役人(武士)の一斉解雇により,実現されたのだ。それにはまず議員そして公務員給与カットをして範を示すべきだろう。終身雇用期間の30年かけて構造改革するには,残念ながら人口減少が早く,北欧のような漸進改革は間に合わない。といって,どうにもならないのが現状だ。

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支離滅裂になったけど,江戸システム前の「秀吉」と小池劇場がかろうじてつながった。中華王朝では宦官が秀吉の坊主に相当したから,皇帝が代わると権勢を誇った宦官でも簡単に暗殺されたものだ。旧日本陸軍にも小池のような軍人がいたなと思い出した。悪名高いのは東條の三奸四愚と称された側近達だった。最近では,三汚物と称される杉山,牟田口(インパール),および富永(特攻推進)があるようだ。

DOL のコラムが日本の末期的状況を述べている。諸税賦課は増える一方だろう。
突然の衆議院解散によって政局が流動化しているが、ここまで財政状況が悪化してしまうと、まともな政治家や政党が責任ある政策を掲げて選挙に勝利することは不可能である。 太平洋戦争末期にも大本営発表が嘘っぱちであることに薄々気づいていた人は多かったと思われるが、軍と政府がズルズルと既定路線を続けるのを許したことにより、二度の原爆投下を含む甚大な被害を発生させてしまった。 今回も同じ顛末になりそうだが、そのことは私たち日本人が歴史から学び合理的に行動することができない国民であることを意味しているのではないか。
日本産業の崩壊に伴い大都市が荒廃しようと,日本農業が途絶えるわけでもないだろう。公教育を一切,拒否しているメノナイトが中国からトラクタ部品を取り寄せトラクタを組み立てるとは驚きだ(2011年)。男は家事労働を一切,しない。イノベーションは教育がもたらすものでもないようだ。学校教育を無償化しても関係がないだろう。それはソ連をみればわかる。明治の画一教条主義教育のついた先が,坂の上の雲の「空襲と原爆」だった。日本精神に内在するなにかが,結果的にヘーゲルのいうアジア的停滞になるのか。メノナイトの思想は近代ではない。個人と国家との契約を否定するからだ。

新聞に総選挙論点を項目別に一覧表が掲載された。維新が「次世代原子炉の研究は継続」とあり,まともである。日本は貿易立国である。自動車を輸出して,エネルギと食糧を輸入する。富の源は交易にある。日本の競合国は今や,欧米ではなく中韓台である。通商政策の項目記述がなくなった!もう毎日新聞はダメだな。。。階層社会の日本にあっても,選挙となると階層の上下とは無関係に同じ一票である。しかし,下層および貧困層は合衆国のスラム社会同様,投票にいかない。これらの階層は新聞も読まない。戦後民主主義を支えていた中間層が貧困化したけど,これら階層の票は自民以外のすべての党に分散される。

欧州のメノナイトは教皇権と世俗の領主権を否定して,迫害されロシアそして新世界に逃れた。一言で言えば無政府主義者だ。エクソダスが 600 年も続くとコロニ内部に聖俗の離間が発生するのが興味深い。宗教指導者が権力を行使し出す。兵を統率しなかった古代の天皇が軍権を行使できた理由がわかるような気がする。

戦前の貧困層は兵隊の供給源だった。現代は何だろう。メノナイトは武装せず,一夫一妻制ながら,男が女を収奪する社会である。現代日本に少し似ているな。立憲民主の「同一労働同一賃金」くらいしか社会変革の主張が少ない。男尊女卑の日本にあって,女が党首の希望が国民ファーストではなく女ファーストと言うくらいの気骨があればいいのだが,そうもいかないのか。創造性を要しない政治家,公務員および教師は女が十分務まる職業ではないか。否,日本は男が女のようになっている社会なのかもしれない。いつからだろうか。とりあえず,女性候補に投票する事にした。

参考


ルネサンスと宗教改革 トレルチ
2017/10/16

イノベーションとドラマ Outcast

資本主義がキリスト教社会から勃興したのは否定しようがない。なかでもプロテスタント倫理に着目したのがウェーバだった。EUは明示されないが西欧キリスト教諸国の連合体である。しかしEU内でもPIGSと称されるラテン諸国は低成長と高い失業率に喘いでいるから,一見妥当性がありそうだ。

アメリカ合衆国は極度の格差社会である。平等を主張するとコミニストと非難されるお国柄である。合衆国の宗教社会は人種別である。白黒同一教会は稀である。黒人教会は圧倒的にプロテスタントである。実際,合衆国から日本へ布教にやって来る若いモルモン教徒に黒人を見たことがない。黒人教会は海外布教する資金余裕はないのだろう。トランプは民主党の地盤であった中西部錆州の支持を得て大統領になった。一般に民主党=堕胎OK,共和党=堕胎NG の関係がある。草の根運動や進化論を否定する原理主義者は一般的に共和色の白人である。

家人が Outcast と題されたオカルトTVドラマをみていて,私も4本ほどみた。合衆国のコミュニティのあり方が映像化されていて興味深かった。小さなタウンが舞台である。町の住人に邪悪な何かがとりつく。牧師はそれを町民に訴えるが,教会幹事会が牧師を解任する。日本の神社では神主が氏子会議で解任されるのはあり得ないなと思いながら見る。牧師館も含め教会の資産は牧師に所有権はない。幹事会が「連合」に新しい牧師を依頼したとあるから,合衆国プロテスタントの主流派とわかる。これまで,エクソシストとかオーメンはカソリックの悪魔祓いだったから,Outcast はポーとかキングのホラーに近いのでより合衆国民に受けるのであろうか。プロテスタント教会なのでイエスの磔刑像はない。

町の警官が過剰暴力で失職する。妻は妊娠したが,支払いのあれこれを挙げて自分一人の収入では無理と堕胎を決意する。彼女の職業は小学校教師である。いかに合衆国教師の収入が低いかわかる。夫は警備の職の当てがあると妻を慰める。早速,車を売り替えて現金を得てくる。主人公がどうやって生計を立てているのか,途中から見たせいもあるが不明である。主人公の住まいは廃屋に近い。

牧師は悪は善人が愛着するものにとりつくと主人公に説明する。なるほどと思う。イエスが全人類の罪を背負ってハリツケになっても,悪が蔓延るのは何故か。主人公は愛する者を守るために邪悪なものに立ち向かう。悪には指導者がいて,悪業へと導く。Matrix は主人公の覚醒が物語だった。Outcast は主人公自らの不可思議な力が愛する者に禍をもたらし苦しむ。

おまけにあったオーメンの新作第1話をみた。主人公はすごいイケメンである。30歳独身の設定だ。出てくるエリート層のソサイエティとか大学をみると,シカゴ大を思い出す。シカゴ大は合衆国自由主義経済学の総本山である。シカゴ大キャンパスをみると,合衆国の富はとてつもないと実感する。そんな雰囲気で南部陽一郎は研究していた。経済学は経済分析を通じて,富の配分と最適化の提案はできるが,新しい富の創出は無理なようだ。シカゴのスラム問題と黒人は同じである。アフリカ系政治家,軍人,経営者が輩出しているのに,IT分野では皆無である。不思議な現象だ。

日本でも世界を牽引するようなIT分野の独創的な会社は任天堂を除いて皆無である。任天堂とかソニーエンタテインメントはアミューズメントだから,Google よりは Disney に近い存在だ。といっても,所詮ゲームだから主体はプログラムである。

プログラムはヒトの知的産物である。これに価値を認め,高給を支払う合衆国と低給に喘ぐ日本のプログラマ。シカゴの黒人女性の賃金はほぼ白人と同等まで上昇したが,黒人男性は低いままだ。これは黒人女性が教師とかソーシャルワーカに進出したせいだろうか。今では司書,教師および介護職といえば黒人女性の定番なのだろうと思う。

不思議なのは黒人農夫が少ないのはどうみたらいいか。日本の新規就農者が不利なように農地取得に制限があるのか。かつて西欧ではユダヤ人は農耕に従事できなくて,ゲットを形成した。それでも信仰を捨てなかった。ユダヤ人が移動の自由を得るのは,帝国主義が隆盛になるオーストリアおよびドイツ帝国下である。ユダヤ農民が増えたのはどうもポーランドくらいだけで,移動の自由を得ても農地の取得は困難だったようだ。第一次世界大戦後のボルシェビキ指導者はレーニンスターリンを除けば,ユダヤ系が目立つのもユダヤ農民が少なかった証左になるだろうか。ロシア革命はユダヤ革命になる筈が,スターリンの党指導は解放に程遠いものであった。統制社会では交易市場貨幣はさして意味をなさず,例えば価格とは統計上のものであった。

アフリカ系合衆国民と日本国民がイノベーションに不得意な理由は何だろう。言語でもなければ宗教でもない。共通項は農民指向が弱い事だろうか。日本の農民は土地所有を維持するために農民を自称している一面がある。かつての武士みたいなものだ。同じプロテスタントでも黒人教会と白人教会では職業倫理感が異なるのだろうか。見えない障壁バリアがあると考える方が妥当か。日本が低成長に喘ぎ,貧困化進行している。これを打破するにはイノベーション(構造改革)するしかないだろうが,総選挙の論点を見る限りその意識は皆無である。政治を民意の妥協の産物とみなせば当たり前か
とも思う。

資本家が何に投資するか。明治の鉄道に投資したのは維新政府ではなく,各藩の豪農富農であった。農林中金の投資対象は国内新規産業とか就農者ではなく海外である。それほど内国産業は労働生産性が低いのだろう。どうも合衆国農務省も黒人農民に余り優遇して融資しないようだ。優遇とは我が国の言葉でいえば「補助金」だろう。

市場経済が崩壊したカオスの今,政府に処方箋はないだろう。経産省官僚が四国の獣医学部新設を国家戦略と呼ぶ程,劣化している。実際問題として,彼らはお手本がないとどうしようもない。社会を変革できるか。オバマの8年は Change と言いながら,現状維持であった。糞オバマケアですら,給付対象になり得ない貧困層は投票に行く事はない。日本の無関心層と称される貧困層も同様だろう。

地方で一旦,壮年の男が定職から離れてしまうと再就職はなかなか困難である。合衆国のアフリカ系男性とだぶる。ローマ帝国は市民が遊民化して衰退した。中華王朝は遊民が暴徒化して農民反乱となり滅亡するのが常だった。

高度先進国ではグローバル化のなか,成年男子が担っていた製造産業が自国内で消失した。貨幣資本は安価な労働力を求めて,移動するのは当然だが,移動の自由があると言ってもヒトはそうもいかない。古代の市場交易に際し,異邦人と貨幣は双対だったのが,現代中国人民政府は合衆国連邦50年債を買い増しする。その中国の富が合衆国に還流する。これがメインストリームとしたら,合衆国アフリカ系男性と日本男性のワーカの位置づけが見事に重なるとわかる。何故我々はイノベーションから取り残されるのか。イノベーションを生み出せないのかと言い換えてもいいだろう。

冷涼な鎌倉期に日本の農耕は畜耕に移行しつつあった関東にあって,室町期にもなると貨幣経済,足軽鉄砲による軍事革命がありながら,兵農分離とともに江戸期に人力農耕へと回帰したのは何故か。現代イノベーションの阻害する要因は人力耕起に遠因するのではないか。

さらに高度な灌漑畜力農業を行っていた古代エジプトがギリシアローマに屈したのは何故か。征服者のローマ農業は原始的天水農法であった。日本の灌漑稲作も実に高度な農業である。コミュニティの語源はラテン語のコムニーである。以前,農地面積単位の違いについて述べた。古代ローマでは牛一頭が一日に耕せる面積が単位である。米英のエーカもそれに準ずる。他方の日本は米の石高が基準となる面積である。古代アメリカ文明のように適応過多が進歩を阻害するのであろうか。

合衆国アフリカ系男子も日本の男子も新しい職能を志すチャレンジ精神が少ないようだ。米軍に志願して大学奨学金を取得するのもアフリカ系ではなくヒスパニック系が多いようだ。日本農業は世襲ばかりで新規就農者が少ないのと日本に求められるイノベーションが関係がないようでつながっているのではないか。どちらも個人の裁量が求められ,しかも農業は孤立してできるものでもない。コミュニティと市場へのアクセスが欠かせない。それは新事業でも同じだ。

合衆国白人男性もしくは中国台湾を中心とするデジタルソフト産業が日本を含め世界を呑み込む。一見,日本人の職業倫理観もイノベーションに対応できるのかと思ったが,日本の電子立国は幻だった。模倣と新技術新市場創出は別物であったか。台湾人には見える世界市場が日本人には国内しか見えない事実はどう考えたらいいのか。日米比較論よりは日台比較の方が先か。

参考