2018/12/14

VS2017 バックアップ改変とマント

VB2010 以降から,VB4 のように別名プロジェクト保存ができなくなりプログラムの改変が億劫になっていた。それでも VB2010 にはエクスポートがあり,別ホルダにインポートして対処してきたが,SQLite が VB2010 に対応せず VS2017 に代えなければなくなり,それもなくなった。

検索すると,目から鱗になるバックアップ改変方法が記されている。さらに古いソリューションを削除せずとも,名前を変えるだけで良くなった。

暖房の効いた部屋でプログラミングできる環境は最高だ。今頃の季節,京都で奉職していた頃は暖房がなく寒さに震えながらデスクワークをしていた。工場内にパーティションでオフィスセクションが区切られているいだけで,冷暖房はないに等しかった。私だけが冬用のアノラックを着用して執務していたが,そのうち早大出身のプログラマも私にならうようになった。関西のやせ我慢は実に奇妙だ。大阪に行くと,外套なしのスーツ姿にマフラーを巻いたサラリーマンをみると奇異に感じたものだ。日本文化の古層は基本的に華南と南洋なのだろうと思う。ハワイの冬は結構 寒いのにポリネシア系に防寒着はなかった。

ブーツと いずも
ヤマト政権における飛鳥文化のブーツは北方渡来系の一時的なものですぐ廃れたのだろう。以前,北欧泥炭地から先史時代のブーツとミニスカートが腐敗せず出土した。西欧ファッションが世界中を風靡しているせいで,家人も冬になるとブーツを履く。地中海文化圏に属していた古代ギリシャローマはサンダルだった。ガリア人はブーツなのかそれともサンダルだったのか。現代のギリシャ人はサンダルではない。シリアはサンダルである。シリアはレバント地方に属するが,シリアはアレクサンドロス以降人種的にはギリシャ人と同じだ。エジプト人みたいなハム系の顔はいない。同様に人種的には日本人とほぼ同一のモンゴル人はブーツを履き,日本人は草鞋だった。武士の時代,雑兵は半足だった。しかし近代日本になると,下士官でも憲兵は軍刀と長靴になり,象徴になった。憲兵下士官の給与は小学校校長と同等だった。当時の校長は家政婦を雇うほどの余裕があったから,いかに憲兵が優遇されていたかわかる。

時代劇をみると,素浪人とか拝一刀,中村主水は外套を着ない。マントを はおるのは木枯らし紋次郎くらいのものだ。場所は関八州の設定だ。戦国の信長は戦陣に赴く際,西欧兵士の安物兜とマントを着用したそうだ。友人によれば信長白人説があるそうだ。西欧王家の肖像画をみても それは立派なマントだ。北米植民地時代の質素なピューリタンのマントも味わいがある。行きつけのガスステーションは吹きさらしの田んぼのなかにあり,灯油の買い出しには外套を着用する。2.26 事件の反乱兵士はマントを着用していた。ロンメルはシュトルヒ(前線偵察機)を駆使して砂漠のキツネを呼称された。その外套姿がプラモになっている。酷暑のアフリカ戦線でどのような軍装していたか。ゴーグルは着用していた。

連合軍の司令官で最も腰が重かったのはマッカーサである。彼は前線に全く姿を現さなかった。常に兵力過少の不満をもらしていた。しかし陸軍参謀総長を務めただけに広報はたくみだった。名声があり過ぎて,ルーズベルトですら解任できなかった。ルーズベルトも陰険で彼を大将に就任させなかった。米軍は職務に階級がつく。日本軍は逆である。フィリッピン大統領から得た名誉元帥帽を被り兵士の笑いのネタになっていた。General はスリースターである。フィリッピンを基地とする米艦隊職は大将 Admiral だった。'Little fleet,Big admiral' と自身の中将職に不満だった。米海軍は日本と開戦すると,極東艦隊を解体し太平洋艦隊に一元化した。ただ一人の Admiral に統率させた。ニミッツである。ルーズベルトは日本に勝つまでワシントンに戻らないでよいと伝えてパールハーバに送り出した。前職は航海局長 つまり人事局長だった。山本も連合艦隊司令長官として陛下に出帥の拝謁をした後,日本に戻れないだろうと部下に洩らしいる。日米の戦いは「海の戦い」との認識が山本 ニミッツそしてルーズベルトにあった。航空が専門だった山本は空の戦いとも認識していて海軍大臣に航空の後詰を依頼している。しかし,日本海軍は航空兵の大量徴募しなかった。人事局が水上艦勤務とのインバランスを嫌った。開戦と同時に,エールの学生だったブッシュパパは米海軍航空兵に志願したが,彼が前線に出るのは主要海戦後の末期である。それほど海軍航空兵の養成には期間を要した。

日本海軍の最大の盲点は米潜の脅威だった。父は駆逐艦に乗艦したけど,長航海で真水が不足するとボイラを焚いて海水から真水を精製していたと聞かされ耳を疑った。シンガポールではあり余る重油があったけど,残念ながら その油はシナ海を越えられなかった。米潜が日本タンカを沈めたからである。

日本は「いずも」の固定翼機運用を決めた。中国空軍海軍の何が脅威なのか,本当に考えて決定したのだろうか。東シナ海は日中戦闘機が相互に楽々越えられる距離である。海南島を母港とする中国潜水艦は南シナ海を哨区として効率よくパトロールできる。海自は沖縄にすら潜水艦基地がない。呉と横須賀から哨区に行かなければならず,パトロール期間が短くなる。現代海軍の主力艦は空母ではなく潜水艦である。

通信障害
ソフトバンクが導入しているエリクソン装置のソフトウェアに不具合があって,大規模な通信障害が起きたらしい。しかし株式市場は何の反応もない。マスコミと総務省が騒いでいるだけか。

江戸末期,列強は税関,鉄道,鉱山そして通信の利権を求めてきた。時は電信の時代である。合衆国大統領の江戸幕府への献上品に電信装置があった。デンマークも早くから通信に投資して,大陸と九州を結ぶ利権を獲得していた。日露戦争の際,大本営を広島に設置した日本は九州諸島を結ぶ電信を整備していた。かなりのお金である。明治の元勲は情報の重要さを認識していたわけだ。鉄道敷設は用心したものの海底ケーブル敷設権は盲点だったようだ。この権利回収に多大な年数を要した。

英国はインドおよび中国の開港した税関長のポストを要求し,交易をコントロールした。自由交易と言っても,ルールはある。大航海時代,奴隷海岸で栄えた非市場経済の軍事国家ダホメは武力を背景に列強と交易した。非武装で栄えられるのはタックスヘブンのパラサイト国家くらいだろう。英国は世界の諸港を通信ケーブルで結んだ。三井物産のバルチック艦隊情報も英国の電信網を介してであった。

ソフトバンクは NTT ファミリではないから NECとか富士通の交換機ではないのだろう。合衆国政府は安全保障上,Huawei 設備を排除しようとしている。その基地局製造は5大ベンダだそうだ。Ericsson,Nokia Siemens,Cisco Systems そして Huawei だとすると,残り1社はどこだろうか。C&C を掲げた NEC の不振は目を覆ばかりだ。パケットを転送するだけのような代物ではないのだろうか。アナログ時代の交換機は化け物であったが,CPU が差配する交換機だと簡単な物だろう。問題はソフトウェアか。当然ながら,傍聴盗聴は簡単である。

ルノー日産の代表決定アナウンスがない。アライアンス解体か。これで韓国のルノーサムスンと日産との連合もなくなる。Good News なのか それとも Bad なのか。ルノーが目論んだ韓国と北九州の自動車集積コンビナートがなくなるのか。さて中国産自動車部品が日本に流入するのはいつ頃だろう。

パイオニア身売り
香港企業に身売りを決めたパイオニアの株価が 28% 下がった。空売りの設定をするの忘れた。株価は \63 だ。今年の正月には \258 だった。上場が 1961 年だから57年も上場企業だった。業種毎の企業寿命を考えたら,情報 < 電子 < 電機 < 自動車 < 機械 だろうか。これからの成長事業の寿命はせいぜい30年だろう。メディアと役人が最も時代に即応していない。いまだに紙の新聞が大量発行されるのは日本くらいだろう。ソフトバンクは何年繁栄するだろうか。通信と投資金融とで意外と長寿命かもしれないし,そうでないかもしれない。最後に残るのは金融である。金は何にでも形を変えられる。

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いずも固定翼機搭載
山本長官はラバウルに出陣して半ば暗殺のような戦死した。ニミッツは洋上補給を武器にウルシー環礁を泊地として日本を襲い,陸軍航空部隊の B-29 が破壊できなかった中島武蔵野工場を たった一回の空襲で破壊し,海軍航空部隊の優越を示した。グアムを奪回すると,ニミッツはグアムに将旗を掲げた。東京大空襲を立案したルメイはニミッツに招かれ,シャンデリア付きの隊舎と正餐に驚いている。いつも生温いコークを飲みながら,隊機の帰還を待っていたと述懐している。

父は陸軍と海軍の仲が悪いのはメシの差と言っていた。九州知覧から出撃した陸軍特攻兵の特別給養は牛乳くらいだったらしい。片道出撃の後,その牛乳瓶に花が一輪手向けられたそうだ。何と悲しい日本の歴史か。どの民族にも悲史はある。ユダヤ族は旧約を読めばわかる。日本の場合,源氏物語でもなく日本書紀でもなく,平家物語かもしれない。

戦前の日中戦争は日本に馬車の認識がなく,いつも不完全燃焼の戦いであった。近未来の日中戦争は航空戦である。しかも空自レーダサイトでは迎撃が全く不可能な巡航ミサイルと大量のドローンが来襲する。元寇の再現は全くないだろう。カミカゼに期待するしかないのかもしれない。空中給油機と早期警戒機を整備すれば よさそうなものだが空自偏重の予算は旧来の利権が許さないのだろう。安倍は指導者失格だな。

ドイツから米軍の補給を攻撃するよう要請があったが,日本はそのような作戦は毛頭考えなかった。
ドイツ日本との開戦時期が早まった米海軍は旧式駆逐艦の英海軍貸与と北大西洋の対独潜水艦戦で手一杯で何と,東西米海岸はがら空きだった。当時の米海軍担当司令官はお手上げだったと語っている。ドイツは潜水艦を地中海に送り,日本はインド洋へ送った。日独両国は合衆国を最強国とみなしていなかったのか。合衆国は必死に輸送艦と護衛艦,さらに護衛空母を建造していた。空母は後回しだった。日本の建造とは真逆だった。「いずも」はどうなのだろう。航空機搭乗員を整備してから,空母でなければならない。話は全く逆だろう。どうせ,いずもの艦長は航空畑ではないのだろう。

日本海軍の空母は大砲屋が艦長だったが,米海軍はエアマーク保持者が空母艦長そして機動部隊指揮官になった。スプルーアンスは例外である。300 km 先の見えない敵と戦うのに水雷屋とか砲術屋が機動部隊を指揮した日本海軍は滑稽でもあった。マリアナ沖海戦を指揮した小沢は何もしなかった,実は何も指揮できなかったのが真実だろう。実際は航空参謀が指揮していたのだろう。その何度も敗けた小沢が軍令部次長を経て海軍総隊指揮官になった。民間会社では考えられない登用である。彼は終戦時のお手盛り人事での大将任官を断り気骨を示した。他の二人は大将に任官した。一人は条約派で対米戦に反対した航海畑の井上,そして航空畑の菅原だった。ちなみに小沢は水雷屋だった。

参考