2024/02/26

業種別「障碍者雇用率」にみる強欲業種

東洋経済によれば,
一方、低い業種は、不動産業1.28%(44社)、情報・通信業1.69%(116社)、証券・商品先物1.70%(11社)、サービス業1.91%(121社)、保険業1.95%(14社)、倉庫・運輸関連業1.95%(15社)などである。
証券・商品先物と保険業は出回り販売員を除けば,障碍者雇用が可能なのに低い雇用率だ。コールセンタ担当者も健常者ばかりなのか。証券保険業の強欲な一面を見せられた感じだ。

世界的な J.P.Morgan と Allianz も似たようなものだろうか。合衆国TVドラマ Lost のジョンは下肢が不自由なコールセンタ勤務だった。。。

参考
2024/02/23

KiCadドリルデータ西暦表示と特許庁公開公報暦年変更

KiCad に包含されているNC(数値制御)データは西暦表示だった。科学技術に携わっているのなら当たり前だろうか。Windowsの日付を和暦表示してみたらどうなるか。西暦表示のままだった。DOS プロンプトから Date コマンド入力すると和暦表示だから,国外製NCプログラムは和暦Windows API を前提にしていない。当たり前か。今後導入するマシンは Linux を考えているから好都合だ。

印刷基板(PCB)の少量生産はほぼ中国で生産される。国内では生産してもらえない零細事業者のロットサイズを外国企業にお願いするとしたら,西暦だろう。そして海外との通商は西暦が普通だろうと思う。海外で和暦を使用するのは外務省くらいだろうか。

しかし,特許庁は和暦採番を止め西暦採番に代えた。これまでは,公開番号に昭和平成が混在していて,わかりづらかった。外国企業に日本出願を促すためにも妥当だろう。国際競争力向上のため経済産業省は財務省とか文科省に比べると国際標準化を進めざるを得ないのだろう。
2024/02/16

東條を想起させる役人のような岸田首相

東條も本土決戦論者だった。鈴木内閣最後の閣議で内務大臣と司法大臣が最後までポツダム宣言受諾に反対した結果,当然ながら内閣は総辞職となった。ご聖断に反対できたのであれば,開戦に何故反対できなかったのか。国粋主義に加担しないと官僚は出世できなかった。

東條倒閣に動いた海軍大将岡田啓介がいる。海軍機密費を和平工作に使う事を米内が承認していた。しかしながら開戦前に機密費を宮中グループにばら撒く状況にはならなかった。海軍も対米戦争を欲していた。

ネット動画を見ると東條は開戦詔書を受けて,殉ぜよと演説している。往時の日本は農奴制帝国だったのかもしれないと思う。これが天皇制帝国議会の本質だったか。衆院議長が統一教会+セクハラ疑惑で辞任した。現代日本政治の不毛を象徴していると感じた次第だ。イタリアは議会が統帥ムッソリーニと国王を追放した結果,国軍は分裂して内戦が生起した。

ルーズベルトは議会に開戦要請演説をしている。ルーズベルト大統領の演説と比べると昭和天皇の演説(玉音放送)は何を意味しているのかさっぱりわからない。実際,当時の国民は陛下がもっと頑張れと演説したと理解したようだ。衆院議長の細田も実に心もとない。有事になったら議長はどう対応するつもりだったのだろう。日本の国会はその程度なのであろう。憲法改正は国会による2/3の発議が要る。岸田の改憲スケジュールは細田衆院議長の下で実に軽いスピーチだった。「公」が希薄で「私」が勝る。合衆国大統領は原爆開発を民間出身の委員長に諮問させた。町から国家までカウンシルが意思決定する。税の使途を評議する。東條も岸田も背景に巨大が官吏機構があり,予算を配分する。家人の合衆国籍の友人が「藩」を復活させたらと言ったそうだ。市教育委員長とか県警本部長をみると,一理あると思う。

東アジアの毛沢東とか金一族の独裁国も公私混同が甚だしかった。岸田の防衛費倍増決定も実に淡々としていた。吉田内閣以来の軽武装の国是は終わった。機動展開国民保護に0.3兆円から2兆円の増額になった。国民保護に南西諸島住民の避難は含まれるのだろうか。

参考
宮内庁:玉音放送の原盤を初公表 音声も公開「聖戦完遂」を叫んだ東條英機……敗戦後に見せた「躊躇なく『私』を選ぶ精神性」
2024/02/09

命の軽重 鉄血勤王隊 vs ヒトラーユーゲント

ドイツ空軍の対空部隊は女性兵士が多かったそうだ。独ソ戦は人的資源(兵士)が欠乏して負けたから,本土防衛は女性が担ったのか。
ナチスのイデオロギーに従って女性は直接戦闘任務から免除されたが、数十万人のドイツ人女性が少年、時には少女(フラケルファーとして)とともにドイツ空軍砲兵部隊に勤務した。彼らの高射砲は数千の連合軍戦闘機を撃墜した。
ベルリン市街戦戦を描いたドラマではおさげ髪の少女が88mm砲を操作していて虚構だと思っていたが,事実だったのか。観測標定は子供でもできる。ヒトラーユーゲントを指揮していた指揮官は部隊を解散して少年兵を逃げさせた。

一方,沖縄戦での鉄血勤王隊(男子中学生)を指導指揮した校長指揮官は少年を玉砕させた。32軍の兵站を奉仕させた。日本の為政者教育者は下位者に対して,どうして冷酷になれるのか。神罰を恐れる精神が欠如しているからなのかもしれない。これをアイヒマンの良心(凡庸の悪)と言う。

防大生は靖国神社を集団参拝する。彼らに良心(西欧的ヒューマニズム精神)は期待できるだろうか。

米海軍の飢餓作戦で日本は食糧不足に苦しんだが,独裁者ヒトラはドイツ国民を飢えさせなかった。日本の最高戦争指導部は国民の飢餓に殆ど関心がなかったようだ。堂々会議の議題は皇民の生命ではなく「国体護持」であった。表向きの関心事は天皇が訴追されるかどうかだった。

重臣東條は敗戦を皇民の不甲斐なさのせいにした。現代の迷走する政治状況も戦前と変わらない。岸田も国民が務めを果たさないからだと思っているのではないか。

イタリアは国王及び大会議(国会)のファシスト追放と連合軍歓迎でシチリアでは沖縄のような悲劇は起きなかった。君子は豹変できてこそである。本土に帰還した沖縄中学校長は牟田口同様に自責の念はなかったに違いない。

参考
2024/01/19

中ソ礼賛メディアと全体主義

戦前の日本では,在郷軍人会と青年団が新聞の大きな購読層だった。当時の戦況報道合戦が毎日朝日新聞の拡販競争を過熱させた。日本の青年団が国粋運動に熱狂したのは何故だろう。陸軍統制派と国家右翼が結びつき全体主義体制ができあがった。

一方,ドイツに侵攻されたデンマークの郷土隊はレジスタンスの象徴になった。角材で武装した戦後の極左は男子ばかりだったと思い出す。スローガンは反米帝と反軍国主義だった。徴兵制のない日本はどうみても軍国主義には見えなかった。子供の頃,自衛隊は先生から税金泥棒と聞かされていた。べ平連が脱走米兵をソ連経由でスウェーデンに送り出していた。当時,日教組が強かったせいか中学校の全校集会で毎日新聞記者によるベトナム戦争(非道な北爆)の解説を聞かされた。
卜部亮吾よる 1971 年 4 月 12日付の日記には,昭和天皇から「東京・京都・大坂の 3 府を革新に奪わしは政府ショックならん,政変があるかと御下問あり
とあるから昭和天皇は,「革命」が起きて,象徴天皇制が揺らぐことの危機感を抱いたらしい。しかし,実際は米中国交(ベトナム撤退)と日米経済摩擦を境に左翼は自滅していった。日本社会党は中ソ礼賛でドイツ社民党のような自主独立路線ではなかったからだ。戦後の左翼も戦前右翼同様全体主義であった。

参考
戦後権威・権力としてアメリカ= 象徴天皇制