2017/06/23

ビットコインは電気代本位制

ロイタのコラムを読んでいたら,
通貨としてのビットコインの強みは、独自の価値の源泉を持っていることだ。Suicaなど、いわゆる「電子マネー」とはそこが違う。電子マネーは、円やドルなどの既存通貨の価値の容れ物であり、新たに価値を作り出しているわけでない。一方、ビットコインは、そうした外からの価値の取り入れをせず、「マイニング(採掘)」と呼ばれる行為に価値の源泉を見いだしている。具体的には、取引の正しさを証明したマイナー(採掘者)には、その報酬として、新たなビットコインが与えられる。
分かりやすく言えば、採掘費用が市場価格を作り出しているという意味では、ビットコインは金や銀に近い。ビットコインの場合、主な費用はマイナーの電気代と言えよう。銀行券が国家信用本位制ならば、ビットコインは電気代本位制とでも呼べるものだ

「縮小革命」の運営者がマイニングに関して,同じ事を述べていたので本当だろう。

具体的には、デジタル化された銀行券が、ブロックチェーンによるP2Pネットワーク上でやり取りされるようになれば、ビットコインやアルトコインを押しのけていくのではないか。
中略
また、銀行券をデジタル化して、ブロックチェーンで送るようになれば、少なくとも小口の決済や送金では、全銀システムはもとより、日銀ネットも不要になる。そうした決済システムを通じて業務を運営してきた中銀も、その影響力に限界を感じ始めることになるだろう。
さまざまな通貨の選択肢がある世界では、中銀も現在のように、「インフレを起こす(通貨価値を下げる)から、今のうちに消費した方がいい」といった景気対策としての金融政策は志向しにくくなるはずだ。そのロジックは今の通貨発行独占でこそ通用するが、ハイエクが描いたような貨幣発行競争の下では、より価値の安定している他の貨幣ソリューションに人々は向かうはずだからだ。
著者が出している参考文献は新潮選書だ。電子書籍でも縦書きだろうと思う。何とかならないのか。

参考
2017/06/09

征服王ウィリアムの頃の馬挽数と海洋交易

ウィリアムの知略
ノルマンディー公のイングランド征服事跡を綴った有名なバイユーのタペストリがある。タペストリの縁には歳時記および想像上の動物とかが描かれている。当時の犂耕はなんと通説によれば,8頭挽きだったそうだ。日本流だと とんでもない馬の飼養に手間をかけてしまうが,放牧に近かったのだろうか。当然,去勢馬だろうと思う。ハロー Harrow も描かれていて,当時の最新農機だったそうだ。日本では紫式部が活躍していた頃だ。後にウィリアムとイングランド王位を争うハロルドは 1064 年の春にノルマンディに渡海したようだ。

私が子供の頃,ハリウッド映画の史上最大の作戦が上映され話題になった。米英軍を主力とした連合軍のノルマンディ上陸作戦の事だ。所詮,米海軍主導の太平洋水陸両用戦は脚光の浴びる欧州戦に比べると影が薄い。イングランドには先史時代の有名な巨石遺跡がある。もうこの頃には豚を飼養していたから驚きだ。その後,ケルト系が主体だったが,アングル,サクソン族さらにデーン人が侵攻して7王国が形成された。馬もイングランドに来たのだろうと思う。Game of Thrones の元ネタだ。イングランドに戻ったハロルドがエドワード王の死去後,即位するとウィリアムは違約を止めないなら決闘で決着をつけようと申し込んだ。ナチス突撃隊の隊長レームは学生時代に決闘で受けた大きな刀傷が顔にあった。若きフランスの数学者ガロアは決闘で死んだ。日本が決闘を禁止するのは明治である。西欧と日本の士分身分では私闘の伝統が長く続いていた。

遠征に用意された隻数に諸説あるようだが,オクスフォード大学ボードリアン図書館の史料によれば 776 隻だった。封臣が準備した。モータン伯とバイユー司教のオドが最大の 120 および 100 隻である。700 隻を新造したとすると 2630 ha の森林が消失してしまうそうだ。既存の船でまかなったようだ。バイキングが使用した軍用のロングシップだと馬を積載できないそうだ。

ウィリアムはデイヴで1箇月待機した。その理由はハロルドのイングランド民兵の従軍義務期間が 30日だからだそうだ。ハロルドの船団は見通しのきくワイト島に集結した。当時のイングランドおよびノルマンディ海民はニシンが糧であった。ニシンの回遊時期が場所に異なるのでノルマンディ海民の漁期はイングランドより遅かった。イングランド海民の軍役は15日間であった。ちなみにイエスの最初の弟子はガリラヤ湖の漁師であったから,ローマ教皇の法冠は魚が意匠となっている。DMM.com の CEO は顧客を魚に譬えている。英語では詐欺を Fishing という。ネットの釣りはここからか。

ヘースティングズの丘でハロルドとウィリアムは合戦となった。ウィリアム軍は中翼のノルマン人,右翼はフランドルおよびフランス各地の混成部隊,左翼はブルターニュからの部隊だった。当時のブルターニュ人はブリトン人を意味していた。ウィリアムらノルマン人の話語はフランス語,ブリトン人の話語は英語である。第一次世界大戦の頃まではブルターニュでは「英語の歴史」という本によれば英語が通じたそうだから納得だ。英仏 100 年戦争の下敷きは既に10世紀にはあった。中国の史書にある倭国と似たようなものだ。倭民は南朝鮮と九州に棲んでいた海民であった。中華思想からみれば賤視対象であった。太平洋戦争時水兵だった父はシンガポールでジャンクをみている。日米海軍の死闘とは無関係にジャンクは華南と東南アジアを往来していた。見方を変えれば,ずっと昔からシナ海は中華帝国の統治を受けないシナ人の海であった。倭寇も実質はシナ人による私貿易海賊だった。

遠征
ハロルド対ウィリアムの知略はやはり攻勢側がイニシアチブを握れるようだ。1066 年9月27日天候が回復し,引き潮時に出航し 18:30 頃に艦隊を組んだ。日没は 17:34 であった。月齢6日で入りが22時だそうだ。月のない漆黒の海峡を横断した。日の出が 6:04,船団は 8:30 頃イングランド沖に達した。満潮が 15:14 で上げ潮が 10:30 頃まで洋上待機だ。米海軍の太平洋戦争における揚陸作戦を思わせる。戦車揚陸艦 LST の接岸は満潮時だけ可能であった。日本陸軍はガダルカナル戦では火砲の揚陸に成功したのは稀だった。弾薬糧秣も 1/3 程度であった。制空権がないからだった。たった1個中隊のワイルドキャットが阻止したといっても過言ではない。ノルマンディ上陸作戦時の上空にはドイツ軍機は皆無に近かった。

日本陸軍参謀本部の情報本部米国課の回想によれば,当時の米海兵教本では馬の揚陸が記述されていた大正期のものだった。ガダルカナル揚陸が上手くいかなかったと合衆国戦史は伝える。予定量の 1/3 だった。それにもかかわらず火砲および軽戦車の揚陸もやってのけた。重機がほとんど揚陸できなかったのが痛かったらしい。いかにもローマ以来の工兵重視の発想だ。火力なしに白兵突撃した一木支隊は 37mm 砲のキャニスター弾(散弾)と軽戦車機関銃により一掃され壊滅した。日米の揚陸成功合否の視点はかなり違うようだ。その後,レイテサイパンに至るまで水際防御はさっぱり成功せず,ペリリュー,硫黄島および沖縄では内陸防御となった。九州および本州本土でもそのつもりが,戦力と機動道路建設が間に合わず,水際防御に回帰した。サイパンだと濃密な砲門をしいたけど,半数が事前の艦砲射撃と空爆で消失した。対戦車火器もないのだから,もうゲリラ戦しかないのだが,中国共産党のように日本兵は訓練されていないので自立してゲリラ戦はできなかった。日本兵は精強だったと言われるが,それは年季の長い下士官の場合である。本土決戦では中核となる下士官層もなく新兵と急造士官で何ができただろうか。

ウィリアム軍はどうやって浜辺で馬を揚陸したのか。船体を傾けるそうだ。帆船だから可能だ。ウィリアムの危機は揚陸地点と泊地であるペヴェンシ湾をハロルドの艦隊により封鎖され,ノルマンディとの交通を絶たれる事だった。

日本海軍も捷号作戦ではその筈であった。栗田艦隊は給油に手間どり出撃が一日遅れた。宇垣は随伴駆逐艦へは戦艦から給油すれば良かったし,サマール沖でも水雷部隊を突撃させるべきだったとしている。給油は戦艦を考えていた。しかし,艦載機が飛来するような海域での給油は不可能ではないか。突撃した高速戦艦を除けば,レイテの大和長門は臆病だった。両艦は水雷部隊を後置してでも進撃すべきだったのかもしれない。不思議な海戦である。大岡昇平のレイテ戦記では恐怖のあまりひるんだとしている。結局,日本の戦艦はあのイタリア海軍戦艦のように補給船団を襲う事もなく臆病だった。戦艦を前衛に配置してみても,互いに後置の空母の叩き合いが主戦で逃げるしかなかった。沖縄戦での大和の航跡図をみると,最期は北方を指向している。大和はしきり航空支援を要請しているが,鹿屋の第5航空艦隊も全力で護衛したとは思われない。これも不思議な合戦だった。大艦の運用がおかしくしたなったのは速力と燃料にもある。大和は長大な航続距離があっても重巡3隻分の燃料を消費した。しかし,補給船攻撃に冷淡なのは陸軍からも非難されるくらいだから確かだろう。レイテの謎の反転はガダルカナルから一貫した海主陸従の思い上がりだ。大和が輸送船を砲撃するのは沽券にかかわると思ったのだろうか。やはり山本五十六と文科省前次官と被るな。役所とはそういうところなのだろう。存在意義の認識がおかしい。それはマスコミにもあてはまる。イージス艦は現代の戦艦みたいなものだ。それは保有している国々をみればわかる。

ハロルド軍には自由民兵が含まれていた。封臣でもなく農奴でもない。ロンドン周辺およびロンドン市の自由民だったのか。王位継承者はロンドンで推戴され就位する。ウィリアムも同様である。ロンドンはローマ人が建設した都市だ。ローマの自由とは軍役に就ける権利の事だった。西欧以外ではあり得ない概念である。それが合衆国憲法に武装の権利として自由民兵の概念が今でもある。古代アテナイの哲人ソクラテスは生涯3度の戦役に服し,誇りとしていた。合衆国には Veterans Day がある。County でもパレードがある。この合衆国民にとり当たり前の歴史がわからないと映画 Star Wars はわからない。紫式部の生きた時代の日本は武士が台頭して軍事を担っていた。武士は朝廷の被官であり,豪農層が軍役を課され従軍した。日本には古来から自由民兵はあり得ない。このあたりが日本軍とか自衛隊の弱さの根源だろう。

ウィリアムに征服される以前のイングランドは侵略される一方だった。イングランド伝統のロングボウ長弓兵はノルマン由来と知った。イングランド王は農民を徴発厳しい訓練を施しロングボウを組織した。フランスに渡海したイングランド軍は劣勢の騎兵をロングボウが遠射して騎兵の衝撃力を半減させた。英仏 100 年戦争である。爾後,スペインのアルマダも日本の元寇のように撃退し他民族に侵略される事はなくなった。逆にスコットランド,アイルランドおよび欧州に外戦する。大陸諸国と違い領土拡張ではなく航海のネットワーク確保独占が主目的であった。そのために王立海軍 ロイヤルネイビーを整備したが,とんでもない金食い虫であった。いつも国庫は空っぽだった。王は戦債を発行し,その引き受け元が金満イタリア諸都市,地中海交易が衰退するとロスチャイルドのような大陸由来のユダヤ金融が引き受けた。日露戦役では高橋是清が欧州に戦債を売りに行ったが引き受けがなく,合衆国のクーンローブ商会が引き受けてくれた。その後,日本は英米と海軍軍縮条約を結ぶほど国際的地位は上がった。

日本はシナへの軍事介入を強め,浜口首相は海軍大臣にもう軍事費の増大に耐えらないと告げるほど軍事国家になっていた。彼はテロにより暗殺された。海軍出身の岡田啓介内閣のとき,日本は軍縮条約を脱退した。軍事費の重圧で日本は破綻の淵にあるのに何とも不思議な決断であった。当時の最大仮想敵国は陸軍はソ連,海軍は合衆国だった。そして現実に戦っている相手はシナだった。官僚達は分裂症的帝国国防方針を天皇を前にして更新し続けていた。

ウィリアム軍のはるか末裔の米海軍は海兵を整備し,南太平洋のガダルカナルを襲った。合衆国の水陸両用戦は中世ノルマンディーのウィリアムまで遡るのではないか。ウィリアム軍の船団は旗艦ぐらいしか軍用船がなかった。イタリア諸都市のような帆走軍艦もなければ,古代ギリシャローマの軍船すらの域にも達していない。しかし小規模ではあるが,オーク製の竜骨キール,松材パインの舟板は頑丈な造りでたった3人で操船した。このあたりに西欧の秘密がありそうだ。西欧ではヨットがスポーツとして人気がある。地中海では帆走がレースとかスポーツになる事はなかった。古代ローマでは漕ぎ手は奴隷だった。戦争がなくなれば奴隷の供給がなくなり海軍も衰退してしまう。地中海世界が大航海時代で衰退するのは長い長い北海帆走の前史があったのだろうと思う。イングランドでは魚は下層民の食糧であった。日英とも海民ながら,ローマ帝国の影響を受けるか,はたまた漢帝国の影響ではずいぶんとその後の歴史は変わったようだ。

大航海時代,オランダのたった2隻の武装商船はマゼラン海峡を通過すると,長躯日本を目指した。リーフデ号である。その航海士がイングランド人三浦按針である。航洋性と強度に優れたキールを具備した船を家康の命で製造するが,鎖国とともに忘れ去られた。天測器具も普及する事はなかった。

外洋船
馬,車,船を効率良く利用した西欧とりわけイングランドと全く関心を持たない日本。頭の中では海上護衛戦,兵站,補給戦が総力戦となった一次大戦から学んだはずだが,なんとも絶対国防圏は名称だけは勇ましかった。なんとなく現在の専守防衛と重なる。大義名分論の本場,シナでは中国共産党の毛沢東が遊撃論を発表していた。優秀とされる官僚がどんだけいたとしても,戦略を描き切れなかった日本だ。やはり,苦境危機に際して指導者を選抜擁立できるかどうかか。明朝は莫大な金をかけて艦隊を整備してアラビアまで遠征したが,ネットワークを維持できなかった。幕末の伊藤博文は留学生として大英帝国のネットワークを通ってイングランドに留学した。彼はその原因を船と鉄にみた。伊藤が暗殺されたのが 1909 年,1936 年海軍軍縮制限がなくなり軍備増強となり,日本はさらに貧国へ転がりこんだ。中世のウィリアムはノルマンディが保有する貨物船を動員して渡海した。日本は戦前,ノルウェー合衆国船籍の海上交易に依存していたのに開戦した。商船が不足しているのに戦争となると,大量の油槽船,貨物船が軍用に徴用される。仏印に原油,ボーキサイト,ゴムを確保しても運ぶ船がない。ニミッツ提督は輸送船を三角運用しない日本に呆れている。現代日本船籍の外洋船は微々たるものだ。たとえシナ海のシーレーンを守れたとしても,航海してくれる外国船籍の船がどれだけあるだろうか。せめて,電力エネルギ源の石炭,LNGおよび原油の負担を少なくするために原発を維持したらどうだ。

兵站ロジスティックスを無視した日本軍だったが,陸自は東日本大震災で反省したようだが,あいもかわらないのが海自だ。3隻の輸送艦があっても即応できなかった。北海道の自衛隊を東北に運んだのは米海兵の輸送艦だった。。。何のために海自は存在しているのだろうか。そういう手筈になっていたのかもしれない。イージスもいいけど,なにか日本の海自はズレている。それとも菅内閣が海自出動を抑制したとも思えないが,菅さんの観艦式の様子をみるとそれはあり得るかもしれない。彼の父は船大工だったそうだ。父と確執があったのだろうか。

参考
バイユーのタペストリを読む(中世のイングランドと環海峡世界)p40
同上 p240
同上 p249
同上 北海と海峡でのニシンの漁期 p233
2017/06/06

指導者不在の先制攻撃論

マスコミが北朝鮮のミサイル危機を煽り,先制攻撃論が出てきた。まず,PAC3 は射程内に落下してきても殆ど当たらない。湾岸戦争時,イラクはアラブの大義を前面に出すべくイスラエルを挑発してスカッドミサイルを打ち込んだ。弾道ミサイルは高速で飛来するため,従来の航空機では迎撃できない。時のラムズフェルド国防長官は命中率は10%台と口を滑らした。

時速 60km の車が自分に向かって走って突進して来るときに,はじめて人は車への体当たりが可能になる。少し車の突進方向がずれると,人間の脚では追いつくのは不可能である。旧式のスカッドでもそれなりの速度である。ドイツがロンドンめがけて打ち出したV2号ロケットの迎撃を英空軍は諦め,ランチャーおよび工場設備の破壊を目標にした。工場はスパイ活動により,それなりに把握していた。ドイツは製造を秘匿するため,地下工場に強制徴用したユダヤ人などに製造させていた。北朝鮮も地上で組み立て製造しているとは思えない。ドイツは終戦直前になっても防空戦闘機の地下工場生産台数はさほど低下しなかったが,日本の戦闘機工場は中島,三菱,川崎,川西ら全て米海軍艦載機の空襲により壊滅した。なにか変な日本の総動員体制であった。何を何から守るのか明確に意識していなかった証左であろう。これは今も変わらないのではないか。データセンタも地上だろう。

防衛省は北朝鮮の弾道ミサイル製造能力を把握していると思う。まずは諜報機関を整備し,秘匿情報の収集だろう。イスラエルは何故,イラクの挑発に激発しなかったか。それなりの情報を知っていたのだろうと思う。

日本が北朝鮮のミサイル基地を叩いたとしても,中国ロシアの反発の除けば,さして国際批判は起きないだろう。H2ロケットに 20t を超える弾薬を搭載できる。しかし,問題なのは韓国だ。極度に反日が悪化すると,同胞への許しがたい攻撃とみなし,韓国は報復として潜水艦発射型の巡航ミサイルを保有しているので攻撃するかもしれない。韓国なら平気で合衆国とのリンク装置を解除するだろう。北朝鮮先制攻撃は日本にとり,最悪の悪夢である朝鮮半島統一が出来する可能性がある。それは避けたい。

現状では,韓国が対馬に侵攻しても日本に防ぐ有効な手立てがない。高価な海自のイージスはクソにも役に立たない。あれは米空母を守るために存在するからだ。そして対馬上空の制空権はとれそうもない。長大な日本海沿岸は特殊部隊の特攻を受けてもがら空きである。戦後,小沢治三郎は魚雷艇を整備しておくべきだったと述懐している。PAC3 もいいけど,「いずも」とか何かずれている。何を何から守るのか考えているのだろうか。素人からみても変だ。戦前の世論が海軍軍縮離脱を歓迎したのと相通ずるものを感じる。

現状の反日国を考えてみよう。リトマス試験紙は従軍慰安婦像である。最大の反日は韓国と北朝鮮,中国もそれに準ずる。合衆国ドイツも反日だ。これら全てを敵に回すのは愚である。これら国々が嫌がる国と友誼を深めるのが外交だ。日本の場合,ロシアが浮上する。結果的に安倍外交は王道を進んでいる。文春によれば,にわかに信じ難いが日本の外務次官が合衆国でロシア外務省高官と会って日本の譲歩はないと通告したそうな。現在,日露外交を主導しているのは外務省ではなく経産省のようだ。日本外務省はいつから合衆国と中国のポチになったのだろう。

戦前の対中,対米外交の失敗を鑑みれば外務省のポチ政策は妥当な判断ともみなせるかもしれない。しかし,外交にタダはない。日本が取引できる案件といえば経済取引しかない。米中相手にどこまで経済譲歩できるか。それでも,両国に譲歩してその代償に北朝鮮と韓国の暴発と統一を阻止できれば良いではないか。そして,巡航ミサイルを保有する韓国は弾道ミサイル技術をロシアから導入してじき日本全土が韓国ミサイルの脅威にもさらされる。これはもうお手上げだ。

家人が韓国映画をレンタルしてきた。韓国と北朝鮮の女美人スパイが日本で暗躍し対立する。両陣営の諜報機関トップが互いに祖国を裏切り,相手の最高トップに通じている。祖国統一のためだ。北に通じている韓国大統領を抹殺しようとする勢力から,互いの女美人スパイは協力してその企みを阻止する。その勢力とは親日勢力を意味するらしく,黒幕は日本内閣情報部である。ばかばかしいプロットだが,心底笑えない。

北朝鮮の弾道ロケットに恐怖を煽るマスコミと戦間期の戦艦長門陸奥に対する過剰なまでの期待というか信仰が妙に交錯する。国民をリードして何をしたいのか。単なる憲法改正のためでもないような気がする。ワッショイの祭り状態になれば,何かと都合がいいのだろう。誰が主導しているのでもなく,「空気」が動いていく。戦前の米中同時戦争やがて特攻,しまいには本土決戦を目指した。

戦前の大きな間違いは米軍の侵攻を前提とした国防計画を立案しなかった事にある。だから仏印の油田を確保しても,輸送が途絶える発想はなかった。日本海軍は海上護衛の不備を指摘した海軍大臣を神経衰弱として,辞めさせた。日本は危機に際して,まともな指導者が擁立されず,この事例のように引きずり下ろす事さえする。

フクシマ危機の際,不眠不休で頑張っている現場で,応接の差が出た。フクシマ第二は本社購買を通さず,直接電力ケーブルを入手し重機で牽引布設し,高圧交流電源を確保した。これら作業は全て下請け業者である。東電社員にそんなスキルはない。ちなみに,そんなケーブルは電材屋にいっても売っていない,数人がかりでも取り廻せない代物だ。

安易な先制攻撃によるのではなく,相手が手を出したらあっと驚くような策を考えておくべきだろう。かつて,日本が米英と開戦する直前,両国は大西洋憲章を発表した。

米英が世界戦争を戦うために戦争の理念を強調し無条件降伏要求を掲げたことに、自存自衛のために地域戦争を戦っていた日本は、やや鈍感であったと言うべきなのかもしれない。

北朝鮮問題を打開するには,前韓国大統領のように新大統領にも「告げ口」外交をしてもらい,とにかく世界に認知してもらい,合衆国がこの問題に足抜きをできないようにするのが長い目でみると効果的だろうと思う。

合衆国のポップカルチャで描かれる仮想ミッドウェー海戦ではドイツの提督が日本空母に座乗指揮,ゼロ戦ではなくメッサーシュミットジェット戦闘機が赤城から発艦して米海軍をぼろ敗けさせるゲームがおたくの間でちょっとした話題になっているそうだ。東芝,シャープそれから菅元首相を連想した。戦史を眺めると,日本の提督はイタリアの提督にも見劣りする。それはなぜか,視野狭窄と官僚臭さが鼻につくからだ。韓国とか中国の提督はどうなのだろうか。案外,日本と似ているかもしれない。

日本の取った戦略的誤りについて,合衆国の歴史学者が,
ウッドは、日本が第1段作戦終了後、ほぼ絶対国防圏の線で戦略的守勢をとり、アメリカとの消耗戦に陥らずに持久を図り、1946 年まで持ちこたえることができれば、米ソ間の対立が深刻となってアメリカも対日妥協に傾き、無条件降伏ではない、より有利な講和をかちとることができただろう、と論じている。もちろん、この可能性が実現するためには、いくつかの条件が満たされなければならない、とウッドはいう。例えば、日本は早期に海上護衛戦の重要性を理解して護送船団のシステムを採用し、兵員や武器を南方戦場に安全に送り込むだけでなく、南方の資源を日本に還流させて軍需生産能力を長期に維持しなければならない。敵の海上輸送に対して潜水艦による攻撃を反覆し、その反攻を遅らせなければならない。戦略的守勢のための国防圏を構築し防衛拠点を強化して、基地航空戦力を効果的に運用しなければならない。海軍力と海上航空戦力の消耗を避けて温存を図り、アメリカ艦隊が日本の国防圏内に入ってきたときに大打撃を与える。航空機による特攻を早期に採用し、これを大規模かつ統合的に実施して、敵の上陸作戦に大きなダメージを与え、失敗に追い込む。陸軍を中部太平洋に重点的に配備し戦略的拠点を強化して、アメリカの反攻スケジュールを遅らせ、日本本土への戦略爆撃も遅らせる。

戦争をしらない我々には,そうなんだと思わせるが,子供の頃,一介の水兵にすぎなかった父もこんな事を言っていたと思い出した。日本の駆逐艦は清水が不足して,重油ボイラーを焚いて水を確保していたと聞かされ,少年雑誌の記事とのあまりの違いに父の話はウソだろうと,当時思っていた。日本の生命線は東シナ海の門司シンガポール航路であった。駆逐艦不足に悩まされた海軍は行く先々で輸送船から空母戦艦まで護衛させている。戦艦は特に潜水艦がこわいので大和武蔵が移動すると,3隻の駆逐艦をお供に要した。もうこれだけで作戦が破綻している。戦艦は外泊ではなく,内地に係留しておくべきだったのだ。ではなぜ,戦闘行動のとれない大和がトラックに進出したか。搭乗員の加給手当が目的だった。滑稽さを通り越して悲しい。

北朝鮮への先制攻撃論もそんな視点も必要だろう。実際に先制攻撃しなくても,給与が増えるならそれに越したことはない。誰も異議を唱えないだろう。当たらない無用の PAC3 が展開するだけで隊員の加給がなされている。民間生命保険の加入が拒否される自衛隊員は小泉首相の死亡3億円を約束されて海自は海賊パトロールに同意した。米英はケチで戦死しても確か300万円以下である。その代わり,遺族にメダルが出る。自衛隊員は軍人ではないので戦死してもメダルはない。どちらがいいか。日本式がいいと思う。実際に戦争となると,ちんけなパトロールの3億円が倍にならないと出動を拒むだろう。さて,有事のさいの民間徴用をどうするか。ロイヤルネイビーのような強制徴募をするのだろうか。戦争中,輸送船に徴用された船員の死亡率は海軍兵のおよそ3倍ないし4倍であった。

靖国賛美もいいけど,軍人の崇高な戦いに臨むためにどれだけ民間が犠牲になったか。歴史学者ウッドの指摘である戦略爆機 B29 の開発製造は日本の民間雑誌航空朝日が取り上げたくらいオープンであったが,日本の指導者が真剣に検討したとは思われなかった。この論拠の難点は原爆の存在だろう。日本が善戦し続けると,寛大な対日占領政策もパーになって,京都への原爆投下さらにフィリッピンのような苛烈な植民地政策に近いものに変わったかもしれない。当然,天皇は廃位だ。吉田茂が負け方が大切だと言っている。

米英の凄いのは大西洋憲章を発表して,その理念を中ソとの冷戦が始まっても堅持した事だ。ごはんを食べ神を拝む民とパンを食べ経典を規範とする民との違いだろうか。米英に過労死も特攻もない。終戦時の鈴木内閣で文部大臣と司法大臣は終戦(ポツダム宣言受諾)に反対していた。イタリアのように徹底抗戦派と受諾派に分かれて,数百年前の南北朝の対立が現出した方が良かったのかもしれない。

一撃講和,本土決戦を主張していた陸軍は軍政を望んでいなかったようだ。合衆国は内戦状態を想定もしくは外敵を想定し,知事が非常事態を宣言する。軍政トップは知事である。沖縄戦では悲劇が起きた。島田知事も牛島軍司令官も天皇に対する責任を名目に県民保護を最優先しなかったようだ。比島戦でのマニラ無防備宣言すらできなかったのだから那覇は到底,無理だったのだろう。皇軍には皇民を守る義務はなかったようなのだ。文部大臣と司法大臣が終戦に反対したのは天皇官僚制の存続を危惧したからだろうと思う。

牛島司令官がドイツ人の将軍だったらどうなるだろう。ドイツの軍司令官はソ連の苛烈な捕虜扱いは承知していた。でもソ連軍重囲にあったパウルス司令官は自軍兵士の命を優先し,総統の徹底抗戦を拒否して降伏した。皇軍だと俺たちは玉砕だ。お前らは適当に避難しろ。あるいは合衆国の戦争ドラマに頻出するように日本軍は住民を盾にするのかもしれない。ソ連兵の粗暴さはそれは酷く,民間ドイツ人に対する扱いをアメリカ人からよく聞かされた。合衆国に占領された日本人は言外に感謝しろの意味だろうと思う。それでも,沖縄は惨状になった。どんな兵士でも長い戦争になると,精神を病み軍紀は弛緩する。まともな軍靴を支給されない日本兵は捕虜となった米兵から靴を略奪し,素足で行軍させた。日本軍将校は座視した。日本の右翼は本間将軍の処刑を非難するが,米兵の靴を剥ぎ取るのはどうかと思う。

はたして自衛隊将校は戦場で隊員を統率できるのか。市民迫害を目にしたらどうするのか。自衛隊に軍法はない。また,基地設営は徴用に拠ったが,チョウヨウと朝鮮人とはほぼ同義であり,その扱いも海軍は特に酷かった。米軍は日本捕虜を将校,下卒および朝鮮人に分けて収容した。沖縄戦では,沖縄人と本土人を分けるつもりだったようだが,玉砕したのでその必要性はなかったようだ。沖縄のほぼ全裸状態の少女が震えながら米兵から缶詰をもらう実写フィルムが残されている。飢え怯えた犬のようだ。米軍は民間人収容施設資材と食糧を準備して侵攻してきた。沖縄の米軍を疲弊させたのは玉砕ではなく日本軍火力だった。本土の大砲弾充足率は10%だった。四国配備急増師団の火砲は皆無に近かった。沖縄での善戦が本土でも再現される見込みはほぼ皆無だっただろう。弾がない。コメもない。食糧危機の北朝鮮への先制攻撃は中露の北朝鮮支援を招致するだけではないか。何より,反日の韓国民が激昂するだろう。

降伏する自由のない日本が先制攻撃していいのだろうか。しかし,毎日新聞が北朝鮮先制攻撃に言及するとは思わなかった。時代だな。日本のマスコミは報道しないけど,外信によれば,国連が組織したアフリカの PKO 部隊の蛮行が限度を超えているらしい。国連の役人に現地部隊を処罰する権限は何もないのだろうと思う。

指導者の頭の中
対馬に侵攻する韓国軍兵士がどんな行為に至るか,ベトナムに参戦した韓国軍を連想すれば想像がつく。対馬島民の避難担当は長崎県である。紙だけの避難計画はあるかもしれないが,自衛隊に対馬島民保護作戦計画があるとも思えない。そんな計画を立案しても昇進の妨げになるだけか。沖縄防衛戦では,避難どころか防御施設建設および補給道建設に動員しただけで,避難所建設計画とあるが鼻からやる気はなかったのではと思う。本来なら,県民にシェルタ建設を優先させても良かった。酷い牛島将軍だ。島田知事は兵庫出身,牛島は鹿児島だ。自衛隊と皇軍には共通点がある。ともに官兵だ。官兵に県民保護を望むのは場違いというものだ。県民シェルタを断念した言い訳に,建設資材の不足があった。宮崎作戦部長は輸送船到達の見込み薄から,補給を止めさせた。参謀の恐怖心からか,やっと陣地構築の目途がたったかと思ったら,移動となり別の場所で建設だ。まあ,どこに陣地を構築したらいいか指示のできないダメ将軍であった。参謀長と高級参謀がいがみ合っていた。ドイツ国防軍元帥は陣地構築場所を命令する。昭和の日本もリーダ不在,平成以降の新日本も戦争は無理ではないか。北朝鮮と韓国は想定外の奇手を繰り出すかもしれない。両国も日本も官兵である程度,発想は予想がつくが指導者となるとわからない。

戦後,沖縄大和特攻に同意した提督は叙勲となった。牛島島田も叙勲となるのだろうか。中部太平洋に籠り,緒戦から特攻を実施していれば 1946 年まで持ちこたえられたという説は右翼に魅力だろう。反日国のミサイルよりマインドコントロールの方がこわい。逆パールハーバの可能性もあるか。先の宮崎部長は事実上九州放棄も決定した。西部管区に補給なしの自存自衛を命じた。この意味は九州は沖縄戦をやれというのと同義であった。何を何から守るために軍隊があるのか,日本軍はおかしくなっていた。戦争目的も開戦時の自存自衛が末期の国体護持に変更して,大して疑義を持たなかったようだ。官僚とはそういうものだろう。世論も流れに抗う事はなかった。

韓国に最大の利権を有するのは合衆国である。日本海に2隻空母を派遣したからといって,金の卵である韓国経済為替を崩壊させるような愚を起こさないだろう。ただ,米軍地上部隊を北朝鮮の砲兵射程距離より遠ざけたのは少し気にはなる。ソウルは長距離砲の射程内である。スパイがいるから着弾も恐らく正確だろう。青瓦台の瓦礫映像が世界に配信されれば,ウオンは大暴落だ。こんな選択をトランプがするとも思えないが,ヒトラー 2.0 と称される彼だ。もしかしたらやるかもしれないと思わせての交渉か。

しかし,なんで韓国は北朝鮮の重砲の射程内に首都と置いたのだろうか。ドイツは冷戦期,オランダ国境沿いのボンに首都を移転した。しかしドイツは地図で確認すると狭い国だな。周囲が小国だらけで,大国にみえるだけか。ロンドンモスクワの直線距離はインドの東西より短い。日本のインパール,ガダルカナルおよび中国のばかげた長大な大東亜戦争における戦線は何の戦略目的で拡大したのだろうか。昭和天皇はインパールとニューギニア侵攻を提案していた。侵略指向という視点からするとヒトラーも昭和天皇もさして違いはない。アメリカのアニメをみていたら,ニクソン元大統領が地獄殿堂(額縁の肖像)入りしていた。その他にヒトラーと昭和天皇もいた。

インドが日米豪の共同海軍演習参加を断った。タイは中国製潜水艦の購入と中タイ鉄道建設に同意した。南アジアと ASEAN は合衆国ではなく中国が主役になりつつある。合衆国が中国ほどこの地域に投資しないのだから,当たり前だ。自由とドルの魅力は褪せたのか。合衆国は到底,南アジアまで手が回らないというか,この地域の市場に関心を失ったのだろう。しかし,日本にとり ASEAN はドル箱だ。シンガポール,香港と台湾の一人当たり GDP が日本を凌駕し,韓国も日本に追いつく段階になった。これらの国々は日本より高付加価値の労働をしている事を意味している。金融サービスとか半導体産業は鉄鋼とか自動車を生産するより高い価値を産み出すのだろう。日本は産業の高度化に合衆国どころかアジアの国々に劣っている状態になってしまった。

経済環境の激変を起こすのが戦争だ。ソウル市民の一人当たりシェルタ面積は 2.3 m2 だそうだ。本土空襲時,満杯の防空壕は直撃を受けた一方,逃げ遅れて地下防空壕に入り損ねた勤労動員女学生が助かったという話がある。日本本土はこれまで,散発的な艦砲射撃を除いて一般市民が砲撃を受けた事がない。北朝鮮の長距離自走砲の射撃様子をみた。凄まじい爆風が生じる。西欧の長距離砲は移動と寿命を勘案して射程は 20km 程度が多い。北朝鮮の砲身寿命は短いかもしれない。ナポレオンの時代から砲兵最大の敵は砲兵である。韓国の K9 は安価なようでフィンランド,トルコおよびインドに輸出の運びになった。価格は日本製の半額である。同じ予算で倍の門数が整備できる。かつてアジアで大砲を製造できる国は日本くらいしかなかった。冶金と加工がネックとなった。かつて劣悪な武具を支給されていた朝鮮官兵が分裂して南北朝鮮が競争すると,兵器が発達するのがよくわかる。

ガダルカナル高台先制
ガダルカナル陸戦は高台の占拠合戦だった。日本が最初に大砲設置のための高所を占拠しても,砲を運搬設置できなかった。撤退すると替わりに米海兵砲兵が進出して渡河が不可能になり,迂回して砲を人力で牽引,山道を開削した。本を読むと司令官が決めたのではなく,参謀が指導して決まった。ガダルカナルの戦いは戦略の誤りだけでなく,戦術レベルでも素人がみても無理な意思決定がなされている。迂回して攻撃発起点に到達した段階でヘトヘトだ。攻撃延期を要望した旅団長は解任された。この山道を輜重隊は背負子で山谷を越えて運ばなければならない。将校は食糧砲弾を運ばないから,その労苦はわからない。

一木支隊の残存部隊は輜重兵となり,撤収は一番最後だったという。しんがりは補充の新部隊との私の記憶とずいぶん違う。連隊旗を喪失したみせしめらしい。アホな連隊長に巡り合った兵卒はえらい迷惑を被る。そんなに大切な連隊旗なら後方の部隊と残置したらどうだったのか。「奉焼」とある。陸自も奉焼するのだろうか。奇襲夜襲に際して,連隊旗に何の意味があるのか。現代の散兵戦術では戦旗は皆無だ。。。隊長旗が遠望しただけで砲撃対象になる。命がかかる実際の戦闘ではそんな馬鹿げた事はいくらなんでもしないだろう。戦記は半分盛られているのだろう。

調べてみようかなと思ったけど,時間の浪費かな。常識を越えた記述はマユツバと思って読めばいいか。しかし,玉砕特攻に至る前でも事実の隠ぺい,改変が酷いな。いっそ戦史など読まず,知らない方がいいのかもしれない。

日本軍高級将校の兵卒に対する冷酷さと自身の天皇への忠誠奉仕と無関係のはずだが,そうでもないようだ。同胞愛が欠けているのだろう。どうして軍官僚は非情なモンスタになってしまったのか。昭和天皇独白録によれば,無理筋のスタンレー山脈越えとアラカン山系越えの作戦を示唆した昭和天皇も非情ではある。兵卒の人力体力の限界がわからない愚昧な人だったのだろうと思う。兵卒を率いて行軍した事がなかったのだろう。軍の指揮官に向いていなかった。ロマノフ王朝最後の皇帝ニコライも戦線が膠着化するとペテルブルグに籠り,戦争指導を放棄している。作戦を示唆した侍従とか身近の者がいたのかもしれない。天皇は最高指揮官なのに作戦に関してスタッフはゼロであった。建前上は参謀総長と軍令部総長がスタッフではあったが,ロボットなので下問はあっても議論する事はなかったようだ。確か奏上と言っていた。まあ,本来神像のような現人神がしゃべるのは不自然なのはもっともだ。長く苦しい戦いをどう継続し乗り越えるか。危機意識があっても,孝明天皇とか昭和天皇のような現人神が出てくるのは避けられない。指導者を選抜できない不幸なシステムを内包している日本に外戦は不向きだろう。

参考
2017/06/02

太鼓のお囃子と渡来人

水田耕起のシーズンになり,笛のお囃子が聞こえてきた。音階は日本の昔の映画に使われるような伝統的なものだ。だが,太鼓の方は大相撲のような触れ太鼓とは全く,調子が異なる。朝鮮のリズムに近い。日本古来のダンスはすり足だが,朝鮮は跳躍(スキップ)がある。

歴史をふり返れば,大陸が動乱になる度に,どうも日本は渡来人(難民)を受けていれてきたようだ。近江は大和朝廷の時代から,渡来人だらけだったと思えば,当たり前かとも思う。渡来系のお寺も多い。大和朝廷は鉄を入手するため,朝鮮に積極的に軍事介入した。やがて,自国産の鉄で農具が賄えるようになると,半島への関心が薄れた。近くに,非常に古い由緒を誇る神社がある。当然,天皇との関わりが記されている。以前,畿内に居住する日本人の DNA が関東人より大陸の方に近縁関係があると述べた。桓武天皇は渡来系の秦氏が開発した現在の京都に遷都した。太極殿は中国を模し,立式だったから,椅子と机の事務だったのだろうか。太極殿が焼失すると,再建される事もなく,御所は座敷に戻った。朝議も古来の談合方式に戻った。

どこでどう捩れたのか,江戸期の儒者達は日本こそが皇統譜において,中国より「本家本元」だと主張し始めた。「中朝論」というらしい。「中華思想」は日本が担うという壮大なものだ。その行き着いたのが「八紘一宇」だった。

実は,劣者が優者に挑み,価値の転換を図る歴史的事象はいくつもある。近くは近代の市民革命,失敗した共産革命もそうだった。中国におされ気味の日本に,懐かしいレトロな「八紘一宇」が国会で語られるとは面白い。この「八紘一宇」のプロパガンダを担ったのは文科省だった。かつて,倭と呼称され,蛮族扱いだった日本が本朝になるのだ。

誰が何処が正統を主張し,覇権を掌握するか,諸国民に光を差延べられるのはどの帝国か。かつて,ヘーゲルは世界精神と名づけた。エジプトのファラオから始まった世界精神がいろんな民族に転移して,最後はドイツ人に行き着く。EUが統一歴史教科書を策定するとき,ドイツはローマ帝国の崩壊の記述に際して,「蛮族」をゲルマン人に書き換えさせたそうだ。東アジアでは夷狄と呼称された。幕末の狂躁状態は攘夷の妄想に取り付かれたからだった。

本朝=大日本帝国というアクロバットを編み出した日本は恐る恐る帝国間競争に足を踏み入れていった。大恐慌期に石原というエキセントリックな陸軍軍人が現れて,あっというまに満州が日本の権益圏になったかに見えた。大英帝国は日本に宥和的だったが,異を唱えたのが合衆国だった。南米に関してはモンロー主義を主張しながら,中国に対して門戸開放を唱えるご都合主義だった。

対支戦争を推進した武藤が,最強の資本主義国家との対米戦という段階になって避戦を模索し始めると,軍務局長から左遷された。

父からアメリカとの戦いは物量で負けたと聞かされてきた。それでは,何故,アジアの諸国家は日本が唱えた「八紘一宇」になびかず,合衆国に賛同したのだろうか。資本(ドル)の優位,技術力等いろいろあるだろうが,合衆国は盟主の地位を求めたりはせず,通商航海の自由とか憲章(契約)が中心だった。日本はドルには及ばないが,邦貨円があった。合衆国と大きく異なるのは「自由」との精神と「契約」の概念だった。どちらも支えていたのは原理というか「言葉」による普遍化であった。言葉による説得力は大きい。米英が対戦中に発した「宣言」をみればわかる。日本は今次大戦で,世界史的「宣言」を残せなかった。プロパガンダといえばそれまでだが,聖書を読めば経典の民の争いは神々の教宣活動につきる。

原理原則(プリンシプル)のないご都合主義が合衆国の原理主義に負けたのはある意味,当然かもしれない。自由の対極にある特攻精神が自由の精神に負けたと認めたくない修正主義者が増えてきた。幾多の民族が覇を唱え,栄えたが教典をもたない民族は後世に大した影響を残していない。古代オリエントの部族間の神々の争いから神との契約という奇妙なアイデアが部族間の信頼関係に影響を及ぼし,現在の経典に至っている。いろんなテーゼの淵源を辿れば,宗教に至るとは日本人の感覚からすればまことに不思議だ。日本人は証文にほとんど価値を認めない。実際,神道には祝詞はあても教典がない。これは中国人にもあてはまり,宗教心が薄いから法の精神もない。戦前の中国人は,日本政府が天皇を中心とする「八紘一宇」を主張したとき,何を思ったであろうか。

戦前日本の失敗が満州に帰着するのは明らかだろう。満州侵攻は関東軍の暴走だけで果たして,可能なのだったのだろうか。既に対シナ観は大隈重信内閣時の二十一か条要求に後の紛争の芽が蒔かれている。昨今の報道をみていると,中国がまだ劣っていて,日本が進んでいる類の説明を聞くと,悲しくなる。合衆国は中国を WTO に招き入れて以来,両国はパートナの関係になった。

いざとなったら,中国はいつでも尖閣で日本に発砲させる事態に持ち込むのが可能な状態になっている。中国は豊かになる前に老いるのは人口統計から確かだ。日本の中国に対する優越意識はなんとかならないのか。

日本人は,古来優者(為政者)に従順に従ってきた。もう一度,中国と争って負けないと中国に従う気は起きないのかもしれない。日本と中国が争ったら,合衆国は日本を積極的に援助しないだろう。中国に呑み込まれるかどうかは,その国民がどれだけ自由の精神を獲得しているかだろう。日本人より台湾人の方が自由の価値を認めているのは何とも不思議だが,自由より不自由の方が居心地がいいのは,恐らく江戸期の封建体制まで遡るだろう。

自由を担保するのは議会制しかない。鶏の卵のような話になってしまうが,明治初期に,日本中が熱くなった自由民権運動があった。その担い手は豪農および不平士族だった。

地の神社のお囃子太鼓が朝鮮系なのは近江の以外にどこがあるのだろうか。朝廷の歴史書には本土から避難した百済王子が近江に入植したとある。先住土着の弥生人もいた筈だから,両者はどのような関係になったのだろうか。渡来人は朝鮮由来の多くの神社を残し,今だに琵琶湖岸沿いの道路は朝鮮街道と呼称する。寺社と囃子太鼓くらいしかその遺風はない。どのくらい帰化人が渡来したのか諸説あるようだ。言葉は母から子供へ伝わる。近江の朝鮮コミュニティがそのアイデンティティを喪失したのはいつの頃か。

流浪の民となったユダヤ族はヘブライ語は亡失したけど,アイデンティティを保持した。欧州に渡ったムスリムもそうなるのだろうか。中国人は世界中のどこへ移住しても,そのコミュニティは中国語を保持するそうだ。ニューヨークの中国人街だと,故郷から呼び寄せたお婆さんの日常生活に何の不自由もないそうだ。今や,イタリアブランドの靴はイタリア在住の中国人ファミリが製造する。これまで日本は はきだめのように大陸からやってきた渡来人がやってきた。日本の稲作普及と中国の動乱は無関係ではないだろう。

日本韓国中国は超高齢化社会を迎える。ドイツのように,30年後を考えると朝鮮有事は大量の難民を獲得できるチャンスなのかもしれない。まあ,同様の事はロシア中国韓国も企んでいるには違いないが。合衆国が移民枠を削減し始めたので他の外国が恩恵を受けられそうだが,日本は蚊帳の外だな。

2017/05/20

ロイタエコノミストとトップセールス

30年近く毎日新聞を購読してきたが,経済予測に何の役にも立たなかった。あるのは政府経済見通し発表と関西企業の提灯記事が多い。戦前戦中は軍の御用記事,戦後も提灯持ちであるポジションは変わらない。

今では,ロイタが各種経済指標をタダで提示してくれる。先月の東京都区内の CPI 消費者物価指数は前年同月比 -0.4% である。こんな数字を御用経済記事の多い毎日新聞が載せる訳がない。家人もようやく来年で毎日新聞の購読取りやめになりそうな雰囲気だ。

毎日新聞は海外ファンドに否定的な見方をする。しかし東洋経済によれば,
苛烈な人員削減と事業のリストラで目先の利益確保を狙うファンドとは一線を画す。少額出資にとどめ、成長余力も未知数な企業に賭けるベンチャーキャピタルとも違う。不遇だが地力のある事業に新規資金を提供し、従業員のやる気を高め、独立独歩の成長に道筋をつける
とある。ホンハイのトップがシャープのトップセールスすると,16年ぶりの営業黒字に変わった。これまでの日本人トップはどんな営業をしてきたのかと疑問を持たざるを得ない。朝鮮有事になると,円高に振れるのは不思議に思っていたが,これもロイタのエコノミストが解説してなるほどと思う。
実は、一般的に「質への逃避の円買い」と呼ばれるものの正体は主には経常収支黒字から発生する円買いだ。何らかの異常事態が発生した場合、事態を見極める必要から投資家フローはスローダウンするが、輸出企業によるドル売りなど経常収支フローは異常事態下でも活動を止めることはできない。その結果、深刻な危機が発生した場合、通常、日本円のような経常黒字国通貨が上昇しやすくなるのだ

竹中正治氏は龍谷大学経済学部教授。1979年東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、為替資金部次長、調査部次長、ワシントンDC駐在員事務所長、国際通貨研究所チーフエコノミストを経て、2009年4月より現職。経済学博士(京都大学)。最新著作「稼ぐ経済学 黄金の波に乗る知の技法」(光文社、2013年5月)
河野龍太郎氏は、BNPパリバ証券の経済調査本部長・チーフエコノミスト。横浜国立大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行し、大和投資顧問(現大和住銀投信投資顧問)や第一生命経済研究所を経て、2000年より現職。

マスコミには御用学者とかマスコミのステレオタイプに合致したエコノミストとしか登場しない。外信のエコノミストの方がまともというのはどう考えたらいいのだろうか。日本にまともなエコノミストがいないのではなく,単にマスコミに取り上げられないのだと思う。それにしても小泉構造改革時の竹中平蔵は酷かった。今でも,大手キー局に出てくる。掛け合う相手が経済に疎い辛坊氏(彼は東京では無名)では致し方ないか。彼は WBS でも登場しているのだろうか。

これまで,日米の経済動向だけをみてきたけど景気動向は OECD の指標が役に立つらしい。確かに日本は長い間,構造不況に苦しんでいるけど世界経済は順調に成長してきたから当たり前だな。投資とかを見極めるには日本経済だけを見ていたんではダメだ。ホンハイがシャープを買収したのは日本に液晶を売るためではなかった。合衆国に液晶工場を建設して合衆国にテレビを売るビジネスのためだった。なるほどと思う。

ちなみに竹中平蔵は慶応教授だった。ネット情報によれば,慶応経済学部の修士論文は縦書きだそうだ。にわかに信じ難いが。慶応閥経営層が日本の大企業に多いから,日本をダメにしたのは東大ではなく慶応ではなかろうか。数式を使わない経済論文が日本では当たり前なのだろう。IMF の論文をみると解析は数式で説明されている。当然,ごく普通の三菱東京UFJも含め,慶応出身の経営幹部は IMF 論文を理解できないわけだ。これでは世界競争になると,完全に後追いになるのは避けられないな。現代中国の経済学部のテキストは英語だ。経済学部教育の競争だといつから日本は中国に対して劣後になったのだろうか。鄧小平の改革開放運動で経済書も解禁になり,テキストも英語に変わったのだろう。そういえば,慶応の創始者である諭吉は英語が得意で翻訳した。講義は翻訳書で行われたのであろう。「競争」も諭吉が造語した。中韓の世界市場参入まではそれで間に合ったのだろう。日本政府の経済官僚も法学部出身者が多く,最新経済学に精通しているとも思えない。安倍黒田のブレーンはカビの生えたような昔の著名な経済学者だそうだ。新進気鋭の学者が登用されるような事は日本式意思決定ではあり得ない。それは自民党よりさらに固陋体質の民進党はさらに酷い。そもそも民進党に経済政策などないのかもしれない。現代日本は中国の清朝末期と似ているのかもしれない。

そして危機的経営状況下では「空気」による意思決定を避けるには,外国人経営者による独裁がいいのだろうと思う。

参考