2017/03/18

プラウと原発事故

プラウと海民
創世記 45:6 に「この二年の間,国中にききんがあったが,なお5年の間は耕すことも刈り入れることもできないでしょう」とある。耕すとは鍬とのことかと思いきや,英語だと "For two years now there has been famine in the land, and for the next five years there will be no plowing and reaping." だ。プラウを人力で曳くのは極めてまれであろう。

旧約聖書は紀元前6世紀頃,バビロン捕囚を回顧して編纂されたらしいから,少なくとも日本を除いて耕起は畜力なのは当たり前だった。中国の中原は春秋戦国期に畜耕に変わっている。後漢代の朝鮮におかれた楽浪郡とか帯方郡でも同様に畜耕ではなかろうか。もちろん水田を意味しない畑である。しかし春秋戦国期のリンシに居住していた民,江南沿岸,朝鮮半島西岸九州に至る東シナ海の水稲海民は畜耕ではなかったのではないか。倭とは半農半漁の海民を指したのだろう。李朝末期の貧しい農民の服装写真をみると日本同様,草鞋履きである。西日本が犂耕に移行し出すのは平安期である。統一新羅が畜耕だったかどうかは知らない。

養老令に幾内での犂耕の記述がある。犂耕は平安期の朝廷官田,豪族層の一部にとどまっていたようだ。古代の「かたあらし」と称される耕作は休耕の繰り返しであったそうだ。中世になって,休耕しない耕作になったようだ。馬の飼養に適した関東に犂耕が普及するのは遅く鎌倉期である。意外にも信州は明治になって馬耕が普及した。

中国江南沿岸では海民が農耕から切り離されて畜耕が大勢を占めるようになったのであろう。明代,倭寇が利しないよう江南の沿岸から農民を立ち退きさせた。まるでベトナム戦争時の合衆国がやった戦略村だ。切り離された海民は水上生活者となったのかもしれない。父は水兵に徴兵されシンガポールでジャンクを見ている。

犂耕による生産力向上は皮肉にも日本に戦乱をもたらしたようだ。都の公家に「地下」と蔑称された荘園被官層が自立し,後の武士と混交した。鎌倉期に関東まで普及した畜耕が江戸期になると,人力耕に戻ったのは何故だろう。明治になると藩の統制がなくなり自由化が進んだけれども,大不景気の昭和に 2.26 5.15 事件となって自由競争を否定する思想が昭和日本の軍部に芽生えたのが実に興味深い。決起将校は赤子の擁護者としての天皇を妄想したが,戦後になっても宮様は我々を「民草」と呼称するくらい,京風にいうと「白足袋」の貴族意識のままだった。実際は,応仁の乱の頃には山城国でも荘園制は崩壊して,天皇は葬式代にも事欠くほどであった。皇族の貴族意識は 600 年経っても変わらない。カトリックの枢機卿みたいなものか。

昨今の原発廃止運動も,日本民族の争いを鎮める知恵なのかもしれない。原発再稼働と電力料金自由化したら,PWR 加圧水型原子炉の関電,九電,四電および北電は BWR の東電,中部電,中国電より優位になり,その地域も活性化するかもしれない。しかし,小泉純一郎のように原発がなくなっても楽に生きていけるだろうの思いこみがあるのではないか。このような意識は古代から日本人の深層にあるのだろう。東芝が建設中のジョージア州の原発建設地を Google Map でみたら,写真自体が古い可能性はあるにしても 2019 年に稼働できそうもない状態だ。

畜力運送
西日本では犂耕なのに平安期の関東では人力耕でも生活できたわけだ。古代の納税は物納であった。税以外は地産地消だろう。古代日本は馬の背で税を運送したようだ。

中国とかユーラシアでは運送事情が異なった。アーリア系は牛,モンゴル草原は馬,中央アジア中国はロバだったようだ。今でも中央アジアの農民はロバを広く使役しているようだ。

江戸期,北陸で獲れたサバは鯖街道を背負子により京都に持ち込まれた。江戸市中は人力の大八車だった。人余りのせいか粗食のロバより人件費が安かったのか。何故かロバは日本に普及しなかった。文明開化の明治期,人力車が考えられたのは,駕籠に比べたら省力になり大きな進歩だった。ロンドンでは馬車がタクシーだった時代ではあるが。

明治天皇の江戸入りは伝統的な輿であった。とにかく車夫が多くいたのだから,すくなくとも馬の飼育費より安価だったのだろう。2.26 の不穏な時代では車夫にもなれないほどの不景気であった。秦の始皇帝は既に馬車であった。古代エジプトではローマに征服される前,ギリシャルーツ土着したプトレマイオス朝でもファラオは権威の象徴として人力の輿であった。南米の皇帝達は車をしらないので輿を愛用した。新約によれば,イエスはロバに乗ってエルサレム入りする。これは旧約の故事にならった記述だろうとされる。

日中戦争の写真をみると,日本軍輜重部隊がロバの背に物資を積んで引いている。現地で徴発したのだろう。包囲戦とか追撃戦でいつも殲滅できず主力を取り逃がし,長期戦になった理由がわかったような気がする。おそらく敵は馬挽ロバ挽で逃げたのだ。徒歩で包囲はどうみても無理だろう。。。
鉄路沿いだけしか支配できない。Wikipedia によれば日清戦争の日本軍は背負子と第八車の人力だった。これでよくまあ畜力の清軍に勝てたなと思う。日本人は中国の人海戦術をネタにするけれども,補給は人力ではなくロバであった。朝鮮戦争ではリッジウェイ将軍が中国義勇軍ロバの蹄鉄を手にしている写真がある。当然,米軍はトラックジープである。
Ridgeway.jpg 

日本軍は輜重兵が背負子でコメをガダルカナルの丸山道を運んだ。歩兵砲を分解人力で担いで山道を運んだ。日本軍高級将校は何の疑義も感じなかったようだ。日本人は人力で牛車を曳くだんじり,祇園祭のようにとにかく人力大好きだ。まるでピラミッド建設の古代エジプト人のようだ。一方,古代シュメールでは馬車は権威の象徴だった。ファラオがいなくなると,輿も途絶えた。

古代ローマの戦車による凱旋式典は独裁官,後の皇帝が元老院から与えられた特権であった。征夷大将軍が天皇臨席の場で武威を誇示する軍事パレードに畜力の車が登場する事はなかった。さらに,日露戦争勝利の式典でもパレードがない。日本人は動的なもの嫌い静的式典を好むようだ。明治天皇が馬車で閲兵しただけである。どうも,昭和天皇と違い騎乗が苦手だったようだね。西欧の国王は騎乗で閲兵するのが当たり前だ。騎兵のいない第二次世界大戦後になってもエリザベス女王は馬上だけでなく,単騎しかも口取りもなく騎行閲兵した。馬を乗りこなせなければ貴族ではなかった。一方,日本は戦国期の侍大将に口取りがいた。黒沢監督の「影武者」は妄想だろう。戦国期の日本に騎乗はあっても騎兵はいなかった。家康は輿に乗って関ケ原の野戦に臨んだ。合戦はインカ帝国とかマヤの戦いのようにスローモだったのだろうと思う。騎行があったのは鎌倉期だ。承久の変では鎌倉を進発した幕府軍はあっという間に京都を制圧している。渡河もあるから騎行のおかげだ。元寇は騎馬の機動力があって阻止できたのだ。明治になるまで騎兵隊が存在しなかった日本はそれだけ平和だったのだろう。

幕末期,信州甲州で産した絹を開港した横浜まで運ぶ絹の道ができた。馬の背もしくは人力で峠を越えた。東シナ海周辺の海民だった倭は牛馬,ロバを知って幕末になっても背負子とは驚きだ。とにかく労賃が安かったのだろう。ついにクロネコがエコと称して都心でリヤカー人力宅配を始めた。なんとまあ,暑熱地獄の真夏に人間を酷使するのか。社畜とはよくいったものだ。

共産中国は人民の社畜化を諦めて改革開放に転じた。というのは春秋戦国時代からの筋金入りの同族家族至上主義を乗り越えられなかった。どうみても日本の没個性社畜は中国に勝てない気がする。その中国の家族主義も合衆国の個人主義に勝てないかもしれない。半導体ビジネス情報産業をみると,そんな感じだ。社畜状態の日本が米中に勝てる産業とは何だろう。やはり,Star Wars のような帝国軍か。稲田大臣がシスのパワーを得られれば,案外いけるかもしれない。在英中国大使が靖国神社をハリーポッターの分霊箱に例えたのは秀逸だった。特攻だガンバレ日本。少子高齢化の日本にはどう見ても不可能だが。

原罪と東電東芝
とりあえず,原子力規制委員長を解任する。避難道路を建設しながら PWR を再稼働させようではないか。次に子供に禍根を残す日銀総裁を更迭する。しかし,そのための受け皿となる政党がない。危機を回避せず,とにかく耐えるのがいいのか。ガマンもいいけど,ジジババだらけで一体どうするのだ。楽をする手立てを講じなければならない。

日本がなにもなければ破綻するのは 2045 ないし 2050 年頃とされる。その間に中国発の大不況もあるだろう。中国の不況がかつての日本のような韓国に軍事政権樹立をもたらす可能性だってある。石油の自給ができる合衆国が30年後,極東に軍事力を展開しているとは思えない。軍隊の海外展開はとにかく金食い虫だ。利口な大英帝国はインド軍の高級将校,高級官吏以外をインド人に充てた。日本も米国に軍事顧問団を派遣してもらったらどうだろうか。菅元首相がアメリカ大使が進言した米軍を中心とした核危機対応チームの派遣を拒絶したのは何故だろう。

戦後の経済混乱を収拾できなかった大蔵官僚はドッジを招き,外圧として補助金カット,行政整理とかを実施した。菅元首相が独善的にならなければ,別の歯車が回り出したのかもしれない。彼は松岡洋祐のような気質だったのだろうか。そういえば奇兵隊を名乗っていたな。家人いわく,麻生さんだったらもっと酷くなったと言う。それもそうだ。歴史の歯車はきしむ。危機に対処できる指導者をどう選抜するか。年に何兆円,原発(資本)をムダにしているのだろうか。しかも経産省の案だと廃炉補償費として電力料金を上乗せするするそうだ。実質税金になってしまう。安心を得るには負担と思わず喜捨の気持ちになるしかないのだろうか。

ルカによる福音書/ 09章 62節の新共同訳は,イエスのたとえ話に『イエスはその人に、「に手をかけてから後ろを顧みる者は、神の国にふさわしくない」と言われた』となっている。英語だと,
Jesus replied, “No one who puts a hand to the plow and looks back is fit for service in the kingdom of God.”
意図的に誤訳したのだろうか。それとも,英訳が誤訳なのだろうか。スコップで畑を耕した事があるけど,どうみても犂だとそんな余裕はないだろうから,鋤ではないだろう。

旧約物語だとアダムとイブはエデンを追放され,耕し後世に子孫をつないでいく存在になった。原発はそのためのプラウなのだ。再稼働させて廃炉費用を捻出しながら,後世への不良資産を少しでも回収したらどうか。

それとも規制が強化されて,東芝が合衆国に建設中の原発のようにコスト的に見合わなくなったのか。しかし,東芝の国内原発事業は電力会社が発電してもしなくても黒字の優良事業だ。これが今後 30年このまま続く。その原資は我々が払う電力料金に上乗せされている。
東芝は原発を軸とした会社になるしかない。買い手はないが、国内の原子力は収益分野だという。東芝製の原発は国内に21基ある。どれも動いていない。しかし、点検や修理・管理で安定した売り上げと利益を確保している、という。費用は電気代に上乗せされるので、電力会社も原発企業も痛痒は感じない。東芝の原子力事業は2016年上期で3800億円を稼いでいる。ここにはWECの稼ぎも入っている。内訳は公表されないが、国内事業は安定収益という。

東芝の国内原発は全て BWR である。関東東北中部中国県民は北海道関西九州四国のアシをひっぱらないで欲しい。PWR を稼働させてくれれば,稼働の見込みがない BWR を保有する中部電力と中国電力に売電できるだろう。問題は 50Hz の東電と東北電力だ。青函トンネルを使用して泊原発の電力を東北に売電できないのだろうか。東北中部住民は危ない BWR を稼働せずに PWR による安価な電力を買える。商いを自由にするだけで経済効率が上がり,国民全体が楽をできる。なんで我慢して余分に働かなければならない脱原発を目指すのか。

50Hz の巨人東電はどうしようもない。東芝の最新事業計画だと,2019 年に国内原子力事業は再稼働対応により 1500 億円から 1900 億円の増収見込みになっている。東電は発電しないのに柏崎に 400 億円増資するわけだ。元凶は東電と東芝か。両者を解体したらどうだ。ついでに電力売買のネックになっている電源周波数を 60Hz に統一する。

ちなみに BWR は放射能に汚染された高温高圧蒸気はタービン建屋まで配管され,巨大な復水器を通り原子炉に戻る。地震の際,放射能漏れの可能性は PWR に比べると桁はずれに高いと素人でもわかる。新潟県の避難計画は順調に進んでいるのだろうか。長大な汚染蒸気配管を考えたら BWR は再稼働させない方がいいのではないか。実際,世界中の原潜と米原子力空母はすべて PWR だ。

日本人には原罪はないが,「業」ならあったと思い出した。啓典の民は原罪意識のない生き物を Inhuman 畜生とみなした。キリスト教原理主義者の多い合衆国民の深層意識に,「啓典の神」を信じない中国人とか日本人に対する蔑視感情がある。トランプ支持の白人は言葉に出さないが,奥底にそんな感情がある。やっかいな同盟国だな。

ロバすら使役しなかった日本人に原発をプラウのように使いこなすのは無理か。ロバを使役してきた中国人ならできるかもしれない。スキル(技術)の問題ではなく使いこなす精神が問われるからだ。アマテラスではどうみても,だめだろう。。。3.11 を追悼して東方の海に向かって拝む姿が印象的だった。いまだにまともな祈念碑施設がない。

仏教の「業」の精神すら日本人はなくなったのか。鹿屋の海軍航空基地には特攻隊員をしのんで祭壇には帽子と牛乳瓶が置かれていた。空の神兵に追悼は不要だったのか。命をないがしろにする靖国精神は日本人の性に合っているのだろう。PKO で戦死したら,供養するのは国立墓地かそれとも靖国神社か。
兵舎の隅でね、死んだやつの帽子を祭壇に飾っていくだけですよ。そいで、花やろういうても、そこらの畑に、土手にあるような花切ってきて、牛乳のビンに挿して、一つか二つ置いてあるだけですわの。たったこれだけか、死んでこれかあ思うようになった。かわいそうに。
朝青龍のような気質のモンゴル人に絹を背負わせて,運ばせるのは不可能だろう。死ぬまで人力耕起だった日本人なら可能か。再稼働しない原発と小泉純一郎が重なる。

いざとなったら成年は徒歩で脱出できるが,子供老人はどうしようもない。空襲で焼け死んだ者達は逃げ遅れた女子供が多かった。柏崎周辺の道路事情だと個人の車での避難は困難だ。他府県に抜けるには連なる山々を越えなければならない。港が使用できるなら,フェリーも有効だろう。自衛艦は 3.11 を参考にすれば間に合わない可能性がある。操艦する乗員の招集に時間がかかるからか。県知事が非常事態宣言をだして,自衛隊をなぜ指揮できないのだろう。古代の国司は地方の兵を動員できたのに,明治維新以降は王政復古しても,県令には軍政の権限は何もなかった。戦争末期の沖縄の惨事が起きる可能性が制度自体に内包している。とりあえず,県当局は自宅待機させ時間かせぎだろう。その間,市民は汚染されていない飲み水をどう確保するか。こどもと老人を抱えた家族はどうするか。徒歩で脱出するには,シリア難民のように歩けない老人を見捨てるしかないのか。幼い子供の被爆は何としてでも避けなければならない。トリアージのような仕組みが必要だろう。

日米 FTA 交渉
2020 年は東京オリンピックと同じくらい,重要な日米安保改定と米大統領選がある。TPP をちゃぶ台返ししたトランプ大統領ならこれから再開される日米通商交渉が不調に終われば,2019 年に安保廃棄を匂わすかもしれない。この時期に東芝の 7000 億円の損切りはマズイかもしれない。合衆国の原発不良資産を全部買い取るくらいの事をしないとダメかもしれない。とりあえず,米国資本のカジノは止むを得ないか。さらなる医薬品の規制開放は避けられないのではなかろうか。トランプは選挙期間中,輸入乗用車に 35% の関税を公約としていた。日本にそれに対抗するだけの米国産輸入品があるのか。兵器,医薬品,小麦とシェールガスに対抗関税を課すくらいか。

農産物の市場開放要求は中国市場の方が大きいし,肉はメキシコ,オーストラリアとも競合するので合衆国の農民にとりさほどのメリットはないだろう。ただ 2020 年の大統領選までに象徴的かつ日本に第三の開国をせまる要求はあるだろう。そんな要求もないようだと,日本市場に全く関心がないとなれば,それはそれで日本は絶望的に成らざるを得ない。

トランプ政権の市場開放要求があるうちはまだ日本に希望はある。

参考
2017/03/11

クレーンと明治 150 年

クレーン
カタカナ外来語のままの物は日本になかったものが多い。明治になって普及したものに庶民がベリー艦隊と接して欲したものにボタンがあった。クレーンに至っては,どうも陸軍は使用に関心が薄かったようだ。

隣に家が新築され,建設過程をみて驚いた。大工がほぼ一人で毎日建設した。クレーン車がやってきて柱を立てた。私が子供の頃は大工が数人がかりで引き揚げていた。建築状況に応じてユニック付きトラックが建材を荷下ろしした。ようやく住宅建築工法が合衆国並みになったのだろうと思う。

農業ゲームをやっている。惹かれた理由の一つに納屋にウィンチが描かれていたからだ。研究員をしていた頃,研究所とか工場を見学する際,クレーンの有無と状態をいつも確認していた。生命科学研究機器,半導体機器は大型化する一方だ。立派な設備を誇っていても,大型研究設備の陳腐化が早い。クレーンと扉が備わっていても,全然使われていない様子だと設備も更新されていないとすぐわかる。
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日本軍はフィリッピン戦で大量の補給物資を海岸で失った。潜水艦の攻撃を逃れやっとのおもいでフィリッピン沿岸に辿り着いて揚陸しても,物資が浜に滞貨したままで航空機と魚雷艇が来襲して焼いてしまう。米軍の反攻が始まったガダルカナルからその状況が続いて,沖縄戦になってようやくその愚を止めたようだ。

ガダルカナル島は日米根拠地からほぼ等距離 1000km にある。補給揚陸の戦いであった。米軍も駆逐艦改造の高速輸送艦でネズミ輸送をしている。両軍とも夜間接岸して揚陸する。航空機が来襲するまでに浜際から内陸へ分散隠匿しなければならない。どうもその能力スピードが両軍では違ったようだ。恐らく日本軍にはクレーン車がなかったのであろう。日本には高速輸送艦もなかった。したがって重機トラックを駆逐艦では輸送できず,日本の補給能力云々以前の問題だったのだろう。数量で劣れば,効率向上で対抗するのが正攻法だ。物量で敗けたというのは一面的な見方である。

ガダルカナルの陸の戦いはつきつめれば,飛行場を砲撃できる地点の争奪戦だった。例えばウクライナが東部2州を失ったのは,ウクライナが露軍の重砲火力に対抗できなかったからか。重砲は戦車のように自走能力がなくはしけから浜への搬出牽引はクレーンがないと困難を極めたのだろう。それでも本体は車輪があるから転がせたが,重量物の砲弾はどうしようもなかったのだろう。戦記を読むと予定量の2割と書いてある。実際はその半分か。「トラックやクレーンが装備されていないため、船から降ろした荷物が何時までも放置されていた」とある。まだこの頃は米海軍の魚雷欠陥の問題もありフィリピン戦線のようにボカスカ潜水艦に輸送船が沈められる事はなかった。

山道を迂回する後に丸山道と呼称される作戦は砲火力があれば浜沿いの夜間前進が可能だっただろうと思う。航空支援がないので,それでも困難には違いないが。結局のところ,日本海軍はガダルカナルの航空勢力を駆逐できなかった。この海域の米空母が1隻さらにゼロになったとき,日本海軍の空母数が優越していても,艦上航空搭乗員は枯渇(戦死)していた。米護衛空母が損耗した航空機を補充した。開戦時米海軍航空搭乗員数はおよそ日本の倍であった。日米が搭乗員を同じように損耗していけば,日本が先に搭乗員不足になるのは自明であった。日本は戦艦を大事にして,搭乗員を空飛ぶ弾,魚雷の扱いであった。この当時から過労死の国であった。戦で中大破した空母の修理期間も日本が倍から3倍ほど要している。米海軍はヌーメアに浮きドックを持ち込み応急修理をした。日本には工作艦はあっても浮きドックはなかった。工廠能力というか,修理効率が半分以下だったのだろうか。日米艦爆の爆弾搭載量が倍異なるので何ともいえないか。ニミッツ提督は山本連合艦隊司令長官のように航空戦の専門家ではなく,潜水艦戦が専門だった。しかし,両者のもっと大きな違いはニミッツはパールハーバ工廠の拡張に携わった専門家だった。

イラク戦争のドキュメンタリーをみていたら,装備のお粗末な州兵がぼやきながらオンボロトラックの運転席を防護する鋼板を自分で溶接していた。合衆国の自営農民は農機の溶接は当たり前のようだから,そんな文化なのだろう。Pearl Harbor Yard と検索すると,プロパガンダかもしれないが女性溶接工(解体工?)の写真が出てくる。米海軍および米海兵は志願兵のみで第二次世界大戦の大量募兵を乗り切った。どこが軟弱なんだ。戦前の憶測は誤りだった。父は海軍に招集された。IMF は女性労働に関して日本政府に勧告している。教師,医師,法曹家,公務員および政治家の女性参画割合が欧米並みになれば,イノベーションを頑張らずとも成長率が高まると思う。アベノミクスは爺さん主体の政権だから仕方がないのか。ほとんど創造性を要しない職種である公務員と政治家は女性のキャップ制を導入してもいいのではないか。

危機に対して,どれだけ柔軟に対応できるか。陸自の補給トラックにはそんな古いのはない。ただ補給科所属の特別公務員に溶接ができる隊員がどれだけいるか。陸軍統制派は総力戦体制を目指したが,軟弱なはずの合衆国の総動員体制はよりシステマティックで個々の国民もレベルが違ったようだ。自動車を運転し,農機を修繕する農民と田んぼを鍬で耕していた農民の違いでもあった。

日本海軍のトラック泊地では修繕はできず,大型艦は呉もしくは横須賀まで回航して修理した。パールハーバの工廠を合衆国は単に Yard と呼んでいる。大破も直し迅速に戦線に復帰させている。主機とか缶の交換となると,本土に回航したのかな。トラックは合衆国からは軍港とみなされていたけど,泊地どまりだったようだ。大規模な燃料タンクもなかった。戦前の軍備では小笠原海域に米海軍侵攻軍を邀撃する構想だったから仕方がない。というか貧乏海軍で軍港整備まで予算が追いつかなかった。日本海軍に総力戦構想は全くなかったようだ。

意志決定メカニズム
どこで日本海軍はおかしくなったか。ワシントン体制離脱を行ったのは意外にも海軍出身の岡田啓介内閣であった。彼は狸と称され,終戦工作の黒幕の一人でもあった。海軍良識派といえども軍備拡張はポストも増えるから下僚の下剋上を押さえられなかった。首相が陸海軍の専横を押さえられない制度が悪いのか,元老がいなくなると官僚を統率できる指導者がいなくなった。国会が指名する首班に何の権威もなくなったしまった。首班より上位にあるのが天皇,その天皇が官僚達の神輿だから性質が悪い。今でも,国民の過半は昭和天皇の終戦に関する聖断を信じているのではなかろうか。だから,今上陛下の退位でももめるのだろう。

危機に際しても,両論併記となりなかなか決められない。古代イスラエルの最高法院に全員一致の議決は無効という不思議な決まりがあった。全員賛成は宜しくないという考えだ。戦前の危機に際して,日本は何故か政党を解散した。英国は大連立内閣を組織した。合衆国は大統領に権限を集中させた。独ソは独裁者を擁立した。イタリアは独裁代議制をとった。日本の天皇は名目的な存在だったので,組織的には日本はソ連の官僚制に近かった。ただ戦争を一元的に統率する独裁者がいなので陸海軍別個にちぐはぐな戦争を計画遂行してソ連型の総力戦とは程遠かった。一部の陸軍中堅将校と革新官僚らはソ連型の統制国家を目指していたようだ。

近衛は本土決戦になると,陸軍を中心とした赤色革命が起きると恐れていたようだ。失敗した 2.26 が念頭にあったようだ。北一輝は蹶起した青年将校に影響を与えていた。面白いもので過激思想にかぶれる人たちは手に職のない者が多い。日本の陸士学校出は小銃を取り扱えない。北一輝はまともな職に就いていない。思想家とはそういうものだろうか。狂信的な教育者に吉田松陰がいた。合理的に戦争計画を立案しなければならない軍人も天皇を神輿にしていくうちに組織そのものが囚われていったのだろう。その究極が特攻だと思う。

浜に揚陸する際にクレーンを用意しなかった日本陸軍。精神力で砲弾を運ぶつもりだったのだろう。おそろしい人たちだ。高級軍人は聖職者もしくは教育者と同じ程度だったのかと思う。ガダルカナル,フィリッピン,サイパンまでは兵力増派補給を試みたけど,沖縄からはその努力は無駄なので止めた。在沖縄1個師団を台湾に抽出した穴埋めに姫路の86師団を沖縄増派予定を 1945年1月23日に中止にしている。作戦部長が宮崎に替わったせいもある。九州管轄の西部軍管区にも補給はなし,自給して戦えとの指示を参謀本部は出した。そんななかで派遣された参謀の一人が米軍捕虜の解剖を提案し,九帝大が協力した。陸士陸大,旧制高校帝大の教育を受けたエリートが空気のせいか,生体解剖実験を実施した。大砲もない。弾もない。コメもない。それでも戦うとなると,このような結論に至るのだろうか。沖縄では十分な兵力を有した米軍がことごとく日本兵を狩りだしたので共食いはなかったようだが,游兵となったフィリッピンでは日本兵が人食に供されていたようだ。上官は部下が調達した肉の出所を問わなかったようだ。身内兵士を食するようになっても,上官部下の関係があるとは驚きだ。

ニミッツは9月30日にガダルカナルを視察した。その帰り,ヌーメアを経由して戦域司令官の解任を決めた。日本の参謀本部は17軍の参謀長を解任し予備役にした。どちらも補給絡みであった。面白いのは作戦指揮していたのは日本軍の場合,軍司令官ではなく実務は参謀長が執っていた。学校の不祥事に校長が対応せず,教頭が会見したりするのと同じかなと思う。米軍でも作戦を参謀長にまかせたままのマッカーサとスプルーアンスがいたりする。

大阪と東京で同時に公有地をめぐる不可思議な会計支出が明るみに出た。上杉隆がネットでメディア各社への東京湾岸地域の土地売却と電通に触れていた。電通は日本の大陸進出失敗により分割された通信社の名残だそうだ。一見,関係のなさそうな電波利権と東京の公有地売却がリンクしていたとは驚きだ。カジノは横浜と大阪に決まっているようだ。どちらも米国カジノ資本だそうだ。

日本陸軍の作戦計画は作戦部長および作戦課長が取り仕切っていたようだ。参謀次長とか参謀総長は作戦計画を立てずに一体何をしていたのか。東京都と大阪の公有地を巡る意思決定は,村上とか朝日系が報道するような局長,都知事副知事主導ではないだろう。沖縄戦の増派のように無名の軍官僚が重大な決定をしたように,表(議会)に出てこない中堅公務員がくだしたのかもしれない。その見返りは天下りとか組織の利権だろう。これはソ連ロシア型の構造利権に近いのではないか。ロシアだと公務員が現職のまま関連会社からマージンを取る。日本の構造汚職はロシアと同様に制度的かつ合法的である。現に地検特捜は全く動かないではないか。小学校の産廃も市場の毒物も日本の行政形態を反映している。子供たちに役人志望が増えるはずだ。

独裁体制のドイツでは1個大隊の配置替えするにも総統の決裁が必要であった。今の自衛隊も旧日本型軍令のままだとしたら,戦争できないのは責任の所在が不明で明白だろう。何となく現地の軍司令官が投降できなかった理由がみえてきた。餓死病死した下級兵士らはほとんどが強制徴募兵だった。日本の組織はうかばれないな。その頂点に天皇制がある。天皇も意思に反して辞められない。実に窮屈な国家だな日本は。

軍のトップである大将が本来しなければならないような意思決定を下僚の中将(参謀)がした日本。沖縄戦では実質,高級参謀の大佐が指揮していた。軍司令官は病気を抱え,指導を発揮する事はなかった。極東軍事裁判では開戦直前,一介の陸軍軍務局長だった武藤が死刑に処せられた。合衆国は当時から,日本の意思決定過程を熟知していたのだと思い知らされる。何故,下級武士による明治維新が可能になったのか。革命だったかからではなく,日本人特有の意思決定があったからだろう。その中心に空っぽの天皇制がある。暴走した天皇に後醍醐がいる。たまに暴走知事,暴走首相が現れるのは特有の意思決定では仕方がない。明治の元勲は暴走天皇を想起して天皇制を編み出したのだろう。維新体制が 150 年続くとは思っていなかったのかもしれない。防衛大臣の意向とは無関係に満州事変のように防衛軍事行動が発動される可能性はゼロではないだろう。

たまたま平成の御代が平和だけだったのか。領土紛争を4箇国ともめるのは止めて,その仮想敵国を減らしてはどうか。尖閣海域で海保の武力衝突が起きたら,エスカレートする。その昔,大陸では日本人警官殺害が事変の発端になった。国民感情が激高した。海保の殉職者が出ても,マスコミが煽らなけばいいがその可能性は少ないだろう。

沖縄32軍司令官牛島中将は戦闘指導を部下にまかせ,軍政宣言がない事を名分として県民保護をしなかった最低の将軍だった。将兵に降伏を命令できるのは軍司令官だけである。結局,自発的に参謀本部の意向に逆らって降伏した軍司令官は皆無だった。防衛計画もいいけど,負ける想定もして準備しているのだろうか。今度,降伏するとしたら前回のような愚を避けて欲しい。琉球は薩摩が侵攻したとき,大した抵抗しなかった。水軍もなかったのだろう。アイスランドは人口32万人である。沖縄は 142 万人である。沖縄は独立せず,なぜ本土復帰を選択したのだろうか。沖縄が独立していてくれたら,面倒な尖閣問題もなかった。

ペリー提督が沖縄経由で日本遠征した故事を忘れて,日本は小笠原沖縄の要塞化禁止を受け入れて,ワシントン軍縮条約を締結した。広い台湾を米海軍は侵攻する意図は最初からなかったようだ。日露戦争後,日本は仮想敵国に合衆国を追加した。その頃のパラダイムがそのままで,今も仮想敵国が減らない。困ったものだ。有事になっても,日本は軍政になりそうもない。どうやって国を守るつもりだろうか。やはり特攻か。

本土決戦で軍から鹿児島宮崎県当局が市民の避難計画を打診され,婦女子15万人の避難はどうにもならず,結局ウヤムヤになったそうだ。川内原発稼働に反対していた新鹿児島知事は精力的に避難計画を立案しているのだろうか。放射能漏れは起きると想定して,本土決戦では間に合わなかった機動道路を建設しなければならない。沖縄戦ではローマ軍のように道路を建設しながら米軍は進軍してきた。米軍は川内延岡を占領ラインとしていた。軍は両県から撤退できれば,フィリッピンのような人食はせずとも自給できたと思うけど,秋までの食糧がなかったという事か。中国共産党は地味のやせた延安でも自活できたのだから,と思うのは参謀本部の自活命令が遅すぎたのか。参謀本部は作物の播種と収穫時期を考えていなかったのか。それとも,16方面軍が九州各県から米を徴発すればいいくらいに考えていたのか。おそろしい参謀本部だ。被服とか給養は陸軍省の管轄だから,真田軍務局長と宮崎作戦部長との関係はどうだったのだろう。当時,統制品の米の調達に関して師団の主計科の腕により違いがあったというからこれも不思議だ。

沖縄は独立して,アイルランド,アイスランドのような中立政策をとったらどうだ。両国とも豊かな国になった。そのひとつに国防の負担がないからだ。

危機と指導者
太平洋戦争当時の日本人の平均寿命は50歳代だった。師団長は50代だから健康にすぐれない。もう5歳若い指揮官を任命できていればましだったのではと思う。昭和の将軍提督は明治より老いていた。リスクとか危機対処を考えたら老いた知事市長を選ぶのはかんがえものだな。暗殺された井伊大老は45歳だった。

3月10日は東京大空襲の日だった。動画検索すると,NHK が米陸軍航空隊内部の精密爆撃派と無差別爆撃派の対立を焦点を当てた番組を放映したらしい。多額の予算を費やして効果がないと国民に説明責任を果たせないとの論拠だった。大空軍化の予算は議会が通しているし,予算編成権は議会が握っているから的外れの見方だ。戦中の雑誌の航空朝日には B-29 に相当するスペックの記事が掲載されていた。焼夷弾の研究はロックフェラー財閥のスタンダード石油が主導して開発した。原爆開発にしても,NHK はあたかも政府軍だけで開発できたかのように報道している。

関東の中島航空機,東海の三菱とかの軍用機工場を破壊したのは B-29 ではなく米艦載機だった。太平洋戦争では米陸軍航空隊は海軍航空隊に比べると全くマスコミ受けするような戦果がなかった。工場の破壊をPRできないとなると,海軍のできない無差別爆撃に転向したのだろう。中小都市の破壊予定円が意味深だ。隣接した工場を外して,ひたすら一般市民の殺害を狙っている。その一方,霞が関,皇居,水道,発電所および横須賀海軍工廠はターゲットにしていない。占領を考えたからだった。当時も日本は議会制民主主義国家だったけれども,軍情報部,ライシャワーのような知日派官僚は 300 家の有力門閥が降伏に同意すれば戦争が終わると考えていた。300 家は古代ユダヤの高等法院みたいなものか。実際,軍部の解体に何の支障もなかった。軍事国家は見掛け倒しだった感がある。それでも心配な陸軍軍務局長は在京の高級将官を本省に集め「承詔必謹」の念書を取った。国家元首が降伏すると言ったら従うのが近代国家であるが,実に嘆かわしい日本陸軍であった。軍の一部は反乱を起こしたが,戦後のドサクサで不問になった。後に反乱を主導した海軍厚木航空隊司令官は没後,遺族に恩給が支給されたそうだ。恩給は 100% 国民の税金だ。米軍だと収監されて軍法裁判,不名誉除隊となるのが普通だ。不名誉除隊とは軍隊には在籍していなかった事になり,年金も支給されない。田母神も年金はしっかり受給しているだろうと思う。兵器を取り扱う公務員なら,軍法整備,何らかの不名誉除隊制度の仕組みは必要ではなかろうか。小沢一郎が仕組んだ近代法規を無視した PKO は無理があった。超近代の時代になろうとしているのに,前近代のままの軍制だ。トランプの「合衆国ファースト」の前に日本はどうしたらいいのだろう。合衆国民自体がオルタナ思想に染まっているのでは,極東に軍事緊張が高まっても軍事介入はないだろう。38度線と尖閣だ。合衆国大統領も国民も極東にほとんど関心がない。1930 年代にスチムソンが極東の危機を訴えても国民はスルーした。そりゃそうだ。当時の国民は自分の生活だけでも大変だった。現在の合衆国民が尖閣に空母を派遣するとは思えないし,尖閣周辺での行動を避けている。いつの時代でも,遊牧系の民は肥えると遠征に向かうのだ。

米ソ対立が芽生えているなかで,日本政府は合衆国との講和交渉にソ連の仲介を考えていたこれも的外れの日本外交であった。上手く立ち回った3国同盟のイタリアは無差別爆撃も受けなかった。水面下の交渉がなされていたのだろうと思う。昭和天皇独白録によれば,バチカンに期待していたようだ。昭和天皇は日米開戦危機の際に,合衆国から2人のカトリック司祭が訪れて後に日米諒承案による妥結至る過程を聞いていたとしたら,正規の外務大臣ルートではないのでそれはそれで凄い。独白録は日米和平構想を壊した松岡を酷評している。

今上陛下の譲位意向も宮内庁長官,官邸,首相ルートではなかった。首相官邸官僚が幕府のように成り下がっているのでは,こんなやり方もやむを得ないのだろう。戦争も外交もいつも勝てるわけでもない。イタリア議会は二次大戦に敗けた王を追放した。幕末の天皇は幕府を捨てて新政府を選択した。家に焼夷弾が降り注ぐような事態にならないように政府を組織するにはどうしたらいいか。指導者の選ぶ我々のパラダイムを変えるべきだろう。天皇が譲位する時代なのだ。

改元が近いせいか,明治を賛美する風潮が強い。防衛大臣の教育勅語発言もそうだ。合理的に戦争指導しなければならない政治家がやはり,どうみても日本は戦争できないな。教育勅語の滅私奉公は楠正成を賛美する湊川精神になる。楠公を引き合いに出されると,戦前の軍人国民は特攻を拒否できなかった。これを熟知しての防衛大臣の発言だから怖いな。。。そういう時代になったのか。結局,明治の自由民権運動と大正デモクラシーの時期を除いたら,画一教条主義は日本民族の魂なのだろう。

過労死が起きるような国に議会制民主主義は無理だったのだろう。ロシア,中国,北朝鮮にも議会はある。どの国も官僚が統治している。日本という国は後世,政治学者が分類したら西欧ではなくこれらの国と同じ扱いになるかもしれない。少なくとも東アジアの類型的な官僚国家であるのは確かだろう。

大きな違いは天皇制である。軍の最高トップである防衛大臣が教育勅語とはまいったな。安保騒動のとき,防衛庁長官は岸首相(安倍の祖父)の治安出動要請を拒否した。合衆国は議会の権限が強く,長官の適性を上院委員会で審査する。防衛大臣と陸海空将を議会で審査したらどうだ。承認された軍人大臣は権威もあり,下剋上もなくなるかもしれない。

とかく問題のあった石原莞爾は後の陸軍参謀総長杉山大将を廊下で罵倒,田中隆吉作戦部長は東條首相を馬鹿野郎と首相執務室でどなった。ドイツはキチガイ集団を国防軍から武装親衛隊として分離した。稲田防衛大臣とか田母神空幕僚長のようなキチガイを皆無にするのは難しい。志願制の特攻専門部隊を創設してキチガイに専任させたらどうだ。戦前は思想的におかしいのを関東軍にとばして日本はおかしくなった。国内で古式ゆかしい近衛連隊を欧州王室の儀仗兵のように指揮させればいいだろう。歌人西行はミカドを警護する北面武士だった。稲田とか田母神のようなインテリ指揮官は和歌を詠んでいればいい。太平洋戦争期の将軍提督に和歌詠みが目立つ。無学教養のない特攻兵は辞世の歌を残している印象が余りない。江戸期,武士から銃をとりあげ武道をスポーツのように推奨したように。陸士に銃を携行させない昭和陸軍は江戸に回帰していた。。。

武装親衛隊に似た国家組織にイラン革命防衛隊がある。調べていないけど,ドイツの武装親衛隊同様,志願兵だろう。吉田松陰ばりの過激思想大好きなネット右翼向けに神風攻撃を厭わない近衛兵を組織して志願させればいい。口先右翼が過半だろう。近衛兵と天皇を離島が無理なら東京に配備したらどうか。革命防衛隊はガス抜きだろう。多分,大した武器を支給されていない。精神力で戦うのだから重火器もいらない。幕末明治維新政府の御親兵は西郷隆盛が指揮していた。頭のおかしい長州では心配だったのだろう。その後,長州の山県が長老として最終人事権を行使裁可していた。そんな事は憲法に記載されていない。天皇の裁可は建前であった。石原都知事の豊洲決裁,財務省理財局長の決裁も同じようなものだろう。

都(みやこ)と行政府が同じ場所だと何かと昭和のような不都合が生じる。国家最高権力である議会を他へ移転すればいい。気印達は天皇と都に奉仕させてはどうか。古代ペルシャの首都はペルセポリスであった。この都市には経済活動の跡があまりない。どうも祭儀都市だったようだ。古代ペルシャは秦帝国が模した世界最初官僚制度を具備した帝国であった。専制体制国家にたがわず,およそ自由とは程遠い帝国ではあるが,戦争にあけくれた古代ギリシャの都市国家に比べると平和であった。どんな民族であれ,異民族の支配を受けると祭政に影響が出てくる。いくら政府が明治 150 年といっても,合衆国の影響が現代の政治経済に色濃く反映せざるを得ない。

特攻も反原発も形をかえた日本民族のヒステリーだろう。だから特攻を賛美する小泉純一郎は反原発なのだ。薄気味悪い思想に凝り固まった政治家をみると,そうでも思わないと救われない。天皇家も少子高齢化が進む。そんな時代に教育勅語とは時代錯誤も甚だしい。小林よしのりのような右翼は現実から目をそむけた三島由紀夫と五十歩百歩だろう。それにしても,教育勅語を信奉する文部大臣は実害がさほどないが,軍のトップは歴代防衛庁からみても初ではないか。議会による聴聞が必要だろう。課長クラスの軍官僚にどの程度,復古思想が根付いているのだろうか。そういった歴史観を表明すると出世するのだろうか。自衛隊の天皇陛下万歳まで後,何年? 明治 150 年と天皇の代替わりが節目だな。田母神が空幕僚長に選抜されたのだから,航空基地内の万歳三唱くらいは当たり前か。

明治 150 年祭で,安倍首相が百官を率い,今上陛下を前にして天皇陛下万歳三唱か。確かに絵になるな。

「矢弾尽き 天地染めて 散るとても 魂還り 魂還りつつ 皇国護らん」

32軍司令官辞世の歌は当然ながら,県民への思いやりは皆無。やはり皇国だね。当時の平均的な将軍なのだろう。軍官僚のいう皇国とは天皇を中心とした天皇官僚制であり,沖縄県民は皇国の臣民ではなかったのか。集団投降すれば,米軍の本土上陸も早まり北方領土を失う事もなかったかもしれない。実際,参謀本部は1個師団の穴埋めをしなかったではないか。忖度すれば何も死守する必要はなかったのだ。イタリアのシシリー島防衛戦のように戦えなかったのものだろうか。軍司令官ともなれば,周囲の政治情勢も勘案して戦国武将のように作戦せねばならない。ドイツは沖縄戦の最中に降伏した。国民のために負け戦に対応できる政治的軍司令官がいないような軍隊なら,戦争しない方がましだ。日本陸軍は実にいびつな軍隊だった。まあ,Star Wars の帝国軍みたいなものか。皇国とは天皇陛下のために命を捧げる過労死国家だった。

参考
2017/02/19

施設栽培の燃料費33%

日本はエネルギコストが他の先進諸国に比べると高い。日本の施設園芸の経費に占める燃料費は 33% にものぼるそうだ。これは日本沿岸のイカ釣り漁船と同じだというから驚きだ。

日本の施設園芸面積が漸減している。野菜農家が減っているようだ。輸入野菜が増えているためであろうか。韓国の施設園芸の電力料金は日本の半分だ。どうも施設建設コストも日韓では違うようだ。

日本の近海では中国台湾韓国漁船団がサンマとかサバを漁獲する。かつては日本のまぐろ漁船が世界の海で採りまくった。合衆国も幕末の頃には,鯨を自国周辺ではとりつくし日本近海までくるようになっていた。国の産業は時代とともに栄枯盛衰がある。半導体電子部品は日本は全く韓国台湾に勝てなくなった。その韓国台湾も中国に勝てなくなるだろう。

日本の施設園芸は野菜に比べると花卉は健闘している。販売単価が野菜に比べ高く,施設建設コストとエネルギコストを吸収できるからだろうと思う。

韓国の電気料金が安いのは,原発が日本と異なり負荷に応じて出力を制御しているからだ。日本は一定出力で発電していた。日本の識者は原発の発電コストが高いと主張するが,電力会社も効率的に運営する努力をしていなかった。競争がなく,そんな面倒な事をしなくても利益を上げられた。

半導体にしても,日本の集積回路設計はショボくてチップ面積は台湾製の倍ほど要した。これでは,自社製品に組み込むには何ら問題がないけれど,外販しても購入してくれるセットメーカがない。全て,内輪のクローズされたコップのなかの競争であった。

日本はエネルギと食糧の自給ができなくて輸入に依存している。輸入品の購入には外貨が必要であるから,日本の競争力が低下すると必然的に日本は貧しくなっていく。

大阪の堂島に米の先物取引市場があり日本は資本主義の先駆的国家とされるが,実際の日本の米作は小作民が耕起する中国ではあり得ない貧農に支えられていた。あの人余りの清朝でも馬耕と牛耕が一般的だった。

かつて日本の植民地だった台湾の一人当たり購買力 GDP は日本をはるかに凌駕している。2,3年後には韓国にも抜かれるだろう。日本のように成長しない国に欧州だとイタリアがある。イタリアも縁故地縁関係が濃厚な社会で自由競争に程遠い国家だ。それでは日本はイタリアのように国は貧しくとも国民は豊かな生活を送れるようになるだろうか。それはあり得ない。エネルギコストが全然,比較にならないからだ。

原発を再稼働させてエネルギ自由化を推し進めれば,保育所関連予算なんてエネルギコストに比べた微々たるものだ。どちらも既得権保護のため規制緩和が進まない。地方分権だった江戸幕藩体制よりも,さらに競争のない中央依存のギリシャみたいな国家になっている日本はどうしょうもないのだろう。

でも貧しくなれば,台湾韓国に日本の農産物を輸出できるようになるだろう。私の子供の頃は1ドル 360 円の固定相場だった。その頃は合衆国にミンクの毛皮,合板,アスパラガスなどを輸出していた。外貨の稼ぎ頭は蟹の缶詰だった。でも両国の人口は少ないな。合衆国はシンガポールに野菜を輸出するくらいだから,日本農産物の合衆国への輸出は円の価値が半分になっても期待できないのではないか。

内需拡大と言っているけど,貧しくなってきた国民は自国製自動車も買わなくなった。自動車会社は輸出で成り立っている。これは戦前の絹産業と同じ構図だ。

参考

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2017/02/09

日米巨大企業労働者の違いとIR

整列
Google 本社前の集会が日本と余りにも違っているので,東芝と比較してみた。東芝は鉢巻き姿できちんと整列している。私の所属していた組織でも集会になると,自然と整列した。鉢巻きはないけど腕章があった。明治以前には,こんな事はなかった。整列は軍隊の基本だ。良き兵士になるため,学校教育に文部省が導入したためだ。マエヘナラエと先生に号令されて,小1以来,高校卒業まで並ばされた。朝日新聞の高校野球も見事に並ぶ。軍隊の行進と何も変わらない。朝日新聞社の集会をみてみたい。まあ,戦前の憲兵みたいな取材用腕章を誇っているから似たようなものだろう。整列に右も左もない。

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私は子供を自由学校に入学させた。集会の様子をみたらこんな感じだ。アメリカ人は軍隊でもいかない限り整列を学ばないと思う。労働者の祭典メーデに参加すると,これまた整列だ。私の人生の過半は整列であった。右も左もとにかく統制だ。おそらく統制が体に染みついているのだろう。

維新はIR誘致に熱心だ。千里にライフサイエンスの拠点が出来て,関西がライフサイエンスを主導するシナリオがギャンブルがそれにかわった。すごいギャップを感じる。20年以上前の滋賀公営ギャンブル開催日は交通渋滞だったのが今ではうそのようにない。8号線沿いの田んぼ沿いに点々と能登川安土に放置されたパチンコ店の廃墟がついに栗東まで閉店になった。閑散としたギャンブル業の実態をみずに,IRに走り出す判断がわからない。ギャンブルと風俗をセットにしても千客万来とはならないかもしれない。テレビでその紹介番組をちらとみた。シンガポールがモデルだそうだが,これは嘘だろう。韓国の済州島がモデルだろう。ゴルフ,カジノそして買春がセットになっていて,昔は男の天国とされた。カジノと風俗で大阪を活性化させようとは落ちぶれたものだ。京都は風俗が禁止されていて,比叡山を越えると滋賀にある。風俗があるから滋賀が活性化されたとは思えない。

昔の銃は命中率が極端に悪く,兵士を横一線に並べ一斉射撃で命中率の低さを補った。頭の固い英仏の将軍達は機関銃陣地に向かって,第一次世界大戦になっても集団突撃させた。第一次大戦の惨禍を経験しなかった日本軍は陸海軍とも太平洋戦争でも無謀な突撃を敢行した。集団突撃させるのは今では北朝鮮と中国軍とか自衛隊のような東アジアくらいではなかろうか。多分,陸自は旧軍のような突撃訓練をしていると思う。

東芝と Google の労働者を兵士にしたら,どちらが精強か?現代戦は散兵戦術で戦われる。数人単位で行動する。英語では Squad と言う。昔の分隊とは少し違う。米海兵がガダルカナルで編み出した。将校がおらず,兵士が自立的に行動する。日本兵には小銃を携帯せず必ず軍刀(指揮刀)を携行する士官がいた。それに対し自立して戦闘行動する Scout Sniper に選抜されるのは米海兵の名誉とされる。独立戦争時代は民兵が英兵に対してゲリラ戦を挑んだお国柄だ。日本は幕末の内戦時代,劣勢側は散兵戦術を採用している。自立的に行動できたのだ。明治時代までは武士が官吏軍人に変わっただけで,それなりの素養があったのが,その世代が引退すると酷い事になった。

ガダルカナルでの一木支隊長は入念な敵情偵察をせず,背嚢を捨てさせ突撃させた。彼は歩兵教官だった。どこでおかしくなったのか。多分,中国での日中双方の官兵同士の戦闘でおかしくなった。官兵は自律的に戦闘行動する事はあり得ない。兵が自律的になるのは指揮統制が崩壊して敗走するときだ。

Google と東芝を比較したけど,GE と比較しても似たようなものだろう。教育制度のせいもあるだろうけど,何か微妙に違う。日米同盟は幻だろう。行動規範価値観が違う。合衆国がおそらく異質なのだろう。脱亜論は果てしない夢だったのだろう。やはり日本の精神ルーツは朝鮮中国だと認めざるを得ない。
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大規模チェーン店の入社式の様子が Star Wars のクローン兵のようだと合衆国で称賛された。朝日の新入社員もクローン兵と同じようにみえるのではなかろうかと推察する。日本人は戦後,変わったように勘違いしていて実は変わっていない。その典型が学校教育であり,朝日新聞社であり東芝だったりする。そのイラつきを感じているのが朝鮮人であり沖縄県民だ。それに無関心な合衆国のインテリが Nationalism の台頭する日本と指摘するようになった。朝日の入社式は西暦表示になっている。しかし,式次第はしっかり縦書きだ。社長の原稿は縦書きだろうか。私の所属していた組織では社長が奉書を読んでいた。奉書書きをする専門の社員がいたのだろうと思う。縦書きの 2013 は間が抜けているな。せめて「二千十三」と書いた方がましな気がするが。戦前の陸海軍は戦闘詳報に限らず,電文も縦書きだったが,自衛隊になって横書きに変わった。学校と報道出版は縦書きのままだ。中国も縦書きを止めた。縦書きに合理性がないからだ。

電子書籍の購入を検討したら,縦書きだそうだ。機器は横書き用でスクロールとページを繰るのに不自由だそうだ。聖書も完璧に日本化していて,横書き聖書はレアだ。日本の司祭牧師が横書き聖書を使う時代にはなかなかなりそうもない。それでも戦前のチラシは縦書きだったが,今では折込広告は全て横書きに変わった。本紙が縦書き。。。米帝とか日帝とアジッていた全共闘(新左翼)のチラシは全て縦書きだった。彼らは文革キャンペーンが横書きと知っていたのだろうか。新しぶっていても中味は旧態のままだったのだろう。横書きの国語辞典が出版されるようになった。取り残されるのは学校と新聞社だけか。わからんでもない。あってもなくてもいい組織だからだ。

カジノ(賭場)
東芝は再生機構の支援を得て,存続するだろうけどゾンビ化するのではなかろうか。国の主要産業がカジノとは驚きだ。せめて京都韓国のように山を越えるとか離島とか知恵がなかったのだろうか。不良資産化した不動産処理に必要だったのか。寂しい話だ。民進党も前原氏(京都),長島氏(東京),松野氏(熊本)が推進派の大物だ。前原氏は京都出身なので不浄な物は洛外へという発想が心の隅にあるのではないか。米軍基地も同じ扱いだろう。外交が得意らしいが,軍事抜きの政治なんて大昔の公家と同じじゃないか。

京都市はようやくゴミの分別収集するようになったようだ。昔京都から滋賀に引っ越したら,知人の京都市議の奥さんが守山市のゴミの分別に驚いていた。京都町民が死体を洛外(例えば鴨川以東)に捨てなくなったのは江戸幕府の町奉行が町行政に介入したからだ。今京大のある百万遍周辺は死体を捨てると,処理をなりわいとする人々がいてリサイクルされていた。そんな事は親しくなった京都の老人から聞いた。

戦前,苦境に陥った日本の政治家は与野党問わず大陸に目を向けた。犬養は中国革命を支援したアジア主義者だったが,蒋介石に撤兵はできないと変節した。日本人は原理原則がないから,行動が両極端に振れる。カジノ法案をみると,右向け右,「バスに乗り遅れるな」といわんばかりだ。私の頭が固いだけなのだろうか。

合衆国ではカジノは半数の州で合法で,Native American の利権になっている。彼らは不毛の大地に押し込められたから,砂漠地帯がカジノ赤線地帯になった。同様にパチンコに在日が多いのもそれなりに理由がある。大阪は同和がこの種の利権をものにするのだろうか。在日との利害調整はやはりお役人か。トランプ一族が経営していたカジノが破綻した。パチンコ風俗が閑古鳥がなく日本で,はたしてIRはどうなるだろうか。社会が成熟してくると,従前の大衆娯楽が衰退する。私が若い頃は高校野球は女子中高生に人気があったけど,今ではさっぱりだ。映像産業に至っては美空ひばり,中村錦之助をピークとして両者を凌駕するスターはいない。帝国主義が行き詰って,英国がインド支配に四苦八苦していたときに大陸の植民地経営に乗り出した日本がどうかしていた。今回のバスは周回遅れのバスの感じがしないでもない。しかし誘致自治体の数に驚いた。民主党政権時,沖縄の米軍基地移設を容認する自治体は皆無だった。

寂しい日本人
ちなみに神社と小学校の近くではパチンコ店の営業が認められない。まあ,市の中心部にホール(賭場)があるのは日本くらいだろう。昔,ドイツ人のパチンコを中心とした日本の繁華街を撮影して,ここには我々が思い描いていた日本はないと結論づけていたドキュメンタリーがあった。あるのは喧噪さと孤独であった。

参考
2017/02/02

官製ベアと可分所得が増えないアベノミクス

三菱地所がロックフェラーセンタービルを買収した頃,合衆国経済は今以上に苦境に喘いでいた。合衆国は自由主義の国だけれども,歴代連邦政府は対日戦略を長い期間をかけて練ってきた。まづは日本経済を分析した。日本のように役人がまとめるのではなく,大統領直轄の諮問委員会を設置し,委員長は民間人だ。ヤングレポートを出した。これに基づいて,連邦政府の戦略が練られ,対日構造改革要求となった。

これに応じた,中曽根と小泉内閣は自由化政策をすすめた。国鉄,NTT と郵政が民営化された。現首相は任期こそ長期だが,国債を乱発するばかりで民営化自由化は何一つ進めていない。

日米貿易摩擦(戦争)で合衆国が破産しかかった自動車産業に債務保証をオバマ政権のときしたくらいで,民主党の大きな支持基盤であった全米自動車労組 UAW の要求をはねつけ,給与カットに介入しなかった。そして旧来の重厚長大産業から情報産業ライフサイエンスなどの勃興する新産業に労働市場がシフトしていった。いまでは自動車の工員は安給与の代名詞にまで落ちぶれた。満足な医療保険もつかない。日本のように政府管掌健康保険のない合衆国では,会社の健康保険給付がセーフネットである。アメリカのドラマをみていたら,労働者の白人父親が小学生の娘に大学に進学させてあげれないとポツリと言う。賢い娘が悲しそうな表情を浮かべるシーンがせつなかった。

合衆国北部諸州は未来のない旧世界に見切りをつけて移住してきた移民主体の国家であった。我々が親しんでいる東西海岸部の都市生活は合衆国の実相を表していない。そんな諸州の声をすくったのがトランプだった。

官邸は経団連にベースアップを求めている。経団連に対峙する連合は経営を忖度して雇用維持が最優先だ。東芝とシャープの労組が電機労連の統一要求から抜けた。アメリカ流に再生するなら,給与カットが当たり前だろう。シャープの親会社であるホンハイは合衆国に液晶工場を建設するという。連邦政府は移民割当制を厳格に運用するだろうから,どれだけ日本人の労働者が合衆国で就労できるか。就労できたとしても,子供を大学に進学させるだけの給与は望めない。

日本の構造改革が合衆国のように進行して,連合傘下労働者の賃金が安給料とりの代名詞になる時代はくるだろうか。信じられないほど安い現在のプログラマ給与が従来の重厚長大産業の給与と逆転する時代が来るとは到底思えない。IMF が日本政府に構造改革の要を指摘し続けて30年になる。

合衆国で勃興した新産業は従前の OJT では習得できず,しかもこれらの職種は都市に集中している。日本は合衆国の先行例があるのにもかかわらず,どちらかというと既得権保護の統制色の強い政策をとっている。幼児教育をめぐる文科省(文教族)と厚労省(厚労族)の不毛の予算争いは「日本死ね」まで至った。会議を開いて皆で決めたことはどうやっても変えられない。指導者を変えてもどうにもならないだろうけど,よりましな指導者を選ぶ機運も出てこない現状をどうかんがえたらいいのだろうか。

その昔,東條英機という軍官僚出身の首相は「カミソリ東條」と称されたが,「石頭」とも言われた。現首相は言葉は巧みだが,石頭の感じがする。中曽根小泉のような君子豹変は苦手か。既得権擁護の東條は敷かれた米英戦のレールを走ったら,破滅の日本が待っていた。

国債を乱発して,子供の分の未来の成長率を先食い続ける現首相の経済政策をどう考えたらいいのだろうか。ここらで石破に代えてみてはどうだろうか。御用経済記事しかかかない毎日と違い,東洋経済にはまともな記事が掲載されていたので触発されて今回,ヤングレポートから筆を起こしてみた。日米の経済政策立案の最も大きな違いは,合衆国は民間,日本は官僚が起案する。日本は官僚主導のロシア,中国およびフランスに近い。3箇国とも中央集権の統制色の強い国家だ。これら国家に情報産業を基幹とする新産業が興隆するとは思えない。何をいいたいか。マスコミのいうような情報知識産業が主流になる経済は日本ではあり得ないという事だ。

この種の記事を何回,書いただろうか。江戸期,馬耕をやめて人力耕起に変わった我々だから,OECD 最貧国も妥当なのかもしれない。大概の OECD 経済指標はギリシャが最低ランクだ。どうも日本の子供の貧困率はギリシャ以下らしい。日本は子供新参者に冷淡な国だとつくづく思う。

リーマンショックといい,合衆国経済に余裕がなくなったが,シェールガスの産出にともないエネルギ自給に国民の不安はなくなった。その合衆国が戦前の絹のように日本産自動車部品を輸入しなくなったら,日本はどうするのか。危機意識は安倍より石破の方が的確だと思わないか。譲歩は必要なのだ。外交は損をしたなと思うくらいが丁度いい。頭のかたい安倍にそんな決断を求めるのは無理だろう。