2014/09/15

吉田調書にみる東電の日本海軍体質

孤立したフクシマ第一
吉田所長調書を読んで,東電の組織は戦前の海軍とさして,変わらないなと感じたメモを記す。事故当時のフクシマ第一原発に働いていた人員は業者を含め 1700 人程度であった。東電所属はどうも700人くらいらしい。所長は免震棟にいて,制御盤(炉制御中央監視室)の様子は電源が落ちてわからない。PHS もよくつながらない。制御盤から各種の弁を遠隔制御する。電磁弁等の制御弁は直流低圧24Vで動作する。炉心にとてつもない数の配管が接続されている。運転員はそれら各種の制御系を操作卓から操作する。操作室の長は軍艦の機関長みたいなものか。東電の場合,高卒のたたき上げのようだ。

簡単にいかない弁操作
原発の主給水制御弁と小型制御弁を組み合わせ動作実験をした事があるが,その弁の背丈はヒトの身長をはるかに超える巨大なものだ。人力で開閉できる代物ではない。循環ポンプとか,このような最重要部品は全て,今でも国外もしくは外国籍企業による設計だろう。動力源は空気圧だ。緊急遮断をさせると,ドーンととてつもない大きい音を発する。その他に交流/直流駆動とか,これまたとんでもない数の電動弁電磁弁がある。操作長が多分,下請けの計装業者に指示して,ベント弁とか注水弁をリモート制御しようとするが,なかなか上手くいかない。空圧と電源がおちているためだ。通勤自動車用のバッテリとベビコンをかき集めている。普通自動車のバッテリは 12VDC だから2個直列にすれば,計装機器が動作する電圧の 24VDC になる。安物のベビコンでも 0.6MPa の圧力が得られるので,大概のバルブの供給圧力を満足する。どうも BWR は高圧のアキュムレータ(蓄圧器)を使用しているようだ。軍艦だと魚雷発射管と潜水艦の浮上に高圧空気コンプレッサによるアキュムレータを使用している。200m 潜ると最低限20気圧の空気がないと,再浮上できない。20気圧は 2MPa だ。潜水艦の艦長が絶望的な状況下でブロー(浮上)と叫ぶのは映画ではお約束だ。水雷長が艦の姿勢制御トリムも管理している。次から次命令を復唱しながら,バラストタンクの注排水弁を操作し,アキュムレータに接続された弁を開放してに空気を送り込む。バラストタンクがいくつもあるから,水雷長が状況に応じて各操作員に命令していく。各操作員はバルブの操作手順を体得しなければならない。

圧力容器の安全規格検査基準があって,1MPa を超える商品は余り出回っていない。炉の圧力が上がる一方で,とんでもない高圧になった。注水ポンプは電源が落ちているので動作しない。この種のポンプはわれわれが使うような非常用発電機の商用電圧では動作しない。軍艦のボイラ空焚きは重油の噴射を止めれば,火は落ちてボイラが爆発する事はないが,原子炉は自己崩壊熱で暴走する。所内の誰かが消火系 FP の配管と消防車を使用して注水するアイデアを出す。改造で取り付けた増設の配管系がたまたま上手く動作した。「髪の毛」と吉田所長は表現している。危機一髪とはこの事か。炉心へは安全および保守のためいくつもの弁がある。それらを全て動作させないと,注水はできない。吉田所長は本店および政府に向かって現場をわかっていないと憤慨している。そりゃ吉田所長を含め,東電社員は直接,弁を操作しない集団だし,学生時代から政治運動に関わってて,工場勤務の経験のない元首相がバルブ操作など,すぐできると思い込むのも理解できる。官邸の周囲も原子力委員長を含め,実務をした事がない学者ばかりだ。我々がする弁操作と言えば屋外に設置されている水道栓の元栓の開閉くらいだろう。

吉田所長は東電の社員は命令指示ばかりでとの言及がある。水素爆発の瓦礫のため,高圧送水車(キリン)が燃料プールにアクセスできなくなった。高線量の中,瓦礫を除去したのは土木班ではなく間組だった。土木班も重機を操作できない命令指示社員のみとは,東電の技術職は役人と全く同じだったのか。このような危機で露になったのは原発で実務をしているのは運転員くらいしかいないのではなかろうか。川内原発の再稼動審査が終わり,ダメコン対応はどうなったのだろうか。川内原発の土木班は重機を操作できるのだろうか。運転員以外,口と文書だけで仕事をする原発はある意味恐ろしい。汚染水タンクのバルブの取り付けミス,操作ミスが公表されたが,文書と指示では間違いのしようがない筈だ。取り付けも操作も全て,関連企業の社員がするのだと思う。現場では,「バカよけ」という言葉がある。Fool Proof の意味だ。

後方支援と責任委譲
緊急時の原発組織図をみると,応急班がある。軍艦のダメコンに相当する。ダメコンの責任者は副長だ。それは戦闘の責任者が艦長であるせいもある。日本海軍のダメコンが機能しなかった有名な例はいくつもある。空母信濃/大鳳などだ。成功した例として,米海軍の空母ヨークタウンとランドルフとか枚挙事欠かない。その大きな違いは構造だ。米空母は開放式で爆風が逃げて構造物に大きな変形をもたらさないし,乗員および装備配管へのダメージが少ない。信じられないが,太平洋海戦前の日本空母には戦艦のような満足な消火設備がなかった。爆風が配管に損傷を与え,火災が電源ケーブルを燃やす。火災が起きて,格納庫の危険物を投棄しようにもエレベータが動かないと万事休すだ。米海軍は開放式なので舷側から投棄した。日本海軍は格納庫で雷装爆装をしたが,米海軍は面倒でも,揚弾リフトを使用して飛行甲板で装備した。日本の空母には揚弾リフトがなかったから,雷装から爆装さらにまた雷装となったミッドウェーでの日本海軍の混乱ぶりはアメリカ人が笑うエピソードだ。現代の原子力空母でもマッチョの兵装員が昔ながらの手押車で機体に装備し,太平洋戦争当時を踏襲している。米海軍では水兵がダメコン要員に選抜されるのは名誉とされた。実際に応急するのは歴戦の各防御区画の下士官だ。電気系は配電盤の関係なのか,少数のチームで応急処理を行ったようだ。日本海軍の砲塔は水圧駆動だったが,米海軍は既に電気駆動に切り換わっていた。注排水ポンプおよび消火ポンプは電動で補機(発電機)が電力を供給していた。従って,補機を浸水と爆撃雷撃の影響から受けにくい場所に分散して配置していた。その点,フクシマ第一原発の非常用発電機の配置は最悪であった。これはGEの設計の踏襲とされ,竜巻を考慮して地下なのはわかるが,アメリカの原発は非常用発電機を集中しているのであろうか。都市の大病院の非常用発電機は軒並み地下だ。停電と浸水が同時に起こったらこれもアウトだ。東電の非常用発電機の集中配置は非難されるべきだが,他の日本自動車でも安全軽視の傾向がみられる。ドイツのある種の乗用車はバッテリをエンジンの後部と座席の間に配置している。我が家の国産車はパッテリの点検交換のためかエンジン前方にある。緊急時にエンジンが停止したら,全ての制御基板と各種モータの電源はバッテリになる。ドアの開閉ができなくなったとき,非常時の窓の開閉をどうするか。そのとき,バッテリが破損していたらアウトだ。衝突時の火災とか高架下の浸水が危ない。原発の中央制御盤の電源は常態配電盤を切断し,電源車でなくても,大きめの商用発電機+トランスもしくはAC/DCコンバータで制御盤の電力が供給できたであろう。吉田所長が本店に要求したバッテリとベビコン同様なかなか入手できなかった。小名浜の東電配送センタを非難している。こんな物,本社が業者に納入させなくても,その辺の店にある常備品だ。フクシマ界隈になくても,首都圏にゴマンとある商品なのに調達が上手くいかない。菅元首相が手土産に誰か一人お付の役人をヘリコプタから降ろしただけで,小型発電機1台運べただろう。危機時の零細企業の社長なら手ぶらで行くムダな事はしないはずだ。昔,新幹線で東京に出張だと言ったら,ついでに店へこれも届けといてと言われた事がある。配送コストと時間のムダを省くためだった。水素爆発で腕を骨折した社員が除染のためか,肌着一枚で病院のたらい回しの記述がある。みかねたある「しまむら」が服を施してくれたそうだ。東電病院でもたらい回しにあっている。小名浜の東電配送センタは被曝を恐れ,物資を運ばず取りに来いと言ったそうだ。吉田所長は手が足りないのにと嘆きよりは怒りに近い状態になっている。ここは冷静に,東電は各地に支店があるから,受け渡し場所を直近の交通の便のいいところで妥協すべきだった。ロジ(兵站,補給)の問題だとも述べている。問題ではなく兵站が最重要だったのだ。補給は戦場だと修羅場となる。

軍隊の指揮官の仕事は戦闘も重要だが,補給が最も大切だ。吉田所長はサブリーダに復旧班(ダメコン応急)をまかせ,医療班(野戦病院),資材班(補給,輜重),厚生班(補給,補充)とかに注力すべきだったのではなかろうか。珊瑚海戦で傷ついた空母レキシントンをパールハーバのドックで工廠長と一緒に視察したニミッツ提督は工廠長から修理期間を聞いて引き返した。破口部を修復し,レキシントンは工員を乗せたまま出港し,ミッドウェー海戦に間に合った。ニミッツは工廠拡張工事を担当したプロだが,敢えて割り込まなかった。ありとあらゆる事を統括しなければならなかったし,ハワイで米潜水艦も直率していた。

吉田所長はICの動作未確認を錯誤としているが,彼の最大の失敗は実務要員(下請け)を帰宅させた事ではなかろうか。手はいくらあっても足りない。下請け業者が残っていてくれれば,重機の操作から配電盤等の電気工事,配管工事とかあらゆる現場作業(実務)ができた。事務系でも車を運転して器具の直接調達(買出し)も出来た。電柱に登る電力会社の社員を除けば,電力会社でありながら普通の社員は屋内配線工事もしない。多分,社員に資格も取得させていない筈だ。基本的に電気系技術者でも屋内の配電盤の増設とか切り換えとか出来ない。小型非常用発電機を持ち込んでも,非常時でもつなぎ込みもしないだろう。下請け業者要員は必要な仕組みになっているのだ。いわば電力会社の技術職は海軍士官のような会社だ。下請け業者が下士官および水兵に相当する。また,吉田所長は危機に際し,米軍出動について言及している。駐日米国大使の日本政府への即応部隊派遣打診の事を指すのだろうか,それとも原発危機,航空管制とかの危機対応をする米軍の即応部隊を知っていたからだろうか。それとも単に NBC 部隊の派遣を考えていたのだろうか。自衛隊にもあり,出動しているので関係なさそうだ。米軍の保有する電源車の事かな。

吉田所長は所内の電源引き回しが困難とも述べている。軍艦でもそうだ。爆発が起きたらがれきがあり,敷設がさらに困難になった。フクシマ第二原発では本店の許可を得ずに,高圧電力線を敷設したようだ。さらに資材も,本社購買を通さず,直接,東芝から損傷したモータとか導入したようだ。なかなかいい判断だ。浸水したポンプ用モータは使い物にならない。フクシマ第二原発の増田所長は現場の応急と復旧を二人の部長に委任し,どうも自らは後方支援に重点をおいたようにみえる。両所長の経歴をみても,吉田は元来炉の専門家で増田は計装出身だ。増田は復旧を部下に任せている。下請け業者はスキルあっても物資調達能力はない。大量のケーブル,配電盤,非常用発電機,排水ポンプ,燃料が要る。仮眠用ベッドも要る。

昔,米英連合軍がノルマンジーに上陸して反攻する軍団の指揮官にモンゴメリ,ブラッドレおよびパットンが配置された。最も,目立たない最右翼は何かと問題があるパットンに割り当てられた。主攻はドイツルールに近いモンゴメリだった。パットンは機甲戦のエキスパートを自任していた。他の両名は敵正面に圧力をかけ,機甲部隊に伝統的な歩兵直協させていたが,パットンは大迂回をさせ,機甲部隊を突進させた。その進撃速度が米国本土で賞賛を浴び,ブラッドレはアイゼンハワに泣きつき,ガソリン補給を制限されたパットンは他軍団用のデポ(補給処)からガソリンを無断使用して進撃を続けたそうだ。ドイツ軍はガソリン不足とトラック不足でパットンの機動についていけなかった。これは何もパットンの独創ではなく,パットンはソ連の対独電撃戦というか包囲戦をよく研究していたのだ。

吉田所長はフクシマ第一の炉はM9の地震に耐えたと言っているが,送電塔が倒壊した。送電塔の簡単な地震応答の計算なら,機械とか建築を専攻した学生ならすぐできるだろう。今回の地震で,炉と配管は耐えるとわかったが,電気系が地震に弱い。日本海軍の誇りである戦艦大和の電力はたった 4800kW しかなくて驚いた。本の著者は大きい電力量に驚いているが。当時の艦内では複数発電機の連携技術もプアだっただろうし,負荷時モータの起動時の突入電流の大きさはハンバじゃない。元電力が低下していれば,排水ポンプ駆動にしても細かな手順がいる。実際のピーク消費電力はモータに表示される定格は桁が違うと考えていい。いくら電化されていない日本海軍にしても,大和クラスの艦橋にはエレベータ,冷房設備,冷蔵冷凍庫もあった。子供の頃,大和の世界に誇る注排水復元設備に感心したが,実際の排水ポンプの能力は驚くほど小さいのではないか,もしくはその取り扱いに訓練を要したのであろう。日本の原発は電気設備の耐震性が貧弱だった。フクシマの経験に基づいた資材の備蓄も必要だろう。そして,社員の実務即応能力をいかに上げるかだが,これは無理か。実務能力を得るには,機器のメンテナンスを海保のように業者まかせにせず,海自航空会社のように自前でする事だ。LCC 航空会社は整備は外部委託だから,その事を考えて乗るべきだ。日本経済を考えると,原発の再稼動をすべきだ。ただ,その最初が川内なのかよくわからない。東日本M9が来たので,常識的には北日本および東日本の原発が大地震に合う可能性は低くなっていると思われるのに不思議だ。近年,大きな地震がない九州の方が危ないだろう。とにかく,電力会社のダメコンは余り期待できないので,避難計画を充実させるべきだと思う。

総員退艦
フクシマ第二は津波監視のために偵察を屋外に出していて,津波の様子を所員が見ている。機器が浸水で突然,停止する前に,屋内の運転員は心の準備ができたと思われる。そして電力回線が活きていた事が大きい。フクシマ第一の爆発で負傷した社員の受け入れを拒否した東電病院って,日本海軍を想起させる。ミッドウェー海戦の負傷者は敗戦が国民に知られないように通常の海軍病院に入院させず,バラックに隔離したのだ。吉田所長とかが東電病院に電話一本,入れておいたら取り扱いも違ったかもしれない。吉田所長はハラをきるとも言っている。指揮官が腹を切ったら,部下は玉砕しろとの意味なのだろうか。米海軍の艦長らしく,総員退艦は部下を安全退かせてから自らも脱出すべきた。艦長には報告責務がある。自ら命を絶てば,責任が部下に及ぶ。太平洋の島々では指揮官が降伏せず,兵卒が餓死と玉砕に追い込まれた。どこの国の軍隊であれ,兵は自由意志での降伏は許されていない。それとも腹を切った後,部下に後始末させるつもりなのか。

現在,ホンダは4ストロークエンジンを用いた発電機を販売している。その原点は陸軍無線用電源発電機だった。自転車の後輪に取り付け,やかましい音を立てたのを思い出した。子供の頃,遠戚のお爺さんが持っていた。サイトでのホンダ製と取り付け方法が違うので他社製だったのだろう。エンジンが競合メーカと取り合いになってエンジンの製作を始めたというのが面白い。いまや,ホンダはGEと共同で航空機ジェットエンジンを製造するまでになった。原発の循環ポンプとか最重要部品もGEが製造している。この分野では,日本の重電メーカが束になっても敵わない。そのGEが家電部門をスウェーデンの家電会社に売却するという。ヒトも会社も適応というか変わらなければ,淘汰されてしまう。ヒトは寿命があって自然と消えていくが,人事組織は再生される。日本海軍の組織は退化再生だったようだ。吉田所長が痛感した東電の体質がどうなっていくのか。とりあえず,なかば国有化企業だから,旧国鉄のようになるのではないか。

合衆国の情報収集能力
ルース駐日大使が,フクシマ原発の現場は寝ていますかと,官房長官に尋ねたエピソードはよく知られている。なぜ,そのような発言をしたのか,大使の識見はすばらしいと思っていたが,吉田調書を読むとその理由はどうも,別にあったような気がする。調書には PHS がよく通じないとの言及がある。合衆国は東電の PHS を傍受していたのかもしれない。合衆国は全世界にエシェロンと称される通信傍受網を築いている。日本に対しては軍事情報よりは,企業活動情報収集の方がはるかに大きい。私の住んでいる市に製薬会社のアグリ研究所がある。ひらたく言うと農薬だ。日本は合衆国の同盟国らしいが,くだんの研究所は CIA の調査対象だそうだ。確かに,農薬と毒ガスは同じような物か。日本がとんでもない神経ガスの素になるような研究しているのではとの疑念があるのだろう。ちなみに東京を焼き尽くした米製焼夷弾は石油精製会社が開戦前から政府から委託を受け研究に着手し開発したものだった。こんな国と喧嘩しては,小利口な日本官僚ではどうにもならないだろう。

参考
フクシマ1号炉設備概要図
エンジンは軍(旧日本軍)無線機の発電用エンジンを三國商店(現ミクニ)から買って改造し売っていた
全電源喪失
福島第二原子力発電所はなぜ過酷事故を免れたのか


追記
木俣の本によれば,トリムタンクへの注水は機関長の所管とされる(p140)。

関連記事

コメント

非公開コメント