電動草刈機の屋内起動テスト
宅配で届いた草刈機の梱包箱は四隅が潰れ,開口部はヨレヨレだった。内部の補強段ボールは破損していた。到底適切に倉庫内もしくは運送の際,管理されていたとは思えない状態だった。かなりの期間,倉庫で眠っていたのだろうか。
屋内で以下のような起動回転テストをやってみた。
1.回転部のガタを確認後,ロックナットを締めモータを起動させた。モータ単体の振動および音を確認するためだ。玄関のホコリが移動する。かなりの風量を発生している。モータ冷却に必要なのだろう。
2.ガードを取付けた後,チップソーを取り付けるさい出力軸の金属カバーを取り外すと回り止め機能のあるスピンドルが見えた。どうも,冷間プレス品のようだ。チップソーを押さえるナット保護ボスは鋳物だ。気に入った。
自転車並みのコストダウンを考えている。戦後,日本が世界に時計カメラを輸出するようになった頃,この種の部品加工は挽物(旋削)だった。戦争中は量産しなければならない筈の機銃,魚雷,航空機艤装品は殆ど旋盤で加工していた。米ソ独はプレス加工部品を多用した。AK47 ライフル,航空機の脚がそうだ。大学の助手が著名な木村を脚を設計していたと馬鹿にした風に言っていたが,実際は翼理論とか翼設計はどこの国でも大した違いはない。ドイツだけが高速空気力学理論と実験が突出した。日本がとりわけ遅れていたのは脚,プロペラ(調速機)そして排気タービン(過給機)だ。子供の頃,中島が構想したB-29 の3倍の重量の富嶽に興奮したけど,脚はどうにもならなかったのではなかろうか。陸海軍問わず,脚とプロペラ調速機は住友が製造していた。
私は板金曲げ加工は板厚 2.3mm までと限定していた。あるドイツの卓上遠心分離機の内部をみる機会があった。3mm 以上の鋼板を曲げRがほとんどない状態で加工されていた。何の変哲もないアングルだが,優秀なプレス加工機がドイツのここかしこにあるのだろうと思う。3mm 以上の曲げ加工を依頼するとなると,京都あたりだと加工賃が極端にあがる。逆に高性能プレス機を持っている工場はいかに少ないかを示している。京都は手作業,職人の町である。それは何故か,京都に自動車産業がないからだ。戦時中,日英以外の戦車の砲塔は鋳造だったが,日本はリベット結合だった。鋳物とプレスは機械加工の基本だ。自動車産業のない京都には育ちようがなかったのかな。滋賀は信楽があるせいか,鋳物の型設計は定評がある。京都には清水焼があるのに鋳物は発達しなかったようだ。
3.チップソーを取り付けて回転させてみた。減速ギアが入っているので停止の際,速度が低下していくと耳障りな金属音が発生するのは仕方がない。多分安物の平歯車だからだ。電車に乗ると,そんな異音が全く聞こえないのはかみ合わせがいいハスバ歯車を使用しているからだ。歯車精度も全く違う。モータ単体回転数に電車も草刈機に大した違いはないと思う。
昔,NEC のプリンタはうるさかった。FAX とか事務機に Canon が進出すると静かになった。プラテンローラの最終ギアはハスバだった。FAX の老舗だった松下電送もふるわなくなった。使い勝手,性能とかの違いもあるのだろうけど,音の静かな事務機 FAX はとりわけ女性事務員に歓迎されたのではなかろうか。NEC と松下電送は平歯車だった。
戦争中,まともな歯車研削盤はグリーソンとマーグ社製しかなかった。合衆国とドイツの会社だ。合衆国の対日経済制裁(道徳的禁輸と合衆国は称した)で,この種の工作機械は入手できない。そこへ,突如独ソ開戦となり,シベリア鉄道経由のドイツ製工作機械が入手できなくなった。あわてたのは軍部とりわけ海軍だった。航空発動機,調速機,そして舶用タービン減速機に歯車研削は欠かせないからだ。合衆国ですら,低速の護衛駆逐艦は電動で減速機不足を補おうとしたくらいだ。確か,ターボエレクトリックとか言っていた。油どころか,歯車ですらまともな数がつくれないのに開戦に踏み切ってしまった日本。
世界の主要自動車メーカは日米欧に何社もあるけど,変速機は数社の寡占だ。戦車の変速機は馬力ゼロから 1500馬力まで伝達しなければならない。日本の戦車は 74式までクラッチ変速機を取り扱うのにスキルを要した。ギアをうまくかみ合わせないと,歯がナメて坊主になるらしい。今でも,晴れの大舞台総合火力演習でスタートできない戦車がでてしまう。韓国はもっと酷い。まあ,第二次世界大戦時,英国戦車兵は信頼性の乏しい自国製より合衆国製のシャーマンに乗りたがったそうだから,戦車の品質の違いは今も極端なのは何となくわかる。輸出実績のない戦車は実戦になると ? だろう。
ブレードの慣性モーメントのせいで反トルクを手に感じる。金持ち合衆国陸軍航空隊は高価な双発の戦闘機 P-38 を運用した。排気タービンによる高空性能と長距離の航続距離が自慢だった。プロペラの反トルクを打ち消すために左右逆回転のエンジンとプロペラを装備していた。米海軍の F4U はその大きなプロペラで搭乗員に嫌われたが,米海兵は使いこなし,空母からも離着艦もした。米海兵は不思議な組織だった。第一次大戦時の余剰ライフルと欧州では使い物にならない 38mm 対戦車砲と骨董品みたいな M3戦車で日本陸軍をガダルカナルで迎え撃ち,粉砕殲滅させた。米海兵は在中武官を通じ,日本陸軍をよく研究していたせいだ。米海軍は日本海軍だけでなく,日本陸軍情報の収集と対策を平和時からしていた。そして,戦闘の合間にテニスをしていた。参謀本部から出張した辻はそのテニス風景を遠望して報告している。しかし肝心の第二飛行場を発見していない。第二飛行場の存在を見過ごした日本陸海軍の大ポカは別に述べたい。
4.防水防滴構造になっていないので,運用は感電短絡の注意が必要だ。エンジン草刈機のように手元にモータを配置してドライブシャフトを延長すれば,いいのにと思うのにそのような構造の電動タイプはない。ヘッドも軽くなり取り回しが楽になる。家庭用だから,疲労は考慮しないのだろうか。コストアップになってもその価値はあると思うのだが。
参考
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