欧州蹄鉄と臼砲師
12世紀末,イングランド王リチャード1世が第3回十字軍の遠征準備として,ディーンの森の鍛冶場に5万個の蹄鉄を作らせた。源頼義が奥羽で活躍する頃だ。どちらも騎馬の戦士である騎士,武士が花形になる時代になった。ユーラシア大陸の旧来の帝国の主力は相変わらず歩兵であった。
しかし同じ騎馬と言っても,武士は騎射,騎士は騎槍の違いがあった。ユーラシアを席捲したモンゴル軍主力は蹄鉄のない騎射であった。日本の農耕馬に蹄鉄が普及するのは大正期だそうだ。子供の頃,街には蹄鉄鍛冶があった。いつも赤熱した炉があったのを覚えている。間口は馬が3,4頭繋げられる広さであった。そのうち,自動車の普及にともない,その店もいつのまにかなくなった。
製鉄の技術は古代ギリシャローマも含め西欧は,インドおよび中国にはるかに劣っていたのに,西欧が凌駕するようになった。中国で大量に生産された鋳鉄の原料は既に石炭で溶解されていた。
欧州の軍事革命により,これまでの攻城用としての大砲が野戦に使用されるようになり,西欧各国は工廠(アーセナル)を設けて,軍事技術が促進されたようだ。大砲製造の技術者である大砲師は,大砲の管理および戦場での発射も担当する専門家だったそうだ。刀鍛冶が戦場で活躍するようなものか。1477 年のナンシーの戦いにあったロレーヌ公は12人の臼砲師 Bombardier を召し抱えていた。鋳造職人ジャンなる人物は自身の経営する製鉄所を税金を免除される特権を有していた。いつの時代でも免税は特権である。1門ごとに名前が与えられていたりする。
子供の頃,漫画雑誌にドイツ軍の巨大列車砲グスタフの特集があった。兵器に名前があるかどうか。戦後,自衛隊が潜水艦を保有するに当たり,戦前と同様に番号だけのつもりが,名前を欲しがる隊員の要望に応えて潮シリーズがはじまった。米海軍は魚とか水棲動物だった。タラとか実にしまらない名称の潜水艦に日本の戦争経済は干上がった。主力艦となった原潜には州名と都市の名前がつけられている。かつては戦艦と重巡に割り当てられていた。海自は戦艦名となっていた旧国名を潜水艦にわりふるつもりはないようだ。なんとなく潜水艦部隊の地位が透けて見える。
Bombardier は日本語では爆撃手と訳されている。B-29 の機長(操縦士),副操縦手,爆撃手および機関士は士官であった。日本海軍の将校は操縦しなくとも機長であった。
中世において,鋳造職人ジャンの名前が記録されるのは,驚きである。職人は身分は低いものの東方世界では考えられないほどの地位である。中華皇帝に供する豪華な陶磁器にしても陶工が名を遺す事はあり得ない。やがて,イングランドでは時計師の身分が向上してサーの称号を得るに至る。
日本の明治でも工部省の地位が低かった。戦後になって,やっと経済産業省が外務,財務と並ぶシニア官庁となった。文科省はあってもなくても国家が成立する役所だ。政府は教育費無償化にして英語を話せない無能教師を激増させてどうするつもりなのだろう。江戸期侍身分は人口の約 1% だった。藩主に仕えて袴を身に着ける上士 25%,徒士 50% そして足軽 25% だった。足軽は庶民と同じ着物でどうも刀を差していなかったが,兼業を禁じられていなかったので下級武士の徒士より生活ぶりは楽だったようだ。
刀匠はいても銃匠はいない。欧米には有名な銃器設計家がたくさんいる。よく知られているのはカラシニコフであろうか。日本だと,東大造兵学科の教授がスイスのエリコン,合衆国のブローニング,ドイツのマウザー(モーゼル),スェーデンのボフォースなどを模倣して,少しだけ変えて設計して信じられない程の銃種と弾種を日本の工廠は生産していた。核燃料サイクル工場のような官のプロジェクトが頓挫する元をたどれば淵源は銃器に垣間見える気がする。何故か,お役人のプロジェクトに失敗はない建前だからだ。その建前とは税金を使うかららしい。資金が税金であろうと民間であろうと,100% コピーでなければ性能がでない可能性が高い。しかし,少しだけ設計を変更して何故劣化コピーの方法を東大の先生達は選択したのだろうか。
職人が役人なるのは可能だが,逆の役人が職人なるのはできないのだろうと思う。フクシマ危機の際,カツラをつけた原子力保安院の役人が説明するのは滑稽であった。彼の前職はデパート担当だった。いくら彼が優秀でも百貨店と原発では違い過ぎると思うが,政府役人は適性と考える。平時だと,大した仕事がないから無難に務まるだろうけど,危機の時こそ保安院の仕事ではないかと思うが,そのようには考えないようだ。危機はない,もしくはなかった事にする。今でもそんな雰囲気が漂う。
「空気」みたいなものが醸成されて物事が動いていく。危機は突然,やってくる。明治維新は奇跡だったのだろうか。武士がいたおかげだろう。江戸期では,役人=武士だったけど,今は役人=公務員だ。滋賀県庁の役人は避難の際,バスは動員できても運転はできないマヌケさだ。ペリー来航の際,久里浜に藩士を動員した彦根藩とはえらい違いだ。どうみても,戦時は無理ではなかろうか。法律とか憲法を変える前に,役人を代える方が先決だろう。とりあえず,明治のようにお雇い外人を軍と外務省のスタッフ(顧問)にしたらどうだ。現に,暗号セキュリティに関しては合衆国の元 NSA 長官を顧問として雇用しているから,問題はなかろう。
スイスの高校教師は有事になると例えば,通信兵として動員されるそうだ。日本の高校教師は動員される事なく,戦前同様子供を戦争に煽るだけか。人口が減る中で,いかに子供達を戦争に向かわせるか。現在の画一教育が兵士の準備期間として,ナチスのように迅速な兵士化も可能だろう。しかし,私が生きている間に,国防が全面にでてくるとは思わなかった。ナチスが勃興する前のワイマール体制は民主主義だった。軍国主義=民主主義 は矛盾しない。古代アテナイのように民主制の下で自由民兵は精強だった。日本海軍は父が徴兵されたように徴兵は当たり前だったが,米海軍および海兵は第二次世界大戦の大量動員を志願兵で乗り切った。エール大学1年生だったプッシュパパは海軍を志願した。日中戦争が激しくなった頃,旧制高校生は徴兵を逃れるため試験のある東大とかの滑り止めにありとあらゆる専門学校とか京大を志望した。学徒出陣で大学生も動員され,航空特攻兵に志願せざるを得ない事態に陥った。京城帝大および台北帝大でも特攻戦死学生を出しているのに大阪帝大だけが航空特攻戦死者は皆無である。そんな大阪の風土に教育勅語を唱和する幼稚園とは,驚きだ。人口が減少する国家が軍事に傾倒するのは順番が逆だろう。とりあえず,スイスのように教師を含む公務員に軍事教練を課すくらいの事からはじめたらどうだ。災害時にも役立つだろうと思う。
東大に造兵学科が復活する時代がくるのだろうか。どこの国でも国研は軍事研究は当たり前だ。アーセナルを設立して大砲師を優遇した西欧と賤視した東アジアでは日本だけがその風潮がいまだに残っている。フランスはナポレオンが理工学校を設立して,大学と分離した。有名な数学者を輩出している。日産のゴーンも卒業した。前にも記したけど,西欧では神学,法学および医学がないと大学を名乗れない。スイスの有名なチューリッヒ工科大学もノーベル賞受賞者を輩出しているけど,直訳すると技術高等学校である。職人をどう処遇するか。台湾中国韓国のエクセレント技術者の給与は日本をはるかに凌駕しているらしい。考えて見れば,工場の事務職が年功序列で技能職より給与が高いのは変ではある。そんな役所みたいな会社は衰退して当然だろう。
日進月歩の半導体分野における日本の不振が際立つ。東芝のようにかろうじてメモリだけが世界シェア 15% ほどだ。サムスンは 45% だから,外資が2兆円で買収して,果たして元がとれるのだろうか。さらに投資も続けなければならない。政府は投資しない方がよかったのではないかと思う。今後,日本製メモリが韓国中国に勝てるとは思わない。日本式意思決定では半導体製造は無理だろう。
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