意外と少ない慶大留学生と核の傘
留学生のアルバイトを募集しようと,留学生の多い大学を調べたら,
早稲田大学 4,306人
日本経済大学 3,035人
東京大学 2,798人
立命館アジア太平洋大学 2,379人
大阪大学 2,012人
慶応は 1303 人と学生総数からすると,意外と少ない。慶応経済学部の修士論文が縦書きとのネット情報もアリかなと思わせる数字だ。国内の実業界では慶応閥は圧倒的存在感があり,学生も英語が巧みだから積極的に留学生を受け入れる姿勢がないのだろ。ベスト5に西日本の2校が入っている。清朝末期には中国から大量の留学生が日本にやってきた。周恩来,蒋介石。。。東工大の大学院は3人に一人は外国人だったが,今ではどうなのだろうか。留学先は欧米が主流で日本の選択肢は中国人に限れば,減る一方だろうか。
西欧に大学ができる前の中世では,学僧はスペインのトレドを目指した。当時のスペインはイスラムとキリスト文化が混交し栄えていたからだ。日本は遣唐使を送ったし,歴代の高僧は皆留学僧だった。知的レベルの低い神道学は世界に学ぼうともしない。神職の資格が取得できる国士館,国学院と皇学館にどれだけの外国人留学生がいるだろうか。西欧の大学だと,神学部がないと University を名乗れない。外国人が神道神職を目指すようにならない限り,神道は土俗宗教のままだ。創価大学にも宗教学がない。創価学会も教理は神道レベルのままか。日本にはまともに宗教を学ぶ大学がない。既存の高野山と比叡山でも宗教が学べるとも思えないから,日本はいびつな国家である。太平洋戦争がなければ,平泉らの国家神道が東大を中心に栄えたはずで,天皇を中心とする神道原理主義国家が出来たはずだった。多分,見た目は旧東独のような窮屈な国家になったに違いない。おそらく現北朝鮮のように貧しいままだっただろうと思う。
戦後の繁栄は合衆国が市場を開放してくれたからだったし,核の傘も提供してくれた。現在の繁栄と軍官僚が指導する神道原理主義国家のどちらがいいかは自明ではなかろうか。創価学会はフランスではカルト扱いだそうだ。政権与党の公明党の支持母体は当然ながら,創価学会である。昭和のテロが蔓延っていた頃,北一輝は土俗仏教の日蓮宗と神道を下敷きに急進的社会主義を混ぜたカルト思想を主張した。彼の資金源はテロを背景とした三井らの財閥だった。血盟団も世界宗教の仏教と何ら関係がない。
米軍は将官に任命される前,連邦議会軍事委員会の査問を受けて,はれて将官になる。宗教的政治的に偏っている者は承認されないのだろうと思う。多分,ムスリムと仏教徒はいないのではないか。支配層と被支配民の宗教が異なる多民族国家を帝国と称する。
江戸末期,国家統一に迫られた日本は権威も怪しい天皇を担ぎ出し,我々は天皇を現人神とする神道を編み出した。その精神は日本国憲法にも活かされている。しかしながら,元勲をはじめとして仏教神道に帰依していたとも思えない。旧軍および自衛隊員にしても,ゴリゴリの信者は稀であろう。だからこそ,隊内でのイジメが発生する。現代イスラエル国民の過半は無神論者であると何回か述べた。イスラエルは核も保有している。
宗教は他人を信頼するためのルールである。なぜそのような不可解なものを編み出したか。殺人に至る争いを鎮めるためだった。殺人は類人猿にしかみられない。ローレンツは家鶏の攻撃性を観察して順位制の考えに至った。弱い雄鶏は餌と繁殖にありつけない。狭い鶏舎のなかでは序列が必要となる。江戸幕府は煩雑な儀式を整備して諸侯大名を序列化してコントロールした。その中心は叙勲であった。今でも,大会社の会長相談役がなくならないのは叙勲待望者が後を絶たないからだ。戦前の軍人のための叙勲が民間のためになった。戦前の軍組織が現代の会社組織なのだ。
どうも国立競技場建設の下請け会社員が過労死したらしい。組織は鶏舎と似た側面がある。幕末のイテキは西欧列強だった。どんな組織であれ,内部矛盾を糊塗するには外敵が必要だ。日露戦争後は合衆国をイテキとして 1945 年に頓挫した。幕末の内戦から,ロシア帝国やがて合衆国と争う選択をして戦死者は激増し,太平洋戦争では都市住民に多くの空襲被災者が出た。
日本兵は鶏舎内の鶏状態のまま,南洋に送られた。餓死状態になっても,反乱は起きなかった。まさに鶏であった。何故,我々は死に至るまで働くか。戦前の軍人の最高位の叙勲は金鵄勲章であった。ニワトリである。日本国は老鶏ばかりになる。失業者の殆どいない平和な国である。そんな国が国防を煽って明治 150 年を祝うそうだ。その中心は言うまでもなく,天皇を中心とした官僚組織と会社組織である。時の首相は天皇陛下を前にして,天皇陛下万歳を唱和する筈だ。
昭和天皇が東京大空襲被災状況を徒歩で視察した行幸写真が残っている。米軍は関東だと,皇居,霞が関,横須賀工廠,水道施設および発電所の爆撃を禁止していた。この禁止はよく守られた。皇居への銃撃は皆無であった。合衆国の空襲目的は国民の殺戮であり日本国家の破壊ではなかった。
一九四五年二月末までの空襲で最大のものは、雪の降る二月二十五日のB29一三〇機による神田地区への爆撃であり、約六〇〇〇発の焼夷弾が投下された。これは当時ごく少数の人以外には秘密になっていたが、爆弾の一部は皇居にも落ち、女官室、内閣文庫、近衛兵宿舎、倉庫などが焼けた。宮内省の一職員は、白い雪におおわれた木に焼夷弾がひっかかって燃えているのをみて、なにか恐ろしいクリスマス・ツリーのようだとおもった。この二十五日に東京では、一万戸が破壊され三万五〇〇〇人が罹災した。
宮内省役人の最大務めは神事であるから,異人と異教に対する恐怖がにじみ出ている感想である。多分,市井の都民のように飢えていなかったのだろうと思う。当時の食糧配給は必要カロリーの 1/3 である。21世紀になっても誤爆はつきものだ。中韓の潜水艦搭載巡航ミサイルの照準はどこだろうか。雲鷹丸から揚陸した日本兵が駐韓大使に指揮され,朝鮮王宮を急襲したように,韓国海軍が密かに皇居を狙っていても民族の怨念からすれば,当然のような気がする。家人の合衆国在住知人である熱心なクリスチャンのおばさんは日本人の復讐が怖いと言うそうだ。そのための核兵器でもある。
日本人は異教徒なので人権対象とならないのだろう。いくら鶏を殺しても,鶏は反乱する事はない。この考えはトランプでも同じだろう。横須賀軍港で米海軍艦艇を整備する労務費は全て日本の負担である。日米安保は政府間の取り決めであり,当然ながら米軍は日本国防衛の約束に国民そのものは含まれない。逆に徴用の対象である。日本人はかつての朝鮮人徴用工と似た状況だ。
太平洋戦争末期,都会の市民は飢餓状態に陥った。ここでも鶏組織が活かされていた。町内会の顔役が配給物資を取り仕切っていた。顔役は合衆国のコミュニティのように選挙で選出されるわけでもない。最近,町内会が推薦する市議が代替わりになり,息子が父を継いだ。日本人は日本は民主主義国家と教えられ,そうだと思っているがどうも合衆国をみれば違うようだ。日本の民主主義が幻想だとすれば,合衆国の核の傘も幻想だろう。この両者を司るのが天皇を中心とした官僚組織だ。日本にはまともな教典(原理原則)がないので,人を介して継いでいくしかない。天皇から市議まで世襲でつないでいく。このシステムは替えようもないので仕方がないが,内向き指向の合衆国と膨張著しい中国の台頭のなかで,明治システム 150 年を祝う復古主義をどうみればいいのだろうか。
ちなみに日本が皇紀 2600 年を祝ったのが 1940 年であった。モアイ像を造った太平洋の孤島のイースター島の住民は,耕作目的のため森林を伐採したため,船材も得られなくなりエクソダスもかなわず何をしたか。不安と争いを鎮めるため,ひたすら祭礼に没頭したのだ。やがて人口が急減して平衡状態になった。それを支えたのは嬰児殺しであった。昭和天皇は太平洋戦争末期,軍神を祭っている熱田神宮に勅使を派遣している。頼朝の母は熱田神宮の娘であった。頼朝の祖先は官符によらず軍役を地頭に課して,奥羽を遠征した。都の公家からみれば私闘であった。やがて,官符は何の意味もなくなり下剋上となった。地方分権が進み,それが逆転するのは 800 年後の明治維新以降である。
皇紀 2600 年祭で天皇陛下万歳を唱道した東條は人道の罪で首吊りになった。明治 150 年の安倍首相はどうなるだろうか。前者は世襲軍人,後者は世襲政治家である。変わらないのは天皇制度である。天皇制とはカリスマ性の不要な世襲する現人神信仰である。実際,天皇の歴史は幼帝と傀儡ばかりである。天皇万歳とは名ばかりで,偉いのはそれを支える無謬性を担保された官僚なのか。
国立競技場建設の一次下請けの会社員が過労死した。殺人を犯すのは類人猿だけである。ニワトリを観察してローレンツは攻撃性と順位制について考察した。家禽は給餌があるから餓死はないし,屋根もあり外敵もない。しかし鶏舎内では順位が上位の鶏は下位をつつき,最下位はイジメにあい,しまいには逃げ場がないのでストレス死に至る。私が組織に属し,いただいた名刺の英訳所属名は軍隊そのものだった。現代の会社組織は戦前の軍組織と似通っている。過労死に至るからこれは労働ではなく苦役である。南方戦線の将兵は餓死に至っても,降伏はなかった。上は将軍から下は下士までニワトリ状態だった。会社組織の Executive Officer をお雇い外人にするのが無理なら,せめて幕僚幹部の将軍提督は外国人にしたらどうだろうか。戦前の軍人叙勲最高栄誉は金鵄勲章だった。ワシでもなくタカでもなくニワトリだった。官尊民卑が当たり前の時代にあって財界人が叙勲されるのは稀であった。勲章=軍人であったのが,民間叙勲となり,会社ガバナンスに関して会長相談役の弊害が言われだしているけど,叙勲目当ての一面もあるので老害はどうしようもない。その典型が東芝である。若い頃,セールスに行きプレゼンの場を設定してもらったら,どうも歴代所長の額縁写真が壁面を取り囲んでいた。これは幼い頃の校長室でみた光景を思い出させた。歴代師団長,歴代税務署長とかこれは不変だろう。もう沈む事もなくなった海自大型艦には歴代艦長の肖像写真が掲げられているかもしれない。1ないし2年で交代するから壁面はすぐ埋まる。
戦前に異色の海軍次官がいた。彼は干されて栄誉閑職扱いの海軍兵学校長になると,歴代大将写真を外させたが,その後の後任と戦後の防大ではどうだろうか。合衆国大統領の執務室には偉大な大統領の肖像画が掲げられている。首相の執務室はどうなっているかは知らない。祖父の岸信介だろうか。昭和天皇とか今上陛下では不敬になりそうだ。国会開会式における天皇臨席の宣言では,国会議員は天皇陛下を仰ぎ見る事は許されない。現人神だからだ。旧約のヤーウェ神も畏れ多く,モーセも地に伏したままだった。パウロの回心もイエスに接して,モーセに倣っている。
ドイツの独裁者ヒトラーはフリードリヒ大王の肖像画を執務室に掲げていた。習近平は毛沢東だろうか。プーチンはだれだろう。前任者のエリツィンではなさそう。レーニンスターリンでもなくピョートル大帝だろうか。
戦前の悪しき兵舎大型艦内のリンチは,戦後公教育に受け継がれイジメが子供の自殺に至る国家現象である。ニワトリの鶏舎が校舎に相当する。最下位の者は逃げ場がない。家人によると,合衆国ではスクールカーストと称されているらしい。カフェテリアでの昼食時,新参者がカースト最上位のテーブルで食べると揉めるらしい。昔,イタリア国鉄の特急に乗っていたら,3人のケバイ イタリア女がやってきて,私をボックスシートから追い出した。今思えば,カーストに反していたわけだ。別に他のボックスが満席になっていたわけでもない。その時以来,イタリア女に対する良い印象はない。中国系ベトナム人移民医師が正規の搭乗券にも関わらず,合衆国内の搭乗機から殴られ引きずり降ろされた。どんな国家であれカーストは存在する。北朝鮮では在日出身は下位カーストらしい。文春によれば,正男の母が上位カーストで,ジョウンは母が在日のため劣等感に悩まされていたとされる。どろどろ韓国史劇ドラマを思わせる。韓ドラを見る限り,実に窮屈な社会である。合衆国TVドラマのロストを見ていたら,賤民カーストである漁師の息子が財閥の娘と婚姻し,そのコンプレックスがたまにフラッシュバックする。韓ドラは突き詰めれば,カーストどろどろの婚姻劇である。
閉じられた空間,列車,機体,兵舎校舎,さらに国家でもこのような事例が起きる。異民族を支配するにはカーストは欠かせない。GHQ は進駐軍オンリーの車両を併設させ,日本国省電ながら日本人はその車両に乗れなかった。日本人は敗戦の悲哀を味わった。インドで賤民出身者が大統領に選出されたとロイタが伝えた。英国はムガール帝国の統治機構をそのままその最上位を英国本土出身官僚に置換して支配していた。インド防衛は自弁だった。従って日本軍が戦った英兵とはインド兵の事だった。ただし高級将校は英国人オンリーである。英国人将校はインド兵を酷使する事なく,日本人将校は日本兵を苦役どころか死に至るまで酷使した。その中心にいたのが東條英機らの天皇を頂点とする軍事官僚だった。このような官僚に徴用使役されるくらいなら,自衛隊トップはお雇い外人の方がましではないか。幕僚長を国連のように外国人を雇用すればいい。モンゴル帝国とか西欧列強は財務長官は色目人(ムスリム)とかユダヤ人の異教徒が通例だった。ロシア帝国だと高級官僚は外人だらけだった。
Google のお雇い社長はインド人である。合衆国の Xbox 仮想戦争ゲームでは,日本海軍空母赤城はドイツ人提督指揮の下,ミッドウェー海戦に勝利する。アホにみえる米国人だが,日本人官僚の無能さをよく観察している。現人神を要しない強みだろう。大敗した南雲中将はその後,サイパンで詰め腹を切らされ,金鵄勲章を叙勲された。私の指導教授は勲章が欲しいような事を言っていた。文部教官なら当然なのだろうか。学者も長い間,公務員を務めていると官位に敏感になる官僚の側面があるのだろう。文科省の高位高官であった前川の反意は文科省の総意としても,後に文科省の彼の叙勲推薦はどうするのだろうか。昔,文春が必ず叙勲を記事にするのでなんでかなと思っていたが,国家の根幹なのだね叙勲は。平安期,公家の除目は一大関心事だった。日本は平和な官僚国家である。
無神論者が過半数のイスラエルが核武装し,日本が核武装せずに済むのは現人神信仰と合衆国による核の傘への不思議な盲信のおかげである。原爆を2回投下されて,3回目をどう避けようと考えないのが日本人である。東京空襲のあり方から,小利口な軍官僚は東京への原爆投下はないと読み切っていたのであろう。延々,それからご聖断と称されるドラマまで会議が続くのである。
ニューギニアと比島では敗走した日本軍のなかで食人が発生していた。下位にある若年兵を食べるのである。指揮官は黙して食したと戦記にある。1945 年8月10日の重臣会議後,東條と小磯は昭和天皇独白録によれば,戦争継続論だったとある。軍官僚とはこの後におよんでも不思議な存在である。どうも,東條は国民に敢闘精神が不足していると奏上したらしい。このまま継戦していたら,湘南上陸した米正面軍は北上し北関東を大きく迂回して,帝都包囲,自軍の損害を最小化する計画だった。その昔,小田原とか鎌倉をおとすために周辺の城を攻めたのと同じ手法である。そんな歴史がありながら,日本陸軍参謀本部の英才は検討している様子はなかったようだ。賢いのかバカなのかわからない。軍官僚とはそんなもので武士ではなかった。東京はレニングラードの食人と同じ飢餓状況に置かれたに違いない。その頃には大本営は松代に移動し,重臣の東條は家族も連れて松代へ避難するつもりだったのだろうか。もはや東京は帝都ではないので都民は棄てられるのだろう。中国の皇帝は異民族に攻められ,都を遷都するのはごく普通の事であった。その際,皇帝に随伴する官僚と異民族新皇帝に仕える大半の官僚にわかれた。大概,宰相は後者であった。
独白録には「東条人事」の語句が散見される。そのおかげで山下奉文の陸軍大臣就任はついえたとある。平時ならつまらない凡庸な将軍が,戦時において無害どころか弊害を及ぼした悪例である。中堅官僚にとりカミソリ東條は都合が良かった。日本軍は人的親密度を最優先に戦争遂行していたのである。隠語ではマグである。多分,語源は磁石だろうと思う。
日本は昭和天皇を廃帝にしなかったから,失職した陸海軍官僚を除けば霞が関の官僚は最も好都合だった。明治官僚制が 150年続く。天皇制と官僚制が不可分のようになった日本はおそらく合衆国風の民主主義を受容する事はないだろう。
現状は北一輝の目指した国家に近いのが少し不気味である。自衛隊が国軍になれば,完結する。政権与党に日蓮宗を標榜する創価学会の政治組織である公明党があり,北の妄想した国家と同じになってしまった。当然ながら,合衆国はそんな日本を尻目に中国へと傾斜を深めるだろう。中国人は日本人のようにニワトリ状態に陥らない。毛沢東とか政治指導者を賛美していても醒めたところがある。督戦しない限り,餓死するまで戦う解放軍兵士は皆無だろう。朝鮮戦争では人民解放軍は多くの投降者捕虜を出した。
世界に先駆けて非西欧世界のなかで近代化した日本ではあったが,戦前にやってきた多くの留学生が,その後,反日指導者(中国共産党国民党)になるのは皮肉である。ガンジーの反英闘争の原点は自らのカースト体験だったようだ。今はアジア諸国およびブラジルから研修生および実習生として,日本政府管掌の下,受け入れている。彼らが日本のカーストを味わい帰国後,親日になるか甚だ疑問である。日本の天皇を頂点とするカースト制は戦前と変わらないからである。外務省の世論調査では日本および天皇に親近感を覚える世論調査結果となっている。これもどこまで実状を反映しているか。
合衆国のTVアニメでは昭和天皇はヒトラー同様,地獄に落ちている設定になっていた。これが実際のアメリカ人の対日感情の姿だろうと思う。合衆国婦人が本心をあかしたように合衆国の核は対日用でもある。米中の核の照準がどちらも東京とは笑えない。合衆国による核の傘は日本人の思い込みと政府マスコミのプロパガンダだろう。日本が核を保有できないのなら,何が何でも横須賀に米海軍が常駐してもらわないと困る。米兵家族は保険(人質)と思えばいい。思いやり予算とは絶妙のネーミングであった。合衆国に隷属していようが,平和であればいい。古代イスラエルはローマ帝国に征服され,使徒パウロは異教徒であったが,ローマ市民権を享受していた。人権 Human Rights とはかけがえのないものである。
そのためにも,合衆国への運上金は欠かせない。安全保障上,日米 FTA は米韓 FTA のように呑まざるを得ないだろう。それでも,極東への合衆国の軍事プレゼンスは中東西欧に比べると低下する一方である。実際,フィリッピンは親中政策に急展開し,何と外交上手の親日タイは中国製潜水艦の導入を決定したくらいである。日本はかつてのオーストリア帝国のように自己認識ができないのだろう。
せめて,暴走するかもしれない韓国の潜水艦発射巡航ミサイル対策を進めたらどうだ。巡航ミサイル防御はほぼ不可能だから,プラットフォームである韓国潜水艦を制圧しなければならない。戦間期の米海軍潜水艦整備に無関心だった日本海軍を想うと,何も変わっていないような気もする。ワシントン条約体制下では日米海軍の潜水艦保有は同等だった!
とりあえず,韓国潜水艦哨戒通路上に聴音網を整備するのがまともだと思うが,それでは合衆国軍事産業が潤わないので超高度迎撃ミサイル網整備が優先となるのか。少し寂しい国防方針である。韓国海軍は済州島に潜水艦基地を設営する計画がある。補給に難があっても,対馬における海自聴音網を嫌っての深謀遠慮だろう。
明治維新 150 年祭。中韓両国は冷ややかであろう。両国政府は祝賀式典に参列しないだろう。この種の祭典では西欧では外国首脳使節の列席が欠かせないし,外交上のリトマス試験紙ともなるからだ。何で日本の官僚は両国民を逆なでするような栄典を企画するのだろうか。何も変わっていないし反省もしていない。とりわけ明治維新と征韓論は不可分である。それを知悉しての栄典とは安倍内閣は愚かなのか,曲者なのか,よくわからない。時期が悪いな。合衆国建国 200 年祭のように引き延ばせなかったものだろうか。皇紀 2600 年祭は内向きの式典であった。合衆国大使が天皇陛下万歳をするとも思えない。それは現在そして未来でも不変だろう。
明治 100 年祭では,子供の頃でTVを見ていた。昭和天皇の印象は薄く,佐藤首相の「天皇陛下万歳」だけが印象に残っている。天皇に仮託して,実質は官僚組織と佐藤内閣の自画自賛だったのだろう。政治の事は何もわからない子供はある意味,本質をついていたのかもしれない。しかし,検索してみると佐藤首相の動画および画像は殆どないが,昭和天皇は圧倒的量である。やはり,日本は神の国,天皇陛下は現人神であらせられるのを実感する。合衆国民で佐藤栄作を知っているのは日本フェチくらいだろう。所詮,安倍晋三も陛下の従僕と思えば,一過性の宰相に過ぎない。数十年後,記憶に残らないだろう。戦争を始めなければの前提だが。
第二次世界大戦後,英国民は戦勝に導いたチャーチルを政権から選挙で引き摺りおろした。民主主義を侮蔑していた日本軍官僚ではあったが,意外と民主主義は戦争に強いのである。
参考
天皇独白録 p151
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