2017/10/13

古代イスラエルと貨幣

合衆国民は連邦税(所得税)に不満を言いながらも,申告期日前の混雑ぶりをみると納税は果たすべき義務どころか,債務のようにも思える。絶対神を信仰しているせいだろうか。聖書には所得の 1/10 を神に納めろと書いてある。イエスも神殿税を否定していない。

しかし聖書学によれば,ダビデソロモンの時代には神殿維持は王費により賄われていた。さらに,考古学によれば当時はヤーウェの一神教ではなかったというから驚きだ。発掘すると,豊穣の女神,雨の神バール象がやたら発掘される。つまり当時のエルサレムの民は多神教であった。唯一神信仰は神官と王族に限られていたのか。バビロン捕囚により 400 年続いたダビデの王統が滅び,捕囚されたインテリ達が一神教を確立したようだ。いわゆるモーセ5書(律法)だ。祭儀儀式を司っていたレビ人の多数がエルサレムに帰還しなかったのが面白い。神殿建設を再開したものの,なかなか完成しなかった。その理由は強制労働ではなかったせいだろうし,捕囚時代のシナゴーグによる集会が連帯感を深めていたせいもあったのだろう。エジプト,メソポタミアにはなかった宗教がここに確立した。資本主義総本家の合衆国のカウンティ郡にその名残が残っているのが実に興味深い。紀元前5世紀の精神が21世紀に受け継がれている。恐るべし啓典の思想である。エジプト脱出奴隷がエジプトのアテン信仰を拝借したとするフロイト説との関連はどうなのか。フロイトによれば,モーセはエジプト人である。

旧約は虐げられた民がモーセに引率され,逃亡脱出して建国,ソロモンの栄華と神に背いた(多神教信仰)ため,苦難を被るという神話である。テルアビブ大学の聖書考古学によれば,エジプトからの逃亡奴隷によるカナンの征服の事実は一切なく,カナンの都市国家支配層の衰退と被支配層による南部カナン諸都市の勃興とエジプトの少数避難民によるコミュニティの融合がヤーウェの前段階のヤフー信仰が始まりらしい。何ともなご都合主義の律法編纂であった。しかし,神話は宗教の本質でもあるのだろう。本来ありうべき楽園を措定して,災難受難の咎を自己の不法行為を原因とするマゾ的思想である。個人的に中高生の時代に聖書に接して以来,いまだに悔い改めができない。原罪意識がないせいだそうだ。

子供の頃,知恵の実を蛇にそそのかされて食べたせいでアダムとイブが楽園を追放される話が好きだった。何気なくBSテレビをみていたら,映画 Matrix が始まった。カンフーを日本の畳道場で戦う日中混同が面白い。基本的にアクション映画だが,合衆国民の宗教観が垣間見えて実に面白い。モーフィアスがネオに赤いピルと青いピルを示し,どちらかを選択しなければならない。日本風の先送りはない。日本は2者択一が下手くそだ。争い競争を嫌うせいもある。仮想と現実の問題は西洋哲学の難問題だった。そこに,預言者とか救世主とかセム系思想とキリスト教とてんこ盛りである。こんな珍妙なシナリオが良く映画化されたなとつぶやいたら,家人が2人の兄弟が書いたと説明してくれた。デジタル放送だと,CGと従来のアナログ特撮の違いが一目瞭然である。ILM が製作したと説明してくれた。冒頭,ネオが違法ソフトかデータを当時のヘビメタ風のアンちゃんに売るシーンしか貨幣は登場しない。仮想社会には通貨は存在するが,実在の Matrix ではどうも通貨は流通していないと暗示しているようだ。実際はさだかではない。実にぶっとんだ兄弟らしく,性も変換しららしい。

こんな世界観の映画は日本になかなかないと言うと,Akira とか巨人の進撃を挙げてくれた。ヒトの脳はかなり風変わりで,いろんな事を考えそれを他人に伝える事ができる。現代の税は金納が原則でる。貨幣だ。古代未開社会でも貨幣はある。数える。数は抽象的な存在である。ヒトの赤ん坊はすぐカウントできるようになるが,チンパンジーではなかなかしんどい。カントはアプリオリのためとした。神という用語を避けた。古代レバントで小さな皮袋に入った小石を英国の学者が発掘した。学者の説明によると,羊飼いが羊をカウントするためだという。小石と羊を 1:1 に対応させて,小石が余れば羊は足りない。実際,羊の放牧の動画をみると群れに同調しない羊がおり,子供が羊を殴って群れに戻す。

日本の貢納は物納が長く,金納に変わったのはなんと明治以降である。バビロン捕囚後のエルサレムの民は神殿税を金納で納めている。西欧では教会税である。教会税が廃止されるのはフランス革命以降である。ドイツ中世の農民は免罪符を銭で納めていた。さらに征服王ウィリアムがイングランドを支配した頃には,地代は金納であった。紫式部が源氏物語を書いていた頃,すでに西欧の農奴は貨幣を使用していた。正貨は金であったから,いつでも金銀が不足していた。金銀不足を補うために奴隷交易が盛んになった。奴隷の対価として銃を払う。奴隷をアラブ,後にアメリカに持ち込み金と交換し,本国に戻る。南蛮人が日本にやって来たのも同じ理由だろう。平戸は日本人奴隷売買の中心になった。

ソフトバンクのCMに代官がお父さんの家に徴収にくる場面があった。物納である。学校教育では江戸期の日本は貨幣経済であると,小学生のときから学んだ。貢納の実態をみると,違うのではないか。

貨幣史によれば,交易に貨幣が使われるのは最初はエジプトでもメソポタミアでもなくアナトリアだそうだ。通貨が広く使われたのは古代ギリシャ。栗本慎一郎によれば,交易の始まりは女の交換だそうだ。その確証は書かれていない。トロイア神話からの類推だろうか。同盟を結んだ国から后をむかえ,その息子が統治する。サウジ初代国王は部族と同盟を結ぶために,100人以上と婚姻しなければならなかった。旧約のダビデ王とまったく同じなのは笑える。これは史実だろう。

偉大な預言者が現れたのがバビロン捕囚後,いなくなる。教典の編纂が終り,どう解釈するかの問題になったのだろう。古代イスラエルの王権は弱体化し,大祭司が権威権力を増す。キリスト教文明でも教皇が絶大な権力を行使した時代があった。新約を読むとイエスを処刑した総督ピラトについで大祭司カヤパが有名だ。当時の大祭司は世襲だ。神殿貴族と称される由来だ。AD 70 にイスラエルが滅亡すると,大祭司はいなくなった。神殿がなくなった捕囚時代に戻ったわけだ。集会の指導者,説教者がラビとして世襲職となった。現代イスラエルでは厳格主義者を除けば,ラビですら影が薄い。

Matrix を 2017 年の21世紀にあらためて見ると,AIとマイクロマシンを的確に当てたようだ。今や,リアルに仮想通貨の時代に入りつつある。カールポランニーによれば市場経済が崩壊すると言う。正確には Transform と呼んでいるから転換だろうか。ヒトを含め生命はエントロピーを食う存在である。肥大化した脳の活動に莫大なエネルギがいる。ブルゾンちえみの35億ではないが,グローバル世界では人口の増大が止まない。ヤーウェが約束した通りだ。情報の単位ビットはエントロピーに還元された。AI は精緻になりいまやベルカーブ(大数の法則)によらない。株式のような市場取引ではプログラムによるテクニカル分析が主流になった。つい,最近ゴールドマンサックスが原油取引で大穴をあけた。予測を外したわけだ。

古代ギリシャでは通貨は2種類あった。ひとつは同胞間同士で使われ,異邦人との通商は別の通貨であった。最初期は食糧とか日常品ではなく,傭兵に対する賃金であった。傭兵の対価は金銀の貴金属だった。貧しかったスイス農民はフランス諸侯王の傭兵となり,金銀を得た。日本史でも足軽が活躍し出すのは室町期応仁の乱以降であるから,貨幣経済の成立時期と合致する。傭兵が価値を失うのは国民皆兵のフランス革命以降である。

古代の戦争で傭兵と言えば,アレクサンドロスのペルシャ戦役である。マケドニアペルシャ双方にギリシャ傭兵を要していた。河原身分であった秀吉は天下分け目の天王山の戦いに際し,播磨の城に蓄蔵した保有する金子を全て分け与えて,戦に臨んだとされる。主戦を足軽が担い,財貨が決め手だったのか。都を確保した光秀が畿内の足軽を確保出来なかった理由は何だろうか。足軽と言っても,平時は農民の事である。当時は兵農分離されていなかった。鍬と銃を持参して傭兵となる。日本では大規模な鎗兵戦は起きなかった。戦場が湿地帯だったせいだろう。まあ,金銭でどちらにもなびく戦闘工兵だったわけだ。そんな足軽に李氏朝鮮の官兵が到底勝てるわけがない。戦争のプロだった。

古代エルサレムが強固な城壁で守られていても,補給が絶たれ孤立すると,ローマ兵は優れた工兵でもあったから補給路建設と攻城土木を施して,聖都を滅ぼした。その凱旋門がローマに残る。略奪そしてエルサレム市民を奴隷として対価を得る。ヨセフスのようにローマ側に寝返る支配層も多かったのかもしれない。奴隷の価格が暴落したとある。日本最後の奴隷狩は大阪の陣らしい。

人類経済史では市場経済の端緒が傭兵の賃金と奴隷売買にあったとは,驚きである。西欧諸国がISを非難するのは傭兵組織と人身売買にあるからだろうか。第二次世界大戦後の 1948 年に世界人権宣言が出された。2017 年に都知事の小池百合子が関東大震災時の朝鮮人虐殺を否定する事実をどう考えたらいいのだろうか。コソボ虐殺を首謀したセルビアの指導者は欧州戦犯法廷で裁かれた。お決まりの「人道に対する罪」である。古代ローマは力が正義であった。虐げられる側にこそ正義があるとするのが,旧約の神の精神である。西欧は 1500 年掛かってその思想を受容した。

貨幣経済の発展が傭兵をもたらし,戦争は激しくなった。防衛のための国軍維持にも多額の金が
必要だ。古代イスラエルの民はカナンの難民であった。発掘される土器は彩色のない実に粗末な物である。つまり古代ギリシャ諸都市のような貧富の差はなかった。当時のカナン南部は都市国家でもあったから城壁を具備する。何を何から守っていたのか。奴隷狩だろうか。ギリシャ悲劇とか高度の諸芸は奴隷があってこその文化であった。

ヒトが生み出した交易,市場,貨幣の背景に傭兵そして奴隷が大きく関わっていたのは驚きだった。世界最初の帝国は中東におけるアッシリアである。合衆国民が映画 Star Wars を愛好するのは帝国軍との反乱軍の戦いという設定のためである。Revolt する側にこそ正義がある。ドイツユダヤ系の学者であるマルクスとポランニーが資本主義と市場経済の崩壊を説いたのは面白い。ヘブライズムが捩じれに捩じれて仮想通貨の時代が到来した。どえらい時代になったものだ。

小池百合子と映画 Matrix にはいささかの関連はないのだが,何か引っかかるものがある。戦争も通貨もなくならない。仮想通貨はボーダレスである。日本の政治ではおそらく自民希望が多数を占める。維新と公明は存在感が薄れていくだろう。戦前の官製ファッショは起きないが,画一されたマスコミがその中央統制を助長するだろう。

明治維新とは一言でいえば,役人(武士)を解雇して防備を農民徴募の軍に再編した事であった。しかし昭和になると神官みたいな軍官僚が皇軍と称して,合衆国民兵に負けた。我々の神は中国人民解放軍にも抗えないと何故,直視できないのだろうか。もういい加減にしたらと思うが,歴史的に都市国家を形成しなかった平和な日本史がそれを阻むのだろう。狂気が支配したのではなく,能天気が続くのだろう。

太平洋戦争では余りにも日本の犠牲者が少な過ぎたせいで,日本の神を捨てられないのだろう。そう思えば,自民希望の反中韓も心地よいか。自らを閉ざせば,己も孤立するのは道理かもしれない。農地がないと農業は成り立たない。日本の神仏は土地に固着する。貨幣はノマドな世界を照らし出した。労働と土地が切り離されたのだ。ところが日本精神はまだ未分化の状態のままなのだろうと思う。古代イスラエルの大祭司はファナスで終わる。その後,ユダヤ人はノマド=貨幣に生の糧を求めた。

古代バビロニアでは黄金は「地獄の糞」だそうだ。黄金を飲み込むと,糞に変わる。天皇家において,皇子誕生に際し,枕元に金銭99文を置いて長寿を祈るそうだ。これは貨幣の聖賤性,両義性を表しているのだろう。

貨幣と社会史を通観すると,巷間マスコミが伝えるような貧困が戦争の原因になるのではなく,富(貨幣)が戦争を惹起するのは,まことに皮肉である。そういえば,モンゴルとかの遊牧民も遠征に旅立つのは家畜(資産)が増えてこそである。交易,市場そして貨幣による市場経済も Matrix が暗喩するように虚構なのか。

参考
経済人類学 栗本
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