2017/10/30

埋葬歴史と人身取引議定書

弥生期の環濠集落には中央に広場がある。古代ギリシャのようなアゴラとは程遠い,そこは墓であった。墓を囲んで住居があった。ところが平城京および平安京は洛中の墓を禁止した。仏教の影響だとされる。本来のインド仏教には墓がないので当然だ。京都は古代から中世にかけて都であった。その間,夥しい人々が死んでいったのだが,巨大墓地がない。

他方,古代エルサレムの墓地は城壁の外にあった。その写真をみると壮観である。イエスが捕縛されたオリーブ山は果樹園のイメージがあるが,墓地でもあった。古代イスラエルは奴隷社会でもあった。奴隷は主人の私有物である。ヨセフスによれば,城壁外に死体を投棄した。山犬が死体を処理したとある。

パリとかローマは市の地下が墓になっていた。スペースがないので再利用し,骸骨を積み重ね,壁にしている。江戸は 100 万人都市になったが,その人口に見合う墓がない。まるでインドのようである。インダス文明のモヘンジョダロは4万人が居住し,大沐浴場もあったが,墓が見当たらない。墓は階級身分が明瞭になるから,当時のインドは平等であったのか。

開港した横浜にやってきた外国人が困ったのが墓であった。幕府および明治政府は外国人の墓を規制していたからだ。横浜の外国人墓地は,キリスト教徒がユダヤ教徒の墓を受け入れなかったのと似ているかもしれない。合衆国の墓は国立墓地を除くと,見事にコミュニティと教会により区別されている。メノナイトとアーミッシュの墓石は同じように整然と並ぶ。メノナイトの墓は手掘りでなければならない。合衆国の普通の墓は墓堀人がパワーショベルを使用する。

墓のない隷属的日本の農民はいつから,墓をつくるようになったか。どうも家族が発生した江戸期らしい。メノナイトも男の家族が墓堀をするのだろう。

伝統的ユダヤ教を棄てていた物理学者のアインシュタインは遺骨をデラウェア川に散骨した。彼はオランダのマラノだったスピノザに親近感を持っていた。スピノザも伝統的ヤーウェ神を捨てて,村八分になっていた。彼の神は唯一神とは異なる汎神論だった。宇宙にあまねく神が満ちているという異教信仰だった。

スコラ神学の僕として天体観測をしていたカトリック修道士が複雑な天動説に神の摂理を感じなくなる。科学革命はカソリック神学から生まれた。それを洗練していったのが学生から学費を徴収して生計をたてる大学教授だった。動機はイタリアのルネサンス運動だった。その富は地中海交易が源だった。富だけでは革命は起きない。宗教改革は悲惨な戦争となり,都市では市民(ブルジョア)が私権を主張するようになる。ついに王政を廃止するフランスのような共和国ができてしまう。

中国も合衆国も共和国だが,中国指導部は世襲党官僚である。日本の指導部は天皇を含め世襲代議士である。合衆国の農民はどうも世襲とは限らないようだ。地価はメノナイトが農地を取得できないほど高いけど,別事業で成功すれば後から参入できないほどの高地価でもなさそうだ。銀行も融資する。日本の新規就農者はどれほど,地銀から融資してもらえているのか。農協は非組合員でも融資するのかな。

ロシア革命の難を逃れて北米に避難したメノナイトは改葬しているのだろうか。文明化をかたくなに拒否して,農耕を続ける自由意志とは何だろう。死んでちりになっても,最後の審判を待ち続ける。始まりがあれば終りがある。アーミッシュもメノナイトも母語は訛ったドイツ語である。写真はアーミッシュの墓堀である。手掘りで棺も自製である。
DigGrave.jpg

東欧のユダヤ人はイデッシュ語が母語だった。彼らはイスラエルを建国すると神殿を再建せず,ヘブライ語を復活させた。どうも,現代ユダヤ人も埋葬は親族で行うようだ。墓堀人はいないようだ。ニーチェはバーゼル大の文献学教授をしていて,後に墓堀人と自称していたからルーテル派のそれなりの階層の人達は墓を掘らなかった。ニーチェの父は牧師であった。
 
新約聖書を読むと,イエスの墓の記述が詳細だ。神殿税を納めるような階層だったとわかる。税を納めない奴隷には当然,墓はなく城壁外の捨て場に遺棄されたのだろうと思う。

貧富の格差が大きくなる古墳時代になると,集落内の墓の記述がなくなる。隷属民は死ぬと,野ざらしになったのだろうか。Wiki によれば,古代日本では貴族官人以外の百姓(納税者),庶民には墓がないそうだ。農民が墓に埋葬しだすのは江戸後期である。家族の発生と関係がありそうだ。中世鎌倉仏教の隆盛は日本人精神史の一大エポックと思っていたが,墓を見る限り,古代エルサレムの精神性からは程遠い状態だ。戦国期に宣教にやってきたバテレンが日本人の男色を指摘するが,死体遺棄には言及はなさそうなので,当時の西欧でも当たり前だったのか,それとも庶民に一切,関心がなかったか。ドラマとか映画にある百姓への布教は全くのデタラメである。布教対象者は支配層だけである。その後,殉教した多くの日本人はそれなりの階層の人達だと思う。合衆国の教会だけが奴隷を黙認していたのではない。古代から長い長い間,奴隷は当たり前だった。市民革命により,市民が人権を王に認めさせてから奴隷,農奴解放までに期間を要した。日本人が土地に縛られなくなったのは,大日本国憲法施行による。

Russia          1861
USA             1863
Japan           1890
Saudi Arabia 1962

ちなみに人身(婦女子)取引議定書の主だった国の批准年を記すと,以下の通り。
a Protocol to Prevent, Suppress and Punish Trafficking in Persons, Especially Women and Children, supplementing the United Nations Convention against Transnational Organized Crime

Bulgaria        2001
France           2002
Philippines     2002
Spain            2002
Tajikistan     2002
Turkey           2003
Russia           2004
Turkmenistan 2005
USA              2005
Germany       2006
UK                2006
Cambodia      2007
Kazakhstan    2008
China            2010
Thailand      2013
Korea            2015
Sri Lanka     2015
Japan            2017

日本に売られるフィリッピン女の送出国は 2002 年に批准し,その受入国の日本は 2017 年だ。人権くそくらえの北朝鮮は調印すらしていない。旧社会党は北朝鮮労働党を友党としていたが,現在の社会民主党もそのまま継続しているのだろうか。戦前,日本は戦争捕虜取扱に関するジュネーブ条約を外務省は調印したけど,陸海軍省の反対により批准(天皇の承認)できなかった。終戦後,米軍の小笠原で行方不明になった航空兵調査が,理に適っていた。墓を問いただしたのだ。食べてしまったので,残りは埋葬されず棄てられたので墓はなかった。

西欧とかロシアの農奴が墓に葬られたのに対し,日本の中世農民に墓はなかったのと何らかの関連はありそうだ。命の尊さ,虐げられる者への哀れみは西欧に比べ日本人は歴史的に希薄なようだ。簡単に言えば,神道とキリスト教の違いだろうか。多分,ヒトは自然の一部であり自然崇拝だからだろう。だからこそ,特攻もやすやすと乗り越えられる。特攻と天皇とは直接の関係はないだろう。

朝鮮人従軍慰安婦問題がこじれるのも,日本の人身売買禁止令が 2017 年になったのと無縁ではないだろう。関東大震災時における朝鮮人虐殺を否定する小池都知事をみると,人権擁護の観点からすると,せこかった舛添の方がましだったか。選択するのは都民だけれども。家畜,奴隷,人の区別が日本は異質のようだ。日本は馬の去勢を嫌い,農奴および兵を酷使した。日本軍司令官は兵に投降を命令せず,餓死をせまり牛馬以下の扱いだった。軍司令官の顔面はヒトだが,慈悲の心はなかったようだ。現代過労死の会社と同じ構図だろう。1873 年の禁教令廃止から自由民権運動の高まり,政党政治を経て,戦争捕虜取扱条約未批准に至る過程で日本政府の何が変わったか。

明治の役人は幕末に藩校で教育を受けた武士だった。1930 年代の日本政治を主導するのは東大出の官僚,陸大海大出の軍官僚だった。彼らは小学校から大学までひたすら座学を続け,役人になってもペーパワークの連続である。馬を御したり,銃砲を操作する事もない。極端に言えば,命令書を起案するだけだ。具体的な実務は下僚がする。ソ連のような形式主義に傾倒するのは当然か。現代の軍官僚も戦前と同じだ。宗教の素養もないのも同じだ。彼らの大多数は神道である。どんな戦争計画を立てているか,ある意味自明ではなかろうか。

馬を使役しない社会だからこそ,兵を酷使できたのだろうか。当然ながら,将校は餓死しない。餓死する軍司令官などあり得ない。餓死者数の報告をどんな気持ちで聞いていたのか。食糧の温存を考えると,好都合とでも思ったか。

仏教国の人身(婦女子)取引議定書批准はおしなべて遅い。最も早いのはポルポト政権による虐殺のあったカンボジアの 2007 年だ。仏教も人権意識に希薄かもしれない。そういえば,日本のブラック企業創業者は仏教と祖先崇拝の念が強いなと思い出した。確かにブラックを宗教が是認するのであれば,後ろめたい気分にならずに済む。調べてはいないが,ブラック企業創業者にクリスチャンはおそらく皆無ではないか。ネパールおよびブータンは調印すらしていない。

出エジプト記/ 23章 09節
あなたは寄留者を虐げてはならない。あなたたちは寄留者の気持を知っている。あなたたちは、エジプトの国で寄留者であったからである。
レビ記/ 19章 13節
あなたは隣人を虐げてはならない。奪い取ってはならない。雇い人の労賃の支払いを翌朝まで延ばしてはならない。 
レビ記/ 19章 33節
寄留者があなたの土地に共に住んでいるなら、彼を虐げてはならない。 
申命記/ 23章 17節
あなたの間に、すなわちあなたのどこかの町の彼が選ぶ場所に、望むがままにあなたと共に住まわせなさい。彼を虐げてはならない。
エレミヤ書/ 21章 12節
ダビデの家よ、主はこう言われる。朝ごとに正しい裁きを行え。搾取されている人を/虐げる者の手から救い出せ。わたしが火のような怒りを/発することのないように。お前たちの悪事のゆえにその火は燃え/消す者はいないであろう。 
エレミヤ書/ 22章 03節
主はこう言われる。正義と恵みの業を行い、搾取されている者を虐げる者の手から救え。寄留の外国人、孤児、寡婦を苦しめ、虐げてはならない。またこの地で、無実の人の血を流してはならない。
歴代誌上/ 16章 21節
主は彼らを虐げることをだれにも許さず/彼らのことを、王たちに戒めて言われた 
歴代誌上/ 17章 09節
わたしの民イスラエルには一つの所を定め、彼らをそこに植え付ける。民はそこに住み着いて、もはや、おののくことはなく、昔のように不正を行う者に虐げられることもない。 
詩編/ 072編 004節
王が民を、この貧しい人々を治め/乏しい人の子らを救い/虐げる者を砕きますように。 
詩編/ 072編 014節
不法に虐げる者から彼らの命を贖いますように。王の目に彼らの血が貴いものとされますように。 
詩編/ 105編 014節
主は彼らを虐げることをだれにも許さず/彼らのことを、王たちに戒めて言われた 
詩編/ 119編 121節
わたしは正しい裁きを行います/虐げる者にわたしをまかせないでください。 
詩編/ 119編 134節
虐げる者からわたしを解き放ってください。わたしはあなたの命令を守ります。
箴言/ 14章 31節
弱者を虐げる者は造り主を嘲る。造り主を尊ぶ人は乏しい人を憐れむ。 
箴言/ 29章 13節
貧しい人と虐げる者とが出会う。主はどちらの目にも光を与えておられる。 
コヘレトの言葉/ 04章 01節
わたしは改めて、太陽の下に行われる虐げのすべてを見た。見よ、虐げられる人の涙を。彼らを慰める者はない。見よ、虐げる者の手にある力を。彼らを慰める者はない。 
イザヤ書/ 09章 03節
彼らの負う軛、肩を打つ杖、虐げる者の鞭を/あなたはミディアンの日のように/折ってくださった。 
イザヤ書/ 14章 04節
そのとき、あなたはバビロンの王に対して、この嘲りの歌をうたう。ああ、虐げる者は滅び/その抑圧は終わった。 
イザヤ書/ 16章 04節
モアブの追われている者を/あなたのもとに宿らせ/破壊する者から隠してください。」まことに、地上から虐げる者はうせ/破壊する者は滅び、踏みにじる者は絶える。
イザヤ書/ 49章 26節
あなたを虐げる者に自らの肉を食わせ/新しい酒に酔うように自らの血に酔わせる。すべて肉なる者は知るようになる/わたしは主、あなたを救い、あなたを贖う/ヤコブの力ある者であることを。 
イザヤ書/ 54章 14節
あなたは恵みの業によって堅く立てられる。虐げる者から遠く離れよ/もはや恐れることはない。破壊する者から遠く離れよ/もはやそれがあなたに近づくことはない。
アモス書/ 04章 01節
この言葉を聞け。サマリアの山にいるバシャンの雌牛どもよ。弱い者を圧迫し、貧しい者を虐げる女たちよ。「酒を持ってきなさい。一緒に飲もう」と/夫に向かって言う者らよ。 
知恵の書/ 15章 14節
最も愚かで、赤子の魂よりも哀れなものは、/あなたの民を虐げるあの敵どもである
使徒言行録/ 07章 06節
神はこう言われました。『彼の子孫は、外国に移住し、四百年の間、奴隷にされて虐げられる。』 
ちなみに日本のキリスト教徒の割合は 0.86% である。我々が隷属民になった古墳期には埋葬が失せ,家庭を営むようになった江戸中期から墓葬が一般化した。そして今,家庭もなくなり,葬送の慣習も消えていくのだろう。新しい中世が蘇る。結婚しない女党首は,いかにも日本の未来にふさわしい。私が,「夫」と Google 検索入力すると,予測ワードは次のようになった。
夫死んでしまえ
夫 漢字
夫 言葉の暴力
夫 意味
夫 小遣い 平均
夫 ストレス
夫 死ね 2ch
夫 読み方
夫死亡
夫 呼び方
これが,安倍稲田の「日本を取り戻す」の現実である。闇が深いな。日本会議のアナクロは滑稽でもある。ナチスのように国家が結婚を推奨するのかな。

ポルポトを検索していたら,外国からみると東條は独裁者の一人だった。毛沢東の名前でどれだけのヒトが殺されたか。習近平はその毛沢東を引き継ぐ偉大な指導者になった。いざとなったら,日本に核を打ち込んでも不思議でない。習近平の一人娘は合衆国に留学している。米中は意外と仲良しなのだ。TPP11 がダメなら太平洋同盟に入れてもらえないだろうか。

大きな病院には霊安室が地下にある。実に寒々としたところである。病院は患者が死ぬと,テレビドラマのようなシーンはない。間髪入れず,看護師が深夜であろうと遺体を運び出す。その霊安室も保管は許されない。

日本の捕虜虐待で悪名高いの九大の捕虜生体解剖事件だろう。ヒト扱いではなかったので,どうも墓はないようだ。ここでも米軍は関係者に埋葬について尋問している。無実を主張して自殺した教授が埋葬に関して,何も指示しなかったのは宗教的命(人の尊厳)に関心がなかったせいだろう。犬猫の実験動物の解剖と同じ考えであったとしか思えない。これは戦争の狂気だからか。まあ,庶民が埋葬しだすのは,江戸後期からであったので解剖済み遺体を捨てるのもありか。一応,旧刑法以前の
旧刑法以前にも,死体の毀棄に関する規定は存在したようである。仮刑律およ び新律綱領にはすでに,地界内の死体を他所へ移し去り埋蔵する罪および屍を水中に投じる罪があり, 改定律令には地界内の死屍を水中に棄てる罪および子孫の死屍を捨てる罪があった
古代律令制のお役人が捨てられた死体に閉口していた様子が窺える。西欧はキリスト教のせいか,中世から埋葬するようになっていた。「生きる」を考えることは「死」を考えるのと等価なのだ。残念ながら,九大関係者はそれがなかった。事件関係者に「イエスの死」と復活について聞いてみたかった。過労死が続発する現在,ヒューマニズム(人道主義)をどう体得するか。核兵器によるジェノサイドの脅威からどう守るか。人道主義のかけらもない北朝鮮が核兵器保有となったら,日本が核武装するのは当然の自衛権行使だろうが,日本の靖国精神が人道主義を重んじるとも思えないのが痛い。お国のために生体解剖した先生と安倍首相の思想は同根だろう。安倍首相は総選挙で大勝したのだから,人道を省みないのは国民の総意でもある。怖ろしい。。。

「南満州鉄道株式会社南京特務班」の報告書によれば,日本陸軍は南京虐殺では,一応,埋葬していたようだ。
3件の報告書は1937年12月22日から38年3月までの間にまとめられたもの。報告書には、南京大虐殺発生後から38年3月まで、毎日5〜6台のトラックで200〜300人の死体を埋葬していたことが記されている。 
38年2月末にまとめられた2件目の報告書によると、約600人からなる「死体埋葬隊」が1月上旬から2月末までに死者約5000人の埋葬を行っていたという。 
また38年3月末にまとめられた3件目の報告書には、「死体埋葬を始めてから3カ月が経過した。3月15日までに、城内1793体、城外2万9998体、計3万1791体の死体を指定地域に埋葬した」と記されている。
埋葬もせず,九大医学部の先生達は在支日本陸軍以下の犬畜生だったのか。妙に納得だ。靖国と南京虐殺は平行線のままどころか,悪化している。次世代でも和解はないだろう。核武装の準備をしようではないか。

3万体の死体なら,今からでも墓堀すれば何らかの痕跡があるだろう。中国側が発掘してくれればいいいのだが。日本の経費による化学兵器処理のようにはいかないのかもしれない。というのは必然的に,大量の文革犠牲者も発掘しなければならず,藪蛇なのだろう。文革での自国民数百万人殺戮が可能なのだから,異民族の日本人の核ミサイルでの殺戮はどうってことはない。日本同様,人道主義の概念のない民族だ。数百万人の埋葬ってどんなん。巨大な塚なのか?

現代の刑法だと物証主義である。九大生体解剖事件の米兵の骨とか物的証拠があったのだろうか。徹底した隠ぺい工作とあるから,そのようなものは廃棄したであろう。投書と状況証拠のみの有罪か。投書は告発とも密告ともなる。Wiki によれば,平光教授は,
日本国土を無差別爆撃し無辜の市民を殺害した敵国軍人が殺されるのは当然だと思った。ましてたった一人の倅をレイテ島で失った私にすれば、それが戦争であり自然のなりゆきだと信じていた。
と,書いている。メノナイトとかアーミッシュとは対極の考えである。死体遺棄について何も言及していない。家人の友人である合衆国の老婦人も今でも日本人の報復を恐れている。彼女はスカンジナビア系である。人権問題で対処を誤れば,徐々に合衆国の親日感情は薄まるだろう。MLB ワールドシリーズでも問題になったように,西海岸の反日は歴史的なものである。排日は公立小学校の日本人児童の就学拒否から始まった。西海岸は民主党支持が多いので親中と重なっている。将軍様を崇拝している在日の学校を排斥したら,それはかつての合衆国と同じではないか。別に,彼らは日本の公立小学校でマイノリティ教育を要求しているわけでもないじゃないか。小池にしろ松井は器量が小さい。

人権問題で我が国が反省を深めれば,国益国策に適うのだが,そうもいかない。反省とは悔い改めであり,道義宗教的なものである。天皇のお言葉にある「反省」が宗教的なものなのか,それともJR西日本の再教育にある反省なのか,私にはわからない。日光猿軍団の反省ザルからすると,後者なのだろうか。我々が普通に反省するとは,自発的な内省ではなく外的に触発される場合だろうか。靖国精神には内省が抜け落ちているようでならない。中国にハリポタの分霊箱と言われても致し方ない面もありそうだ。祀ると弔うは決定的に異なる。

参考
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