2017/11/10

ビットコインと悪貨

ビットコインの減価について,「最も確実な対応は、取引をしないこと」とある。悪化は良貨を駆逐するグレシャムの法則を思い出した。これに気づいていた一人にコペルニクスがいる。彼はカソリック聖職者であり,金融に携わっていた。当時の信用取引の中心は教会だった。合衆国の金融機関名に Trust があるのはその名残。ルターはユダヤ教徒を憎悪したらしいから,免罪符のみならず当時のバチカンを頂点とするカトリック教会の金融システムにも反発していたのかもしれない。

当時の西欧国家の経理担当は宮廷ユダヤ人だった。統治者(王侯)は地代として徴収した貨幣を商工業者への支払いに充てる。官吏騎士の俸禄にも貨幣が必要だ。バチカンのネットワークが諸国通貨の為替を可能にしていた。日本は宗教心による Trust がなくとも,藩札の流通が可能になった。領民が藩札を信用できなくなって,円の登場となる。

ノルマンジー公ウィリアムがイングランドを征服したのが 1066 年。王直轄領,司教領とも当時の地代(税金)は貨幣だった。日本が金納にかわるのは何と明治維新である。ゲルマン蛮族はローマ帝国と接触して貨幣の意味と使い方を覚えた。室町将軍は権威は天皇に依拠しながら,貨幣は中国製を使用していた。日本が自国通貨を発行するのは家康が最初である。中国との交易が管理貿易のため,貨幣経済の浸透が遅れたのだろうか。琉球も日本中国バタビアと交易したけど,内国はまったくといいほど貨幣は流通していなかった。

貨幣に対する感覚が資本主義化を促進するのだろう。孔子様は貨幣を嫌ったが,漢族は貨幣の価値を認め,華人経済圏が広がっている。インドルピー,日本円,合衆国ドルそしてユーロ。統制国家の中国元が世界の基軸通貨になる時代がやって来そうだ。資本主義が変質するのか,それとも新しい経済なのだろうか。

農民が貨幣を必要とするのは,都市がもたらす物産と交換するためである。日本の中世は職人が農村を訪問して物々交換だった。商業に貨幣は不可欠だ。統制社会にありながら,中国での電子商取引の普及進化は凄まじいらしい。日本の農本主義は民族的なものだろうか。ロシアの資本主義がいまひとつなのも民族性なのかもしれない。そういえば古代中国の中原は都市国家だったけど,日本ロシア琉球には都市国家は形成されなかったと思い出す。BC2 世紀の前漢に貨幣が流通していた。。。

豊かな華南の稲作文明は貨幣経済を産み出さなかった。

参考
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