2017/11/17

Java 開発環境確認

PCプログラムしようと思って,.NET 対応のライブラリ,API を探したら,Free なのはスペックがショボく,お試しにしか過ぎない。通常版の価格は10万円近い。私の開発しているソフト Slip21 はフリーなので,これは痛い。

仕方なく当該部分を .NET 環境の VB2010 によるプログラミングを諦めて,Java プログラミングを始めようと思う。IDE は Html 作成に使用している Eclipse  Luna Service Release 2 (4.4.2) を使う。Eclipse の Help はよくできていてチュートリアルが入っている。「インストール済みの JRE」を確認したら,Java6 Java7 Java8 が既に入っていた。JRE とは Java Run-time Environment の略だろうと思う。JSE も 1.6, 1.7, 1.8 がインストールされていた。
Note that both version numbers '1.7' and '7' are used to identify the release of the Java Platform Standard Edition. Version '7' is the product version, while '1.7' is the developer version and is also used for the compiler compliance level
次に Creating your first Java project の Getting the Sample Code (JUnit) ができない。

Java の利用に関して,「商用又は本番目的で商用機能を使用する場合、オラクルから別途ライセンスを取得する必要があります」とあるから,問題ないだろうと思う。


20年以上前に,配属された部署に大手通信メーカ研究所副所長から出向していた技師がおり,Java のインテグレータの資格を持っていた。Sun が主導していた頃だった。その Sun も DEC もダウンサイジングの波に呑み込まれ消えていった。その彼も人柄はとてもいいのだが到底,プログラミングをできるような方ではなかった。日本の管理職は実務ができない人が多い。人脈と遊泳術で上昇していく。大手企業のシステム管理者,特に金融関係は全く実務プログラムをした経験がないだろう。サーバのファイル構造すら知らないのではないか。恐らく  COBOL  の時代は違っていた。システムを IBM とか富士通に丸投げしたせいだろうか。その金融機関が API を公開するという。システム会社が協調して定めるのだろう。PCの酷かった OADG みたいにならなければいいが。日本の規格がなかなか世界標準にならないのは何故だろう。戦中,日本陸海軍は合衆国の 12.7 mm 航空機銃をコピーしたが,弾に陸海軍で互換性がなく,海軍は 13mm も別途採用した。。。ラバウルに陸軍機が進出したものの弾がない。一方ガダルカナルの米陸海軍は当然ながら弾は共通だった。戦場の補給混乱,工廠での量産効果を考えたら日本,とりわけ海軍はいかに狭量だったか。多分,意図的に海軍が陸軍との共通化を避けたのであろう。陸軍は陸海軍航空隊を併せた英独のような空軍独立を提案したからだ。

学生時代はプログラミングの才能がないとわかり製造業に転じたのだが,爺さんになって  Java を始める羽目になるとは思わなかった。ソフト開発の分野はドッグイヤーである。合衆国にアニメ映画製作会社のピクサーがある。元はジョージ ルーカスがジョブズらの出資を受けて立ち上げた企業だ。その頃のVR技術は草創期で,アニメータとかアーティストがプログラミングしながら作品をブラッシュアップしていった。何も彼らは情報工学の専攻でもなくプログラミングの経験は一切なかったそうだ。彼らはそのツールをエンジンと呼んでいる。

ピクサーは意識していないだろうが,何となく西欧工房の臭いがする。ルネサンスの工房である。王侯,市参事会,教会の依頼を受けて製作した。大砲も鋳造する。市とか王侯の催し物を請け負った。美的才能のある職人が絵師とか彫刻家になった。

一方,日本のジブリは手描きである。大量の中国人ペインタが関わる人海戦術だ。近代西欧が驚いたのは日本の浮世絵だった。木版印刷である。版権は出版元が持っている。絵師,彫師,摺師と分業だった。日本は分業制である。漫画産業は日本に向いていたのだろう。京都は高価な漢籍を輸入して,複製印刷して各地に売りさばいていた。

日本最初の著名絵師は雪舟だろうか。中国では職人の個性がなかなか認められず,呼称は「画工」であった。今でも画家の社会的地位は特に朝鮮では低いのではないか。K-POP の搾取が酷いのは Artist を評価する社会ではないからだろう。日本でも職人プログラマの社会的地位が低く,ピクサーのような会社はあり得ないけど,お笑いの又吉のように小説家とか画家はそれなりに評価される社会だから,朝鮮中国よりはましか。

日本海軍航空本部長は何ともまあ,「山本」以外航空機操縦の経験のある者は皆無に近い。これで,海軍の空軍化を進めても,実務経験がない。馬,自動車を乗りこなす米海軍。御者,専任運転手がつく日本海軍。私の所属していたある組織では部長以上には専用車と運転手付きだった。あきれてしまった。全て東大卒だった。本省から地方自治体とか税務署,警察署に出向すると,殆どが公用車がつく。お抱え運転手に暴言を吐いた東大卒の女代議士がいた。彼女は厚生労働省のキャリアだった。悪しき,日本陸海軍を想起した。陸士海兵を出て,少尉に任官すると従兵が付く。靴磨きと褌洗いが大切な仕事だ。陸士将校は歩兵銃の操作をしない。指揮刀を使う。海兵将校は航海士を除けば,兵器操作の実務はほとんどない。日報作成とかが主たる業務である。実務は全て下士がする。海軍の主兵となった航空機も複座機以上の操縦は下士であった。急降下爆撃隊と艦攻(魚雷)隊の隊長は操縦しないのだ。これも戦国期に騎兵隊がなかったせいだろう。一方,合衆国陸軍航空隊は隊長が自ら操縦して編隊を先導する。広島に原爆を投弾したエノラゲイの機長は爆撃兵団長でもあった。階級は大佐であった。日本陸海軍の航空隊では大佐の空中勤務はあり得ないし,操縦もできなかった(戦闘機隊を除く)。

関ケ原の戦いでは家康は輿にのって移動した。当時の西欧軍の考えからすると,騎乗しない王などあり得ない。ドラマでは薩摩の島津義弘が東軍の中を騎乗で突っ切ている想定になっている。実際は,銃槍混成の下馬戦闘だったと思われる。騎馬が得意なら,少数の供に護衛させて迂回してでも駆け抜けただろう。アレクサンドロス大王がエジプトペルシャ風の輿でもなく,戦車でもなく騎乗し騎兵を直率した。ペルシャ大王の騎兵はスキタイの傭兵であった。アレクサンドロスは軍事革命を起こしたのだ。

日本海軍航空の敗北も単に物量の違いだけではなかった。ミッドウェー海戦では日本海軍は4隻の空母甲板が被弾して火だるまになった。米艦爆機には偵察任務も課されていた。日本海軍は艦爆機は空飛ぶ弾としかとらえていなかった。索敵偵察は随伴する重巡搭載の水上機が担った。米海軍は急降下爆撃の運用を編み出し機材も開発した。空軍再建を目論んでいたドイツの目に留まった。スツーカの誕生である。私の指導教授は米軍機の話はしないけど,スツーカは印象深かったようだ。その当時,少年は3国軍事同盟に熱狂していたのであろう。アメリカ人と親しくなると,彼らはミッドウェー海戦における日本海軍艦攻機の魚雷換装の話を必ずといいほどしてくる。よほど,狼狽と杓子定規が印象深いのか。確かに,日米空母甲板には装甲がなく板材が敷き詰められていたので,陸用爆弾でも貫通する。しかし,緩降下爆撃で命中できるだろうか。当時はまだスキップ投弾はまだ知られていなかった。まあ,アメリカ人のツボなのだろう。長い長い戦史のなかで,空母戦を演じたのは日米両国のみである。巷間,伝えられるところによると,海自のヘリ空母が3隻の米空母に歓迎されたようだ。ヘリ空母といっても,ミッドウェー海戦の加賀くらいの排水量がある。当時の国力がいかに貧弱で海軍戦力整備に国費を蕩尽していたかわかる。当時の日本は国力20倍の合衆国に戦いを挑んだのだ。

田原総一朗が自称和製ベンチャキャピタリストに何故,日本にGoogle Microsoft が生れないのかと問いだしても,パネリストは誰も答えられなかった。根は深いのだ。Java を産み出すような文化背景が日本にはないようだ。推論ができるとされた第5世代計算機を経産省が目論んだけれど,お役人が描いてできるものではない。軍事国家経済のやり方が通用するのは鉄鋼くらいのものだろう。ホンダとかクロネコにしても官を敵にしても,成功したのは例外だ。Java 文化みたいなものを日本は産み出せるだろうか?とういえば楽天の三木谷が Java をやりたいみたいような事をいっていた。日本では数少ない例外の経営者だろう。

日本の力士関取は車の運転が禁じられている。戦国期の武将は馬を操るのではなく,口取り(轡取り)の雑兵に指示した。馬は従兵に従った。若い頃,課長に尋ねたら実務は知らないと言った。実務を知らない方がエライという風潮があった。しかもその部下の数は50人もいなかった。今思えば,会社組織とは日本軍と同じ構造だったのだと思い知った。

家人の知人の夫がスポーツ関係の外資系で働いている。その上司がキャンピングをした事がないとわかり,降格になったそうだ。野営の知識だけではなく,実際に設営の経験がないと Officer には論外とされたのであろう。上司 = Officer ではないところが実に興味深い。日本だと野営しただけで,キャンピングした事になるのが面白い。戦国期の合戦は殆どが出城からの日帰りである。日本陸軍参謀本部は設営の重要性をどこまで認識していたか。あれだけのキャンプ設営と陣地構築しながら,米海兵師団長バンデクリフトは実に悲観的だった。それに引き換え丸山師団長の楽天的な事。野営設営を重大視していなかったようだ。そんな事を真剣に心配していたらラバウルから 1000 km 離れて渡海諒承する筈がない。しかもそのラバウルも陸軍の補給ルートではなかった。下関>台湾>比島>ニューギニア>ガダルカナル が陸軍の補給ルートだった。昭和天皇が示唆したポートモレスビー攻略用の補給船をガダルカナルに転用してしまった。一介の参謀が独断できるのが恐ろしい。将軍のアホさ加減と参謀の独断専行は日本型組織の特徴だろう。

東電の第一原発が給電ケーブルがなくて途方にくれていたとき,東電の調達本部はケーブルを補給せず引き取りに来いと指示していた。ユニック付きトラックがないと運べない代物である。実務をしない東電原発がそんなトラック重機を装備しているはずもない。どうも日米組織は両極端にあるようだ。旧日本陸海軍を解体したように,東電は解体すべきだったと思う。米海軍は白人志願兵のみで第2次世界大戦を乗り切った。しかし,米海軍設営隊 Seebees は黒人志願兵を認めていた。日本海軍は設営隊に朝鮮人徴用工を使役した。兵ではなかった。黒人工兵と朝鮮人徴用工のどちらが良い仕事をするのは自明ではなかろうか。朝鮮有事では,政府は民間人の徴用を計画しているだろう。徴用任務をしないようにするには核武装が手っ取り早い。核兵器は意外と安価なのだ。だから世界に普及している。日韓基本条約で徴用工問題は解決済みのはずだが,日本には道義的責任がある。西欧的には religious と人権は一体化して暗黙知だ。これを否定するのはヒューマンではないとされる。暴発傾向のある朝鮮人は中国人より怖い。朝鮮有事は介入しない方が賢明だろう。

財界総理と称される経団連会長に日立出身が内定した。技術の日立として知られる。半導体研究者だった知人の話によると,仕事の進め方がお役所的で研究者の自殺者が多かった会社だそうだが,日立の研究者が自殺しなければならないほど追い詰められていたとは思えないような気がする。都市伝説か。中研には植物工場を提案していた研究者もいたなと思い出す。別の研究者によれば東京の大会社経営層,霞が関の高級官僚そして自民党代議士は皆お仲間なのだそうだ。それに在東京マスメディアも含まれるだろう。首相と加計およびテレビ会社社長は盆休みにゴルフをする関係である。戦前,翼賛体制になった時,近衛首相が取り込んだのが朝日新聞だった。用意したポストは情報局総裁だった。時は日中戦争の厭戦ムードが漂うなかで,戦地からの電送写真入りの新聞の発行部数はうなぎ上りで戦意高揚に不可欠だった。

その頃,合衆国西海岸では反日記事が溢れていた。イエロージャーナリズムと言われた。黄色はどうも日本人とは無関係のようだ。歴史的にアメリカ人は親日ではなく親中である。合衆国のマスメディアは現首相を国家主義者とみなしているが,国益にかなえばどうでもいい。いかに,自国産農産物,兵器およびガスを買ってくれるかだ。実にわかりやすい国家だが,一般のアメリカ人はいい印象を持っていない。社畜のように働いて自動車を生産しているが,過半のイメージだろうか。

そのトップにあるのが首相ではなく天皇(官僚)と理解しているのが驚きだ。単純なアメリカ人だが,話しているとハッとさせられる。確かに,首相に逆らえても天皇は無理だろう。さすがに,本国で王さまを追放したピューリタンの末裔ではある。アメリカ人からみると,天皇の微笑みは実に不気味らしい。

しかし,日本でも鎌倉期,地下(じげ)の北条氏が3人の上皇を京都から追放した政変があった。考えようによってはこれは革命ではないか。北条氏は征夷大将軍職だった源氏の子分に過ぎなかった。当時の御家人は御所警護を自弁でしなければならなかった。しかも大番役は地下の勤める賤職だった。当時の京都には由緒正しい立派な官僚機構があった。鎌倉には有力御家人の合議体くらいしかない。英語だとボードだろうか。当時の歴史書,承久記には北条政子の大演説の内容が記されている。上皇の発する倒幕院宣よりは,一介の先代将軍未亡人の言葉の力が勝った。上皇は治天の君かもしれないが,天皇を辞すると神格性を喪失したのか。

しかし,現人神を少年幼児が担うとはどういう事なのか。やはり,天皇制とはバルトの指摘したように権力の中枢は空っぽなのだろうか。日本国憲法の第1条は天皇である。憲法も皆がおかしいと思えば,紙切れである。紙幣と同じだ。

ピクサー制作のアニメに動物風刺がある。同じ服装をした社員(レミング)が会社に出勤する。レミングは集団自殺するネズミとして知られている。アメリカ人はアホなようでよく観察していると思う。
Zootopia.jpg 

戦前,陸海軍という軍事組織があった。日本軍は軍人ではなく役人が戦争を指揮していましたと米配給のミリタリ番組がコメントする。西欧では異質かもしれないが,歴史的に朝鮮シナでは官僚が軍隊を指揮した。いつの頃からだろうか。古代はどこの民族も神政一致だ。古代エジプトでは神官が軍事指導者になったわけでもなさそうだ。ファラオは神官と軍人を分けて統括していたようだ。日本書紀によれば,天智天武の頃には天皇は軍事指導者ではない。動員を発する官符を出すだけである。南朝鮮の支配権を巡って派兵したものの大王は朝鮮に渡海していない。秀吉による朝鮮役による出兵でも,彼は名護屋に留まっていた。武装集団のガス抜き説がある。とにかく,日本古代史に軍事指導者の影が薄い。壬申の乱にしてもかなり盛った記述なのではないか。そんなお国柄の日本が大東亜戦争を妄想した。どうもこれを企画したのは岸だという説を知った。のちほど紹介します。

参考

関連記事

コメント

非公開コメント