2018/06/22

VS2017 初体験と SQLite on WindowsXP

開発環境 Windows10 Home,VS2017
ターゲット WindowsXP Home,Platform .NET Framework 4

コンソール APP 動作検証
言語  C#
プロジェクト Windows Desktop Console APP

結果はOKだけれど,IDE が VB2010 の頃とは細部がかなり異なっていて 戸惑った。

SQLite APP 動作検証
言語  VB
プロジェクト Windows Desktop Form APP
結果
サンプルプログラムがターゲットで動作するには System.Data.SQLite.dll の他に SQLite.Interop.dll が必要だ。Entity のややこしい設定をせずに済んだ。SQLite.Interop.dll のおかげだろうか。ADO.NET の動作仕組みを理解せずともコーディングできそうだ。

VB2010 からのプロジェクト移行
VB2010 はプロジェクトおよびソリューションがエクスポートできる。VB3 から VB4 への移行はフォームデザイナをコピーするだけで済んだが,VB2010 になると不可になりプロジェクト全体をコピーしなければならなくなり,がっかりした。何かいい方法がないかと検索したら,ヘエーと思うような方法があった。その代わり,ソースはそのまま使うのでバックアップという意味合いはなくなり,簡単に元に戻せなくなった。

今回,はじめて同一ソリューション内に複数のプロジェクトを設定してみた。バージョン管理とプロジェクト管理を対応させていくつもりだ。

Eclipse が共有ファイルにアクセスできないという理由のためだけに結果的に1箇月間放置したあげく Visual Studio に戻った。Visual Studio Installer が用意しているツールをみると Android iOS IoT への展開を目指しているようだ。Eclipse の開発元は IBM だったし,合衆国の基幹産業はITなのだと実感させられる。90年代に購入した VB4 のデータベースリファレンスブックが厚さ 3cm もあり,めげてしまったけど,やっとDBに取りかかれるようになりそうだ。といっても,どうやって手をつけたらいいのかわからない。

米海兵用数学演習書
西欧には中世スコラ学で築いた知の体系があり,Book と本とでは異なる概念でもある。厚さに怯む事もなかったのかとも今では思う。ただし当時は必要性が余りなかったのも事実だった。日本のブッキング自動化は国鉄の MARS が嚆矢だろう。提唱者は戦中,東大航空研所属で戦後の GHQ 指令により鉄道技研に移籍した。東大に復学して自動設計を提唱していたが,内容がチンプンカンプンだった。データベースの Model の抽象化も全くわからない。

私の古臭いプログラムは構造体に溢れているけど,.NET Framework だと構造体が切り捨てられておらず助かる。しかし,プログラムの可変性を阻害しているのも事実だ。DB はこの拡張性がキモなのだろうと思う。それ故 Java には構造体がないのだろうか。

日本の教科書が全く使えない理由の一つにプアな索引がある。昔,NHK の放送番組を見ていたら,中国の経済学部学生は英語の分厚い大型テキストを使用していた。これでは日本経済は勝てないなとそのとき実感したものだ。圧巻は生化学のテキストだ。大判の分厚い英語版テキストは見ているだけで楽しい。合衆国のドラマを見ていたら,小学生の教科書も大判で分厚い。「知」に対する精神が日本と対極だろうと思う。

学生時代,アメリカンスクールの高校生に数学家庭教師のアルバイトをしていた。数学の高校教師から個人的に渡されたという自習書は米海兵学校の使い古された 分厚い微積分演習書だった。レベルは日本の中学校から始まり,実に広い応用範囲をカバーしていて幾何も含まれていた。こんな自習書を勉強して海軍士官として何の役に立つのか。しかも米軍の高級将官の学歴をみると,人文系ばかりである。合衆国中高の数学レベルが低いので,軍学校は基礎的な数学教育に力を入れるのだろうか。経済学も微積は必須だし,ORとか兵站は差分形式で記述するから,当たり前のような気もする。

日本海軍は日英同盟の時代,英国から対潜ORを学んだ筈なのだが,その成果は海兵教育あるいは海軍大学校で活かされる事はなかった。戦後,熱心にORを取り入れようとしたのが国鉄で,それに頑強に抵抗したのが国労動労だった。日本の海兵には,難しい数学の問題を解けないと入学できなかったのだが,数学を応用するという精神はなかったようだ。単に入校選抜のためのようだった。当時の最難関校は一高,陸士と海兵だった。三高(京大)は希望者が少なかったのか入試がなかった。父は進学したかったが,祖父が許さなかった。長兄は親に勧められても進学しなかったそうだ。変な序列があった。今でも,皇太子さまと秋篠宮さまとでは皇居を公式に出入りする門に差別があるそうだ。

ある組織に入ったら,正門を通れるのは入社式と退職の日だけとの説明を受けた。小中高と正門は使えなかったので何の疑問もなかった。大学だけが同じであった。防大生は通用門だけらしい。江戸城は多くの門があり,藩主の格式により登城する門が異なった。門と言えば,朝鮮光化門,中国天安門,ベルリン ブランデンブルグ門,パリ凱旋門だろうか。京都には巨大な門が建設されたけど,焼失すると再建されなかった。映画羅生門をみると,車馬が通るための構造物ではないとすぐわかる。江戸期,庶民に門構えの家はどんな豪商であろうと許されなかった。明治になると,やたら庶民が門塀を造り始め出した。門だけがあって塀のない家がある。アマゾン制作のドラマをみていたら,成金の日本人のところにアメリカ人の古物商が訪れると,使用人に表玄関から勝手口に回るように言われ,憤慨するシーンがあった。李朝時代の大通りは官僚が通ると,礼儀作法がやかましいので庶民は裏通りを通るようになった。明洞である。Google Earth で平壌をみると,通りは立派だが通行に寄与していると思えない。現代北鮮に李朝官僚制が息づいている。金日成正日父子の眠る巨大廟がある。東京にも大正昭和天皇の陵がある。日朝両国の権威主義は似通っている。改革開放と天安門事件を弾圧した鄧小平は散骨した。彼の廟はない。祖先崇拝の強い中国では珍しい。武家政権時代の傀儡だった天皇年代記を無視すれば,徳仁皇太子は5代目である。一方,北鮮は3代目の独裁者である。両国とも中華の革命思想が根付かなかった。また啓典の民の申命革命とも無縁であるのがよくわかる。北鮮なら特攻も玉砕も可能だろう。朝鮮戦争に参戦した PLA 人民解放軍兵士は投降するのが当たり前であった。PLA 兵士には自我があり,それが PLA の強さにもなり,自我のない日朝兵士は集団でないとその力を発揮できない。恐らく日朝の将軍は独断専行の決断ができないだろう。独断専行とは降伏である。将軍だけがその決定ができる。日本陸軍は皆無であった。恐らく陸自の将官も北鮮の将官もできないだろう。降伏決断は正恩だけだ。日本の場合,首相にその権能はない。内閣が決める。一人でも反対者がいたら,内閣不一致で降伏できない。イタリアは議会が独裁者を追放して降伏を決議した。日本の国会にこの種の権能を期待するのは無理だろうし,それだけの権威もない。中国との戦争は不可能である。

Financial Times が米朝関係緩和に最も弱い立場にある日本と伝えている。日本の軍官僚はどんな策謀を巡らしているのだろうか。恐らく戦前同様,内閣は何も知らないだろうと思う。国民を単なる徴用対象としかみない不遜な官僚達である。議会制度が機能していればと思うがなかなかそうならない。

藩主の子供でも次男以下は部屋住みで終わる。優秀だったりすると,小藩の婿養子となり実績を積むと幕閣に引き上げられた。昭和の政治家も無能な息子に継がせず,婿を迎え後継とした。大店の商家もそうだ。エジプトのファラオは男系継承ではなかったそうだ。ファラオの娘と結婚した有力者がファラオとなった。有力者とは神官とか軍人だったのだろうか。第二次世界大戦後にもなって,極東の日朝両国が古代エジプトよろしく巨大陵墓を築くのは実に興味深い事実である。

プログラミングの本は K&R のC言語以来,購入していない。久しぶりに取り出して読むと「構造体の昔からある例は,給料支払いレコードである」とあった。古代シュメール人が穀物の出し入れの記録に文字を発明して以来,記帳が文明の曙となった。貨幣を発明しその記帳も必要になった。国庫を預かる神官役人が不正をはたらくのは古今東西を問わない。西欧の議会はそのために発達したとも言えそうだ。国庫=権力の関係があるから,その権力に無数の利権がまとわりつく。

米海兵学校の演習書のサイズは大判の新書くらいだ。ポケットには入らないが,小さな雑のうに入る。空き時間にでも自習したのだろうか。日本軍に徴兵されたインテリが辛かったのは自由時間のない事だったそうだ。米空母くらいの規模になると,艦内に教育コースが設けられている。水兵から提督にまでなった人もいる。日本海軍は水兵からだと特務士官となり,最高位は大尉である。下卒に対する指揮権はない。学歴偏重は明治から昭和の間に起きた。そう言えば,高校で買わされた数研の問題集も小判だったと思い出す。

父は魚雷学校に入学させられたが,公式の丸暗記だったそうだ。ルートの値を筆算で素早く求められる。小学校しか教育を受けていないので,海軍が父にとり最高の数学教育だった。方程式も知っていた。

ルートもサインも学校教育で不評である。スマホの電卓にはルートすらない。関数電卓のアプリをインストールしなければならない。受験のためだけの数学教育をするくらいなら,他の教育をした方がいいだろうと思う。シリコングラフィックスとネットスケープを創業したジムクラークは米海軍通信兵出身だった。合衆国市民権と大学進学奨学金目当てに入隊する若者がいる。ドロップアウトした少年が海軍に入り,高卒資格を取り大学に入りスタンフォードの准教授になった。そして起業だ。日本ではあり得ない人生かなと思う。そう言えば,北海道農学校に赴任したクラーク先生が Boys, Be ambitious と言ったらしい。 

少年工科学校を出て防大,日商岩井に入りジュリアナを成功させた起業家がいたと思い出した。彼も少年時代,不遇だった。以前,私の子供が通っていた自由学校の同級生が少年工科学校を希望して,校長が説得し断念させたという話を聞き,いろんな意味でなるほどと思った。

GitHub 買収
GitHub が Microsoft に買収された。これまで GitHub のプログラムは使い方がわからず避けてきた。マネーに関して抜け目のない Microsoft だから普及するのかな。

参考
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