2018/08/24

Murahachi 築地塀と日米転居率にみる起業精神

門塀の歴史
田舎暮らしへの願望のひとつに広さがある。合衆国ではカウンティが乱開発を拒み,家の敷地が3エーカに達する。
以前、首都ワシントンから車で1時間弱の場所に一軒家を購入した米知人を訪ねたことがある。メリーランド州の郊外にある家に着いて、敷地の広さにまず驚いた。いくら郊外とはいえ、敷地が3エーカー(3672坪)もあったのだ。子供が3人おり、裏庭には手製の滑り台やプールが設えてあった。   
土地の広さについて質問すると、知人の答えにまた驚いた。 「自分でも少し広いと思ったんだが、この辺りは一軒の最低区画が3エーカーと決まっているんだ」それ以下では売られていないという。車で向かう途中、周辺の家屋がすべて大きな敷地であると気づいたが、法的な理由があったわけだ。地方自治体は宅地を切り刻んで戸建てを建てることを望んでおらず、人口が増え続ける米国では特に都市部で住宅の需要と供給のバランスが取れなくなっている。
これまで広さの単位の違いについて,何回か記している。西欧における単位の起源は1日の畜耕できる広さだった。日本は石高単位である。平安期,天皇の外戚となり権勢をふるった藤原道長邸の広さは2町歩であった。古代の1町は 1.2 ha であったから,その敷地は 150 m 四方となり,土で固めた築地塀で囲われていた。京都御所とか寺院の塀のはしりだろう。とりわけ門には格式序列があった。これが武家にも踏襲されて,門塀を禁止されていた江戸の庶民が明治以降やたらと塀を建築した。危険な公立小学校のブロック塀も歴史が深い。

合衆国ならフェンスだろう。東京23区内に移りすんだら,狭隘な民家がそれぞれ塀で囲われ,驚いた。庶民は武家の暮らしに憧れていたわけだ。中国の要人が居住する中南海も高い塀で囲われている。合衆国大統領の居住するホワイトハウスはフェンスである。塀が権力権威の象徴として,東アジアでは高いのだろうか。江沢民とか中国共産党の長老は引退しても,中南海に居住している。中国共産党の党綱領とその長老の暮らしぶりはそのギャップが大きい。ローマ教皇と貧しい信者の違いと同じだろう。

東アジア官僚制と所有権
古代の藤原一族は国司の重任を重ねて,その富を蓄積した。地方の脱税の見返りに賄賂を受け取っていた。日本の荘園制の発展と崩壊の本を読んでいるけど,なかなか読み進めない。権勢が頂点の頃は,赴任もせず代理人を任命し売官した。中国共産党と地方政府との関係は日本の古代と同じというか日本が中国の制度を模倣し,中国は古代の官僚制が現代でも続いている。

中国では都市への人口流入が続いている。農民工と称される人たちだ。地方の農民には社会保険制度がない。戸籍による差別が存在する。その解消を中国共産党は掲げたが,都市国家が誕生した商朝時代に遡る官僚制である。最初期の中国都市は支配層と書記(官僚)だけが居住し,後に商人が認められた。兵士,工人は城外であった。4千年続いた農民支配のための都市を止められるのだろうか。改革開放でも,土地の所有権はないようだ。当然,財産権の保証もない国だ。ローマ帝国では一応,市民に財産権はあった。

日本の農民が移動の自由を獲得したのは明治維新以降である。近代産業は実に多くの労働者を要したから,この施策は正解だった。農奴を土地に縛るのは封建制のキモである。古代の国司による収奪に耐えかねた公民は逃散,農地を有力層に寄進して脱税した。負担が重いのは軍役,土木工事だった。古代領主,国衙そして東大寺の領民支配を巡る争いの本を読んでいる。人口学によれば,増加率は小さくとも とにかく増えているから新規の農地は必要だった。共同体の入会地を開発領主が専横して開発した。畿内ではこの名主が後の武士に育っていったようだ。その広さはたった十数町歩であった。自ら武装したのだろう。その成員である婿,舅の姻族が重要な比重を占めていたそうだ。古代中国朝鮮の男系宗族社会と日本が分岐した契機だろう。しかし,何故日本がそのような社会を選択したかは記されていない。鎌倉期 関東は関西に遅れて畜耕に移行している。平安期 近江の古代領主は既に畜力犂耕であった。日本史は如何に農民を支配し,土地に縛りつけるかの歴史だった。中国のように農民が流民となって,反乱を起こしたり王朝交代は起きなかった。革命思想が根付かなかった。人事を尽くして天命は単なる言葉の仮託だった。

天命はなくとも,開発領主は所領の維持に生命をも賭けた。西欧の封建制のなかから後に近代産業が勃興する。その元はリスクを分散する Cooperation の意識とアイデアであった。都市から生まれた。日本の明治資本主義精神は幕末の豪農層が主体だったが,今では起業を志す主体が地方に もはやない。明治以降の中央集権の弊害だろう。合衆国では転居率が低下しつつあるとは言え,日本に比べると倍ほどでしかも起業が盛んだ。ITの巨大起業がいくつも育ったが,日本は皆無である。

ソフトバンクは単なる通信事業者であり,投資会社に衣替えしようとしている。一方,個人の財産権と移動が制限されている中国に巨大IT企業が勃興している。皮肉なものだ。この日米中の違いは何だろうか。資本過少ではない。日本は極度のカネ余りである。中国華北は世界に先がけ,「戸」が成立した地域である。西欧だと古代ギリシャのポリスが該当する。個人精神は都市においてのみ成立する。出る杭は打たれるムラ社会では起業はほぼ不可能だろう。IT産業に身を置いている夫の妻が集落移住に際して被った村八分の記述は本当だろう。何度も書いているけど,日本人に西欧におけるホスピタリティの精神は皆無である。排除の論理である。西欧の場合は排除に異端の烙印を押す。

ホリエモンが開発を進めているロケットの打ち上げに失敗した。彼は合衆国のイーロンマスクのビジネスモデルを真似ようとしているのだろう。どうも開発設計に携わっている人材は素人ばかりで,その分野での失敗の経験がないようだ。テレビを観ていたら,ホリエモンが「先が見えない」と言ったらしい。マスクにあるような攻撃性はない。ホリエモンのスタッフは何回も失敗した経験は他の分野でも肥やしになるだろう。ホリエモンもマスクもプログラマ出身である。プロジェクト管理は恐らく秀でているだろう。しかし,ホリエモンは大学の実教育をほとんど体験していないのではないか。経験していても東大の座学である。マクロンは西欧大学教育を履修している。座学だけではなく,実験実習も履修しただろう。IT産業はコンピュータの物を取り扱えれば,実験の経験は皆無でも何ら支障がないけど,ロケットとか電池自動車の製造となるとそうもいかない。

ムラ社会は変えようはないけど,大学改革なら日本でもできるだろう。どうすればいいか。簡単である。どうにもならない教授を追放して,お雇い外人を招聘すればいい。実際,東大は外国人教員および学生の割合を増やそうと目標値まで掲げて改革しようとしているが,なかなか進捗しない。理由は簡単だ。既得権と優秀な教授学生は世界で取り合いになっているからだ。中国は合衆国に流出した頭脳を呼び戻そうと必死である。中国の改革開放で東工大にいた多くの中国人学生はいつの間にかいなくなった。日本の大学は中国より魅力がないので理解できる。阪大は教職員に年号を強要する。

それでも,眞子さま佳子さまの進学された基督教大のような教員が多くいれば,学生は集まる。文科省の筋書きに沿った,文部官僚が理事として天下る大学間の競争はダメであろう。そう思えば,国立大学法人の改革自体も期待薄か。明治以来,文部官僚は日本に何の貢献をしたのだろう。皇民教育と識字率だけとは実に寂しい。やはり教育改革は少なくとも1世代を有する。

韓国蔚山の自殺率
ロイタが蔚山の上半期の自殺者が 182 人と伝えている。Wiki によれば蔚山の人口は 114 万人だ。単純に 182 人を倍として自殺率(10万人当たりの自殺者数)を求めてみると,31.9 になる。韓国の自殺率は 2016 年 25.6 だったので,平均より高い。やはり現代重工業の不振と関係があるのだろうか。蔚山は朝鮮役で激戦地となった要衝だった。韓国は購買力平価 PPP だと直,日本を凌駕する国家だけど,その繁栄は財閥と官僚が担っているようだ。財閥と官僚が栄え,民が貧窮する。民選大統領でも,どうにもならないのだろうか。

韓国の老人貧困率は異常である。年金がプアなのだろう。弱者を犠牲にして,上からの国家建設に邁進したのか。ある意味,悲しい国だ。日本だと,収奪の歴史は大和朝廷が覇権を握った奈良朝からだ。それが鎌倉期の東国武士政権が始まり 800 年の長きにわたる地方の時代が続き,結果的に日本文化が花咲き,朝鮮文化のような中国亜流にならなかった。訪日外国人が関心を示す日本文化は大体室町期に確立した。官主導の明治 150 年は考えようによっては朝鮮化の時代でもあった。

参考
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