2018/08/31

不自然な地価値上がりと財産権の歴史

下図は私が居住する守山市を中心とする人口増加率の分布図だ。
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隣接する野洲は0%だ。大阪市中央部の増加率は突出しているが,隣接する区に増加率が負の複数区ある。これが現実だろう。地価は路線価が支配的で,このような現象になるのだろうか。大阪中心部は東京より地下鉄が発達しているから,そうとも言えないだろう。武蔵小杉は人口が急増して,JRが駅のホームを増設すると言う。駅員が乗客を押し込んでいる。このような乗車率は日本とインドのほかにどこがあるだろうか。東京の交通インフラは西欧大都市のレベルに達する前に自壊するかもしれない。これは過密化の負の側面だ。過密化を交通システムが支えきれないのだ。中南米と同様 日本に馬車文化が芽生えなかったせいもあるだろうと思う。

地震伝播速度分布
高槻に地震が起きた。地盤が気になり検索したら,思った通り私の住んでいる場所は地盤が軟弱で下図に示すようにオレンジ色である。地震速度の増幅率は倍である。運動エネルギは速度の2乗で効いてくるから,伝達される破壊エネルギは4倍になる。所属した組織に大型の2次元加振器があり,3G の加速度を与えると,15kg程度の装置のスポット溶接が吹っ飛んだ恐怖を思い出す。
Ground.png 
働き盛りに自然災害に遭遇しても再起できるが,高齢者は難しい。転居するなら無用なハザードを避けて,地盤のマシな所だろう。首都が奈良京都の時代は黄色もしくは緑の地盤だったが,今の首都はオレンジだ。新しい高層建築は大地震が来ても倒壊しないが,配管は破壊されるだろう。建築余命は短くなり,資産評価は下がる。事故車みたいなものだ。もう水田稲作の産み出す GDP は高がしれているのに,日本人は昔の湿地デルタ地帯にしがみついたままだ。

米英の成功した経済人とか政治家はリタイアすると,大都市から離れて田舎に住む。戦後の日本の首相でも,岸は御殿場,吉田は大磯だった。明治時代の近江の豪商は成功すると,地元に隠遁して立派な作庭をしたりしたが,戦後のワコールとかになると京都に住んだままだった。現代の成金は東京に居住したままだ。というか,リタイアしない時代になったのだろう。江戸幕府を開府した家康は将軍職を秀忠に譲ると駿府に戻ったが,将軍はお飾りになり後世の将軍は終生,職にとどまり引退はなくなった。現天皇が生前にリタイアするのは驚きだけど,院政期では当たり前だった。天皇は今も昔も国家権力の象徴である。

今後人口が急減するのに,日本全体の地価総額増加率がマイナスからゼロに転じた。アベノミクスで溢れた資金が不動産投資に回っているのだろうと思う。戦後 1950 年,国富の 45% が土地だった。土地総額の対 GDP 比は 2.62 倍だった。高度成長,バブル,デフレになっても その割合は諸外国に比べ突出して高く余り変わらない。1977 年の日米を比較すると,

合衆国 12.5% 0.98
日本    25%   2.32

今なお,土地価格が経済とりわけ金融を支えている。個人が融資を受けるとしたら,担保はやはり不動産である。日本と同じような指標を示す国はフランスと豪州である。パリ市内の家賃の価格統制が撤廃されて,家賃が高騰している。

特異な西欧封建制
今,伊賀黒田荘の歴史を読み進めている。ようやく武士の台頭まで来た。古代から中世の終わりまで 1000 年に及ぶ土地紛争史の年表が載せてある。著者は西欧ローマ帝国およびゲルマン族の土地所有権との類似点に言及している。西欧の中世は世界史の中で独特である。封建制は西欧と日本くらいとの説がある。近代の発生起源を中世に求める考え方だ。本書はその立場だ。中国の宗族と日本の開発領主を対比している。中国の宗族は余りにも古く,早くに変容したようだ。
中国については,与那覇さんが清の制度を郡県制、宗族結合でくくって説明しようとしているが、現段階の中国研究では単純すぎる。Nomad originの清王朝が、なぜ、分割相続で細分化され複雑な土地所有権と地代徴収を強制できたか。これは農民30万人につき一人しか、科挙をパスした知県がいない郡県制では説明できません。
清代には宗族は疑似的なもので,ギルドに相当する塩商とか運輸が発達していた。ただ西欧における職工ギルドはなかったようだ。職人は隷属民どころか,奴婢に等しい存在だった。日本では室町期には各種の技能集団が発生していた。やがて,戦国大名は金堀,土木,石工集団を取り込んでいった。当時は「衆」と呼称されていたようだ。中国では宋代,製鉄の原料は木炭ではなく石炭であり,鉄鉱石産地とネットワークが形成されて製鉄は一大国営独占事業だった。西欧を凌駕する製鉄技術ながら,その主体は隷属民,奴隷だった。日本でも奈良期に製鉄を担う職能民は隷属民どころか,奴婢の地位まで低下していた。2世紀の近江には鍛鉄のセンタがあったが,弥生期になると忽然と消滅する。ヤマト政権が製鉄を牛耳ったのだろうか。

これは古代ギリシャでも同様である。世界史のなかで西欧の職工だけが地位を向上させ,都市の参事会会員にまでなった。有名なのはフッガー家だろうか。英国では時計師の身分が上昇し,貴族の称号を得てアカデミー会員にまでなっている。日本で官位のある貴族の刀工,石工,鉄砲鍛冶師とか考えられるだろか。現在でも技術者が経営者を兼ねるのは中小企業を除けば,極めて少ない。JAL の経営を立て直した稲盛が後継者にパイロット出身者を指名したのは例外だろう。大前研一がサムスンの研究所を見学して,研究者は奴隷のようだと評している。恐らく韓国の職工の社会的地位は極めて低いだろう。橋や百貨店が崩壊したり,沈没するフェリー船長が乗客より退船したりするのもその反映だろう。日本海軍でもミッドウェー海戦およびガダルカナル海戦では空母戦艦艦長(大佐)が水兵より先に退艦している。その後,軍令部は大型艦の艦長の退艦を禁止した。結果的に大型艦は沈没を恐れて,出動機会が減少した。給油艦が沈んで,随伴する駆逐艦への給油が窮屈になったせいもある。

さて日本の古代の開発領主が姻族を通じて中世へと発展したとすると,女にも家産の相続権がないと成り立たない。これから読み進めると明らかになるのだろうか。一夫多妻制を採っていた古代ユダヤ族は,キリスト教社会の下で中世になると一夫多妻を禁止した。
一夫多妻、多産、教徒内での婚姻を維持してきたユダヤ教ですが、11世紀に入ると宗教指導者により一夫多妻への禁止令が出され、以降(表向きは)一対婚制度となります。これは、キリスト教圏の国々で暮らすユダヤ教徒達が、キリスト教に基づいた立法制度に抗うことが出来なくなってきたからでしょう。
私らの学んだ西欧の歴史は王家の断絶に伴う,王権争奪の歴史であった。フランス王の家臣であるノルマン公がイングランド王の継承を主張して,イングランド征服に至りロンドンで戴冠した。エリザベス1世の映画をみると,百年戦争は はるか昔なのに King of France を名乗って戴冠していた。英王がフランス王権を主張しなくなったのはいつだろうか。フランス革命以降か。ドイツ台頭の頃か。英仏協商は 1904 年であった。西欧の法体系はローマ帝国に由来するローマ法とゲルマン族の慣習法がからみ合って複雑なものである。英国はデーン人が持ち込んだコモンローを誇りとして,いまだに成文憲法を有しない民主主義国家である。日本のように成文憲法があっても,自衛隊と恣意的に行政権を行使する官僚,行政文章を改ざんするのをみれば大して意味がない。

古代ローマ市民は移動の自由および裁判を受ける権利を有していたけれども,財産権の保証はか細いものだった。一方ゲルマン族の族長は戦士の推戴を受けて選ばれていた。この当時は農民=戦士であり武装農民であった。後に王権が伸張して,家臣が形成されて騎士身分に落ちても,有力諸侯は残っていた。中世のただなか 1215 年 the Great Charter of the Liberties は発布された。ここに財産権の基本が確立した。と言っても,英王は諸侯の財産を謀反のくわだてと称したりして召し上げるのは普通だった。権利の章典が 1689 年である。名称はシンプルに The Bill of Rights だ。原意にたいそうな章典の意味合いは全くない。財産権の不可侵が西欧の近代産業革命そして資本主義への道を開いた。中国には産業革命に至る技術要素は満たしていたのに,資本主義は勃興しなかった。私権の制限された現代中国の改革開放政策で資本主義が花咲いた。この背景に個の確立があると思う。どうも殷代に,もう「戸」が成立していた。耕作地を9等分しそれぞれ8戸が耕作し,中央の 1/9 の収量が税に当てられた。文字「田」の由来である。

日本のように開発領主が台頭して,諸侯が覇を競うような時代は周代に終わった。秦代以降は皇帝と官僚による中央集権王朝が中国を統治した。地主はあっても,領主はいなくなった。官僚は大地主でもあった。

運輸業者とかの職能集団が疑似宗族として,機能していたのだろうか。元朝のアラビア官僚は保有する金を元手に兌換紙幣の発行を思いついた。世界初の紙幣である。鉄と塩の専売は清朝まで続いた。中国共産党は農地解放を目玉に農民の支持を拡大し,結果的に農地は人民公社という国が接収した。華北の均田制が復活したようなものだ。大躍進運動,文化大革命運動も上手くいかず,市場開放を選択した。人民(農民)の反乱がこわく,共産党は5種類の警察機構を競わせて統治している。官僚は相互監視しながらも,腐敗官僚は後を絶たない。立身出世を遂げた官僚は一族の利権を拡大しなければならない責務があるようだ。江沢民は石油,李鵬一族は電力閥となっている。党中央に確固たる背景がないと,特権の侵害は簡単に起こるようだ。中国共産党のパワーゲームは平安貴族を思い起こせば なるほどと思う。

一方,合衆国に信仰の自由を求めて大西洋を渡ったピューリタンは元来,商工業者で農民ではなかった。過激な輩は王権を否定するまで至った結果,欧州を流浪しても信教の自由はどこにもなかった。ロシアへ逃れ皇帝の庇護を受けたり,そして新世界へと逃れた。南米,現在のブラジルに最初のアジールが形成された。ユダヤ人とピューリタンの入植の方がカトリック司祭より早いとは考えさせられる。独立農民としてのコミュニティの自治を維持するには大地主制の南米よりは北米へとさらに移動した。
自分の家を所有するという形での財産形成は、建国以来、常に米国の夢だった。民主党も共和党も、国民が自宅を購入しやすくなるような政府の措置を通じて、その夢を育み、かつ支援してきた。米国では、所有財産を土台として、その上に豊かな中産階級から成る民主的な社会が構築されてきたのである。
福音書は清貧の教えとも言えるが,この精神が神の家(教会)を否定して,会衆から資本主義に転化するのは何とも異様である。今ではウェーバのプロテスタント資本主義精神論はまったく流行らないらしい。世界ではじめて個人主義を産み出した中華圏とピューリタンの末裔がともに革命思想を内包しているのは何の因縁だろうか。中国は天命,合衆国は申命革命である。日本は東アジアに属しながら,自ら中国の文物を取捨選択してきたが,革命思想,牛馬の去勢,宦官,馬車を受け入れなかった。合衆国は地方分権,中国は徹頭徹尾 中央集権である。日本は奈良平安および明治以降の中央集権と鎌倉室町江戸期の武家政権が地方分権である。現代の富は東京一極集中となり,もう富が地方に分散される事はないのではないか。日本の政経は官僚が統治する中国スタイルになる。カジノ法は 300 の政令から成る。政令は官僚が執行するから,日本国は官僚による統治システムであるのは自明ではなかろうか。カジノ利権の争奪に小池都知事が慎重に検討すると言ったのは賢明だ。横浜も立候補していなかった。何処になるか事前に官僚は決めているのだろうけど,当該自治体は附帯施設道路とかの多額の投資を迫られ,財政は悪化するだろう。大阪だと悪化すれば市営地下鉄を売りに出せばいいけど,北海道と和歌山だと売れる事業体があるのだろうか。債務保証は政府なのかな。第三セクタ方式だろうけど,道府県はいかほど債券を起債するのだろうか。結局のところ元本は国債か,かつて南海バブルでは政府発行証券を国民に売り捌いた。それでも戦時国債よりはマシだ。

日本が米中に遅れをとるようになったのは,イノベーションが個人に依存する知識産業に移行してきたせいもあるような気がする。集団主義と共生では乗り切れないかもしれない。ムラハチの閉鎖性も知識の交流を妨げる。中国の市場開放により,製鉄が自由競争になったのは漢代以降,初めてではなかろうか。チベットまで鉄路を敷設するまでになった。EU中国間の鉄道運送は補助金がないと,継続できない赤字である。EUが中国のダンピングを認定すれば,WTOのアンチダンピング条項により関税を課すのはOKである。

北極海の海氷面積
今年の北半球の熱波は日本に酷暑をもたらしている。北極海はどうなっているのだろう。予測だと昨年と同様のようだ。
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平安期に発生した,開発領主による入会地開発はいつ頃,終焉したのだろうか。開発領主は武士化して後に悪党と呼称された。これは東大寺等の旧体制側の呼称である。悪党が信長秀吉および徳川幕府による検地で結果的に幕藩体制に組み込まれていったが,領民に対する課税と裁判の検断は領主(殿様)に帰属した。日本の支配層は中国支配層(官僚)には見られない異国趣味があった。蘭癖大名である。水戸史学の申し子の慶喜ですら,西欧の政治機構をまねて連合政権(議会)を模索した。

明治になると,西欧の侵略に対してナショナリズムが高揚して,大アジア主義が生れるが偏狭な国粋主義に変容してしまった。その典型は犬養である。シベリア出兵は当初,合衆国の要請だった。犬養は対支21箇条の要求の取り下げはできないと,中国人に述べている。当然,合衆国は反対していた。日本が米中を敵とした分岐点である。鉱山採掘権,関税権,鉄道敷設権,交易港管理権を要求した。日本が列強による不平等条約に苦しんだのに,それをシナに要求した。

大国は理不尽な要求をするものである。衛星国の政権転覆は当たり前である。宗主国のように当該政権を嫌悪を示すだけで,クーデータ政変を誘発できる。韓国台湾香港の宗主国は合衆国である。これらの通貨はドルにリンクしている。今,東アジアで米ドルと元がせめぎ合っている。米中貿易戦争は実は通貨戦争なのだ。電子決済が普及するなかでどちらが覇権を握るだろうか。これまでは経済力(通貨)の弱い国々が軍事力頼みにしてきたが,どうなっていくか。英国香港のようにユーロポンド,香港ドル元併用の国々がどうなるかを見極めれば資産をどう守るかも,おのずから見えてくるかもしれない。さいわいにして円は国際通貨である。Bloomberg 日本版外国為替には東アジア通貨は円のみである。元,ウォン,香港ドル台湾ドルの一覧はない。豪ドルとニュージランドドルはカナダドルと同様に合衆国が安全保障し,非核保有国だ。これらは合衆国の衛星国である。安全保障は日本同様,合衆国の軍事力がなければ存立しえない国々だが,仮想敵国はインドネシアくらいで,インドネシアの海軍力は無視できるレベルだ。しかも TPP11 加盟国である。金持ち喧嘩せずの言葉にあるように,日本は中国韓国北朝鮮の挑発に乗るのは不味いだろう。韓国の PPP(購買力平価一人当たり GDP) は直に日本を凌駕するけど,それでも日本を仮想敵とするだろうか。

トランプの乱暴ぶりが逆に冴えないと思われていた TPP11 に参加表明する有力国が増えたのは皮肉である。日本はかつての英国のように TPP11 の黒子に徹して,東アジアに関与できるかもしれない。その要は ASEANとりわけ親日のタイである。

対中切り札は人権問題というよりは財産権の保証である。中国富裕層の資産は合衆国に向かっている。一族の賢い子弟を高額学費の合衆国有力大学に留学させて,アジール化している。合衆国は学生の親族にビザを発給するからだ。日本もかつて孫文,周恩来そして蒋介石のアジールになっていた時代があった。訪日中国人が観光客とは残念であるが,韓国の立場よりはましか。宗族が希薄になってきたとはいえ,華僑社会では隠然たるものがある。何とかこれら中国人学生をまた呼び戻せないものだろうか。とりあえず,阪大庶務のような地方役人による和暦強要は辞めるべきだろう。オランダスイスは英仏独の高等難民(ユダヤ教徒,ピューリタンユグノー)によって国富を倍加させた。偏狭な国粋精神は慎まなければならないが,神国日本では戦前の国粋国家に戻るのは仕方のない事だ。トランプ政権が中国資本および中国人を排斥すれば,日本が有利になる側面もある。トランプ再選も まんざらでもない。

憲法改正に際して,日本は初めて国民投票を実施する。安倍首相の危惧は,前回の国政選挙のように立憲民主の風が吹く事だろう。新天皇即位のタイミングと靖国神社を正面に論戦すれば,護憲勢力に大した風は吹かないのではないか。平成天皇は行幸に際し,行く先々の神社参拝をしたのに頑なに靖国への参拝を拒んだ。徳仁天皇の靖国参拝がターニングポイントだ。北鮮がミサイルを撃ってくれれば追い風なのだが,米朝の和解が間近い。この機会を逃したら,次の代替りはいつになるのか見当もつかない。

米海軍が真珠湾に眠る戦艦アリゾナ祈念館の腐食度合いを調べる潜水調査をリムパック参加海軍に呼びかけた。日本は招待国でも,当然ながら海自は含まれない。広島の原爆ドームを米空軍が調査するようなものだからだ。アリゾナの腐食は以前から,分かっている事だ。この時期は,日本と中国に対するメッセージと解した方がいいだろう。合衆国は今年,中国海軍を招待しなかった。米海軍(トランプ政権)はなかなかの曲者だ。重要なニュースだけど,NHKなどの主要メディアは沈黙したままだ。政府を忖度するだけでなく,媚びを売るメディアは困ったものだ。合衆国は自由を担保する太平洋の守護者として,リムパック諸国に対するメッセージだ。日中両国への牽制を意図している側面もあるだろうか。ナショナリスト安倍への謎かけでもある。安倍首相が靖国参拝して,憲法改正の国民投票に踏み切れれば大したものだが。彼にそれだけの気概があるだろうか。その前に合衆国から不都合な情報をリークされて,追放される可能性が高いのではないか。家人が言うには,合衆国は日本の首相を選べないけど,辞めさせられるそうだ。CIA の諜報網が政治家官僚にとどまらず,新聞TV局そして雑誌社にも及んでいるのではないか。冷戦期,Newsweek 東京支社が CIA の拠点だった。メディアは権力の監視が使命なのに,あろうか主筆を務めた緒方竹虎は戦後,政党の総裁にまでなった。マードックルパートが労働党とか保守党首になるようなものだ。新聞記者を経験した日本の著名政治家が幾人もいるのに,合衆国では皆無に近い。記者は人々に胡散臭い職業と見られ,指導者とは認め難いのだろう。新聞記者出身の知事とか市長に選ぶ県民市民の判断を疑う。ドイツのナチスは実にうさん臭く支持率のため広報宣伝を重要視した結果,党首は辞任して演説の巧みなヒトラを指導者に選んだ。日本の現首相も演説が得意だが,実際のところ何を伝えたいのかよくわからない。彼はサンケイによると,「改正のハードルは高いので、慎重な案で臨まなければならない」と述べたそうだ。改憲を諦めたようだ。国会の 2/3 の議席を占める与党なのに不思議だ。逆に公明党の支持がないと,国政がままならない事実を露にしているとも言えそうだ。維新は自民の金魚のうんこ程度なのか。大阪に合衆国資本の USJ の他にカジノ誘致を進めている松井知事だ。大阪はカジノ関連にどれだけ投資するのだろうか。その前に官僚が牛耳る 300 本の政令をパスしなければならない。官僚は政治家に弱いから,松井がどれだけ自民党有力者に働きかけられるか。政治家への政治的見返りと金銭的キックバックの方法を考えなければならない。官僚は自ら協会とかを設立して,理事として天下るから大阪は手を汚す必要もなかろう。軍資金は風俗関連だろうか。橋下が風俗業界の顧問弁護士だったのも役立つだろう。私なりに考えた。カジノ資本が府市の出入り事業者に多額の手付金コミッションを支払う。府および市が設立した第三セクタが資金窓口になり,セクタが政治家からみの企業体に業務請負わせる。企業体は政治家にいろいろ便宜を図る。素人が考えると,そんなところだろうか。今なら,オフショアの金融を介せば,金の還流はどうもないのかもしれない。カジノ事業は合衆国利権なので CIA に監視されたとしても,制裁対象とはならないだろう。幕末の頃,ハリス駐日大使は合衆国は英仏と異なりアヘンを売買しないと幕閣を安心させ,条約を締結した。

日本はギャンブル大国である。市の中心街に賭場(パチンコホール)があるのは日本くらいだろう。以前,ドイツの映画人が日本の都市の喧噪をパチンコを中心に撮影した。その編集をみると,西欧人って,こんな感覚で賭場をみるのだと妙に納得させられた。テーマは孤独な没個性の日本人だ。アヘンもギャンブルも脳内快感物質を放出させる。アメリカは確かに英仏のようにアヘンは売らなかったが,賭博を勧める。英国はアヘン戦争に勝利すると,販売の自由化によりアヘン窟が至る所に建設された。マンダリン(中国官僚)のアヘン吸引は当たり前になった。日本の公務員もカジノ漬けになるのだろうか。パチンコ公営ギャンブルもあるし,悪癖という罪の意識は皆無だろう。

アメリカ人が国と言うとき,My Country と呼ぶ。日本語だと田舎である。元来都市は悪という考えがピューリタンにはある。その代表格は New York City である。Gotham.jpg 
実際犯罪都市であるし,Wall Street は金の亡者である。そんなアメコミを実写化したドラマに Gotham がある。Make Gotham Safe Again はトランプ共和党へのパロディだ。Fox は右翼チャンネルだ。トランプは New York 出身で かつてカジノのオーナだった。このドラマの悪人は実に魅力的だ。市長は簡単に殺人を犯す。政敵を簡単に粛清する中国共産党幹部みたいな感じだろうか。

日本にもこんな感じの指導者がいた。信長である。彼は門徒さらに伝統的延暦寺らの仏門から仏敵とされていた。作中の20世紀初頭のファッションは素晴らしく,無粋な野球帽ジーンズもない。ブラウン管TVと携帯電話がある設定だ。女も楽しめる悪徳番組に仕上がっている。

カジノ法案の所管大臣が総務省ではなく,創価学会の担当する国土交通大臣なのは皮肉である。野球賭博はダメでサッカーはOKだ。これも合衆国の影響だろう。パチンコは斜陽産業とは言え,巨大市場である。日本各地の遊園地は TDL と USJ が吸い取ったように,カジノはパチンコに勝てるだろうか。首都圏の貧困層が新幹線に乗って大阪までカジノに来るだろうか。

私の母は祖父の事を多く語らなかった。小作農の祖父は農閑期の冬は花札賭博に打ち込んでいたようだ。パチンコあるいは公営ギャンブルにのめり込む層は貧困層が多いのではないか。富裕層がパチンコ趣味はレアであるような気がする。関東では放映されない右翼番組がゴルフは消えてなくなるかのお題があった。この番組を見ていて,少し不満があった。賭けゴルフについて一切,言及がなかったからだ。ハンディは元来,賭けのためだろう。面白いのは年に10箇所程度ゴルフ場が倒産し,太陽発電に衣替えしているそうだ。北海道の倒産ゴルフ場は中国人が買っているそうだ。ゴルフ会員権は財産である。かつての会員権価格でゴルフ場全体が買えると司会者が強調していた。昭和天皇はゴルフがお好きのようだったが,ゴルフをする写真を公開するようにはならなかった。ゴルフが衰退したのは接待ゴルフがなくなったからとの説明があった。接待の対象は何も言わないが,お役人と政治家である。全編くまなくみているわけではないのだが,Gotham City の市長がゴルフをするシーンが出てこない。ゴルフ好きの首相と言えば,私の世代では田中角栄だった。反田中の青嵐会に属していた石原慎太郎も好きで,ゴルフ場で田中と出くわした場面を面白おかしく書いていた。当事者が没後だと,反論しようがないので何とも判断できないが。田中は日中平和条約を締結し,石原は徹頭徹尾反中国だった。彼は都知事引退後も多くの著作を書いているが,魚河岸問題では漢字も忘れたと言いのけて失笑を誘った。実に狡猾な老人になった。金権政治,田中金脈とマスメディアから袋だたきにあった。両者の違いは何だろう。合衆国を軸に考えたらわかりやすいのではなかろうか。石原が首相にならず良かったと思う。

合衆国の偉大な大統領は意外とゴルフのイメージが少ない。安倍首相=ゴルフだろう。誰と会食しゴルフをするのかが政治である。安倍首相は戦後歴代記録を塗り替えるどころか,戦前の帝国議会記録をも抜くらしい。でも年数に換算したら8年弱である。合衆国大統領は再選されたら8年だから,どうって事もないのか。長期政権の事由は自民党の派閥政治がなくなったせいだろう。首相は公明党関係者と余りゴルフしないようだ。検索にピックアップされたのは北側一雄だけである。意外であった。公明党の支持母体の創価学会は戦前,公安に弾圧され法難の歴史がある。自民維新の日本会議の精神とは相容れない側面があるのだろう。これを突破するには皇族の靖国参拝が不可欠なのかもしれない。右翼番組は天皇の勅使派遣を強調していたが,行幸に際して先々の大社参拝を欠かさない天皇陛下である。昭和天皇の最後の靖国参拝は 1975 年だそうだ。参拝されるとしたら,有事だろうか。国家鎮護は仏教が長い間,担ってきたがその任を靖国が担う事はなかった。大平洋戦争末期,昭和天皇が戦勝祈願したのは靖国ではなく熱田神宮であった。まあ陸海軍にさほど信を置いていなかったの証にもなるが。父が駆逐艦水兵として戦地に赴く際,艦長を中心とした靖国参拝記念写真を見せられた事があった。戦艦大和のプラモを組み立ててくれた頃だった。何の感慨も言わなかった。自宅には神棚があり,地元神社のお札が供えられていた。神社への寄付が欠かさなかった父だが,靖国に献金する事はなかったようだ。祝日には国旗も掲げていたが,昭和天皇を賛美する言葉は一言も発しなかった。

明治 150 年,安倍首相は国技館で国民に背を向けて陛下に正対して天皇陛下万歳を唱和する。ローマ教皇は信者に正対してミサを執り行う。その間に政治家はいない。英国首相が国民を背にして国王陛下万歳はない。この違いは大きい。天皇は現人神であらせられる。合衆国はその辺の機徴はよくわかっていて,憲法第1条は天皇である。西欧の画家が描いた古代イスラエル神殿でのダビデソロモン王の祭儀の様子が国家神道形式と同じである。合衆国は国家神道を古代宗教とみなしていたと分かる。合衆国の民主主義とキリスト教は不可分である。その象徴が大統領宣誓式の牧師と聖書である。宣誓後のスピーチは人民 People に語られる。その演説を日本の全キー局が生中継する。日本人には合衆国の民主主義に憧れがある。合衆国の最大ブランドは民主主義である。

合衆国の不謹慎TVアニメの主人公が「民主主義売ります」のTシャツを着ていた。

参考
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