2018/09/14

交換比と教室エアコン

交換比
アメリカ人は親しくなると,日本人と知りフィリッピンの植民地化の話をし始める。当時は航空兵器のない時代だ。アメリカ兵一人が殺されると,報復として交換比を宣言して現地民の虐殺を繰り返したそうだ。合衆国は交換比 Kill Ratio を極端に重要視する国と知った。ナチスドイツも交換比を定めて民間人を処刑した。日本は軍令がいい加減で,現場が適当に殺戮していた。ユーラシアを支配したモンゴルは官吏が一人殺害されると,オアシスの住民を全て殺戮したと伝えられる。

旧約聖書を読めば,アブラハムの末裔による町の撃ち殺し,さらに神による報復の話ばかりである。アメリカ人は日本人を多数殺したからこそ,フィリッピン人同様,おとなしくなったと信じている。日本を真の同盟国と見なす気はないようだ。WSJ が東京が北鮮に核攻撃されて,核報復するだろうかとの論説を掲げた。報復すれば,中国が参戦するからだろう。トルコと合衆国との外交はギクシャクしているけど,両国は戦術核共同運用国である。小野寺防衛相は米軍の戦術核持ち込みを是認すると表明したが,合衆国の反応は冷たかった。中国に配慮して極東に戦術核を配備するつもりはないのであろう。

日本もイスラエル同様,50個程度の戦術核を保有を検討すべきだろう。潜水艦発射巡航ミサイルに搭載して,空自制空権下の日本近海に潜ませておけばいい。陸上配備は先制核攻撃の恐れがある。現在,配備予定の高高度迎撃ミサイルよりは抑止が期待できる。レーダサイトおよび通信設備は真っ先に攻撃されるのでサイトを増やすしかないが,サイト建設運営費と巡航ミサイルの費用交換比が割りに合わない。トランプが再選されたら,NPT を脱退すればいいが,日本の指導者では核管理は無理か。

アメリカ人は Remember Pearl Harbor 標語に開戦したと,先生に教わったがウソだった。どうも Kill JAP が本当のようだ。合衆国の占領政策は実に巧妙だった。というか,日本の政官メディアによる馴化がスムーズだった。国民皆兵のない江戸システムに戻った。慶喜が幕末に描いた制度に似ているけど,過度の中央集権はどうにかならないものだろうか。

豊田公立小1熱中症死亡
政府が公立学校のエアコン設置を推進すると言う。また文科省および教育委員会が肥る。。。戦後 GHQ が一時期文部省を軍国主義の温床として廃止しようとしたが,日本人を統治するのに余りにも都合が良かったので生き残った。国鉄もそうだった。

酷暑の日ぐらい,休校にしたらどうだ。豊田市公立小1が熱中症で死んだ。愛知長野は管理教育で有名な県だ。皆頑張って世界に量産製品を輸出する県である。やはり,担任は保健室に連れていかなかったようだ。これだけだと鬼のような教師だが,学校のマニュアルを遵守したごく普通の教師だろう。このような環境に馴化してこそ過労死に耐える労働者が育つ。この教育システムはもともとは,兵隊にするためのものだった。学制と軍制は明治国家の両輪だった。

日本の画一初等教育システムは国民を不幸にする制度だ。下の写真はアーミッシュの小学校の様子だ。合衆国にも熱波寒波はある。アーミッシュの校内で児童が寒さ暑さで死亡するとは思えない。意外にも無粋なエアコン扇風機があり,ストーブは鋳物だろう。電気文明を享受している日本の公立小にエアコンがなく,電気自動車を忌避しているアーミッシュの教室にエアコンがあるとは。。。本質は思いやり,慈しみ,愛の精神だろう。わが市は電動自転車スポーツサイクルに累積7千万円の補助金を支給する一方,公立小のエアコン設置率は京都より良い程度だ。日本は雨にも負けず風にも負けずの辛抱忍耐を美徳とする文化だ。忍従して玉砕もする。一方,合衆国は徴兵制を施行していた時代でも良心的徴兵忌避を認めていた国だ。
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親が学費を負担していた江戸期の寺子屋の方が良かったと思えてくる。明治の学制,戦後の教育委員会,日教組と改革されたようで,実際は無機質なソ連をも越えた不自由な教育システムが出来上がった。あの恐怖政治のソ連ですら,小学校選択の自由があった。私の子供は自由学校に通ったので整列をしらない。幕府が洋式歩兵隊創設で苦労したのが整列行進だった。明治の小学校はこれから始めた。私も覚えてる。とにかく並べさせられた。外国人が日本の大手スーパの整列入社式を Star Wars の帝国軍のようと驚いている。旧日本軍はなくなったけど,教育とりわけ高校野球,従業員の多い企業 労働組合に没個性画一が好まれた。旧軍にはさらに年次による私的制裁(リンチ)があった。現代の学校にはイジメとして活きている。PL 出身のマエケンは同校野球部について一年奴隷,二年兵隊,三年神様と表現していた。

私の通った新任の公立高校教師はお前らは親の人質,学校は少年院と同じと言ってのけた。彼は花の第4機動隊との闘争を語るような左翼だった。硬式野球部の監督になったのは,今思えば必然かなと思えてくる。

旧軍には兵卒を統制するために酷い懲罰房があった。現代の反省部屋とか教育部屋のルーツだ。これも日米両軍での違いが大きい。後日 あらためて書きたい。

米軍に対して一人一殺を掲げた沖縄の牛島将軍をはじめとする陸軍参謀本部はどうみてもバカだった。冷徹であったごく少数の高級佐官(今の課長クラス)が中央に復帰して,終戦への地ならししたのが最後の参謀総長梅津であった。彼は東條に左遷された高級参謀を呼び戻し,陛下にはもう戦えないと奏上するが,統帥部の長として継戦続行を主張していた。Kill Ratio をどこまで考えていたか。米軍は沖縄硫黄島の交換比低下を民間人の殺傷で補った。高級軍人の執筆した本を読むと,驚くほど空襲被害について言及がない。日本は戦中でも,総選挙を実施していた。東京大空襲,広島長崎の被害,中小都市を焼き払われても,恐らく翼賛勢力の勝利だったろう。北鮮のような国だった。

日本の都銀が大規模リストラを進めている。調べてはいないが,恐慌と戦後の混乱以来ではないか。戦後の高度成長を支えてきた融資モデルの終焉だ。戦前は軍事的選択の誤りにより,日本経済が崩壊したが,今回は自壊だろう。ちょっとした経済変調が大きな大変動を引き起こす。微分動作では全く説明がつかない。予兆を捉えるのは地震同様,困難だ。いかに日本システムを衰退させていくか。急激な崩壊を避けなければならない。都銀は破綻を避けるために痛みを甘受する。人口減少に合わせ,東京以外の地方全体をリストラする必要がある。リストラをしない地方は効率が下がり,淘汰されていくしかない。

合衆国では米中貿易紛争のあおりを受けて,農家資産が劣化している。借り入れが困難になる。日本のように農家は世襲とは限らないので,リタイアしようとしたら資産を処分しなければならない。日本は不自然なまでに都市部の地価が上昇を続けている。これを維持しない事には日本経済が回らないからだ。あらゆる政策が土地につながっていく。天平文化の時代,ヤマト王権が全土の土地を収用して以来,農地を巡る争いが日本史であった。

土地と通商を結ぶ都市。西欧の都市村の中心には教会が欠かせない。それに比べたら,日本の神社は貧弱なのもだ。以前,延暦寺が房総の村民に貸付を行っていた事を述べた。資本主義が生れる前史としての教会とか寺について考え始めた。日本の長期金利はゼロで,金利を禁止していた中世と同じだ。経済が停滞する筈だ。西欧中世が変革する契機となったのは教皇が呼びかけた聖いなる戦い十字軍とは実に皮肉だ。戦争,支配そして変革が生れる。へラクレイトスは万物は流転するとして,その原理を見抜いた。これをヘーゲルが弁証法,精神現象学,歴史哲学に普遍化した。その左派後継者がマルクスであった。

昨今のIT革命は何と戦争が伴わない。戦争がなくとも,内部変革が行われる異様な事態だ。日本の人口減少割合は異常である。過半の日本人は何とかなるだろうと楽観である。私も生きている間は,維持できると思い込んでいた。これって,考えたら経済恐慌の直前の状態と同じである。日本の歴史に革命はなかったけれど,地価の暴落が時代の節目に何回かあったらしい。調べてみるつもりだ。終戦直後,農地改革により農地はタダ同様に収用された。

戦争(闘争)は文明の母と言ったヘラクレイトスは修正だな。福音書にある終末観に基づくアメリカ人と世界観を有しない中国人との争いはどうなるのか。実権を振るう日本の課長クラスの官僚とごく少数の中国共産党官僚のどちらがヘボをしないか。多分,後者だろう。日本の衆議一致による官僚国策(太平洋戦争開戦は官僚衆議の結果だった)は中国に勝てないだろう。明治の元勲がいなくなると,日本は迷走し始めた。その契機はシベリア出兵だった。今も国策が迷走している。それでも国の経済規模が大きくなったので,失敗の許容範囲が広がった。しかし,時代錯誤の国策を止められないのも事実だ。国策失敗のリスクを下げるには,合衆国のように地方分権にすべきだろう。それには国の徴税権移譲が必要になる。これは明治体制の否定になるから,あり得ないのだろう。

土地信仰と宗教
元寇も米軍も,建前にしても武士と日本人は土地を守ると思って戦っていた。しかしその合衆国は領土を欲したわけでもなく植民地獲得のためでもなかった。大平洋を越えて米兵を駆り立てたのは何だったのか。聖戦だったのだろう。日本人に対する異様な敵愾心は恐ろしい。キリストの神に対して,日本のできのわるい現人神は余りにも非力だった。米軍占領下での抵抗運動は皆無であった。統治者は誰でも良かったのだろう。

合衆国のキリスト教社会は複雑で手に余る。天皇に該当する存在がない。トランプの強固な支持層である福音派はピューリタン,アナバプテスト,メノナイト,クエーカとかと異なり,合衆国で発生した。これは驚きだ。古代ユダヤ教のイエスを一派とする極めて小さな宗教集団ですら,イエスの兄弟であるペテロとそれ以外に分裂し,現代のキリスト教分裂に至っている。分裂している宗派が何故,八紘一宇の国家神道より強靭なのか。個性とか民主主義の理念に関係してくるのだろう。本来,キリスト教と民主主義は無関係である。合衆国だけの特異な現象だ。元寇に際して,鎌倉武士は天皇の下に戦ったのだろうか。全然,違うと思う。神国日本,「神風」を標榜したところで,ヤマト政権の天武天皇ですら,壬申の乱でも兵を指揮しなかった。動員の官符を発布しただけである。軍を指揮したのは東国出身の無名の土豪であった。

太平洋戦争に際して,天皇は開戦の詔勅を発したものの戦争は慣例通り当時の内閣に丸投げであった。当時の宰相東條は戦費の半分を中国戦線に振り向け,米軍の反攻はほとんど考えていなかったようだ。何と戦費の 1/4 だけで合衆国に不敗と豪語した。実に出来の悪い軍事官僚を戦争指導者に選んだものだ。山下奉文とか武藤章とか,よりまともな軍官僚がいたけれども,陸軍内部の政治力学は合衆国を侮る気風に満ちあふれていた。東條はいつから狂信的になったのだろうか。国民より皇室を大切にするのは本末転倒だろう。今,天皇尊崇の気運が高まっている。伊賀黒田庄の土地争いの歴史を読んでいる。やっと旧勢力から悪党と呼ばれた武士団が登場してきた。伊勢平氏である。その結末は天皇につながる寺社勢力の東大寺に敗北する。土豪地侍が土地を支配し領主化するのは応仁の乱以降である。

江戸期は天皇の影の薄い稀な時代であった。それも水戸史学が生れて偏狭な皇統史観が日本に荒れ狂う。近江の野洲川水系に江戸末期,大規模な一揆が起きた。庄屋層が公然と幕府検地に反抗した。公儀による恣意的な検地(課税)に抵抗した。検地は情実賄賂次第であった。西国雄藩が公権力に対抗するのに古色蒼然とした天皇しかなかったのだろう。

1940 年代の東條も風評芳しくない秘書官側近を重用して,さらには憲兵を恫喝に用いて民間人に不評だった。父も憲兵伍長が現場長室でふんぞりかえっていたと教えてくれた。戦後,パージによりその伍長は私の通った小学校近くに商店を営んでいた。恐怖政治が必要だったのだろう。人を信じるには信用が大切だ。信用を確固たるものにするため,どうも宗教が生れたらしい。日米両軍の違い,政治制度の違い,民主制度の違い,学校教育の違い,ありとあらゆる他人との人間関係に宗教の違いが反映しているのではないかと思う。

メノナイトらの農夫は耕起収穫に機械を拒否して6頭ないし8頭馬挽であった。江戸期の農夫のコストは馬の飼養よりも安価で,馬力から小作請負の人力耕起に変わった。庄屋層は多数の小作を使役した。収量の半分を収奪した。その庄屋層を公儀が収奪した。寺社勢力と朝廷は公儀に寄生していた。現代の下請け制度の元である。どこでどうなったのか,このシステムは八紘一宇となって朝鮮どころかシナと東南アジアに移植しようとした。シンガポールに捕虜を使役して昭南神社を建設した。カトリックが中南米に教会を建設したやり方と同じである。パラオにも南洋神社を創建したが,キリスト教のようには普及しなかった。神道は全く世界で普及しない。その理由は簡単だ。救済思想がないからだ。宮司は神棚に向かって神事を執り行い,信者に向かって語り掛ける事もない。シャーマニズムの段階に留まったままだ。天皇陛下も祝詞を唱えるだけで,その祭儀は私的なものである。皇祖神を祀っているという建前になっている。そして日本各地の神社を行幸して参拝を続けている。その例外が靖国神社である。不祥事を起こした会社を訪問見学をしないのと同じだろう。憲法改正したら,靖国への参拝も復活するだろうか。旧内務官僚(今の警察)は有事の戒厳令布告に抵抗した。沖縄戦は戦国期と大した違いがなかった。県民は徴発されて保護の対象にならなかった。本土決戦になっても,戒厳令はなかっただろうと思う。

どうも有事で戦死しても,自衛官の靖国合祀はないようだ。憲法改正による国軍創設,皇族による靖国参拝,その後のスケジュールはどうなるのだろう。ヒトが集団で社会を営むには何がしかの宗教が必要だ。宗教による信用システムが最もローコストらしい。

伊賀黒田荘の土地争いの本を読んでいて,宗教とりわけ墓制の変遷を知らないと畿内の歴史は見えてこないと思うようになった。祖先崇拝の中国人の墓は上海のような大都市だと高騰して大変らしい。共産党の総書記だった江沢民は故郷にそれは立派な祖廟を建設したらしい。墓制はなかなか変わるものではない。先代の鄧小平は散骨した。ある意味,毛沢東以上に真の革命家だったかもしれない。

東大寺が庄民の死後,墓について布教せずとも支配できたのは何故だろう。東大寺をお寺とみなすのが間違いなのかもしれない。東大寺は製鉄のセンタで大量の刀剣を中国に輸出していたのと関係してくるのだろう。鉄製農具を貸付て支配したのか。日本の鉄に関する良書はないのも痛い。今でも,人口の5%に満たない非武装農民を掌握統治できれば,日本国全体の統治が可能だ。これは良い事なのか悪い事なのか,わからない。農政=国政なのだろうと思う。有明海の水門は閉門する判決が出た。神国日本はデルタ地帯の水田を根本とする瑞穂の国である。稲作が宗教のレベルに達している。人口が急減する30年後の日本農業をどれだけ思い描けるか。3.11 のフクシマ危機に際して,地元の老いた神主が避難しなかった。その言い分は神が土地に土着しているからだった。

旧約出エジプト記はモーセを指導者として虐げられていたユダヤ人が逃げ出す物語である。エクソダスと命名されている。現代イスラエルの国号のエルとは神を意味し,神の人だ。古代ユダヤ人が離散し,農耕を始めた原日本人が土地に根を生やし,移動しなくなった。国譲りの神話と遷宮遷都をどう考えたらいいのだろう。フクシマの神は山の神に近いのだろうか。京都の神社には遠くイランを源流とする神を祀る神社もある。祇園祭りの祭神は牛頭大王である。古代ローマも異教の神を取り込み続け,ミトラスに至ってはキリスト教のライバルであった。古代ローマの国教がミトラ教になれば,キリスト教もイスラム教も世界宗教になりえず,古代ユダヤ教はどうなっただろうか。福音書はギリシャ語で執筆されたから,レバントでのヘレニズムの影響が強かったのだろう。エフェソスとかアテナイは女神を守護神とする地中海沿岸の都市国家であった。それがヤーウェを主神とする男神に代わる。

革新を続ける合衆国の God
2100 年前の惨めなガリラヤの大工の息子が祖法に帰れと説いた,異端者の一団がキリスト教として成立後,ミトラ教にも勝利し現代合衆国の地で,今でもその革新運動が続き,新しい宗教運動が生れている。

英語 God の語源はドイツ語だと Got となり,ゲルマン族が信仰していた。この言葉は印欧族まで遡れるらしい。アーリア人の源郷は黒海近辺のステップ,アナトリアとかいくつかの説がある。馬車と鉄器を携えヒンズークシを越えインドにも侵入した。その逆ルートがロマである。小麦栽培を知ったのは BC 5000 以上らしい。縄文人が秋田で稲を栽培したようなものか。古代シュメール王は馬車に乗って祭儀を執り行っていた。

以前,犂耕について触れた。江戸期のオランダ商館員は江戸への往還の際,犂耕のない日本農業を観察して Agriculture と認識せず園芸とみなした。人力耕起は農業ではないのだ。スウェーデンが麦作を開始するのは10世紀である。古代の西欧は小麦作地争奪の歴史だ。征服されると,耕作者が入れ替わる。中世になって,異民族の王が他民族を支配するようになった。彼ら支配者はキリスト教に改宗して,教会が強調する福音書ではなく,士師記を愛好した。現代合衆国で勢いのある福音派は聖書原理主義でもある。農業に携わらない福音派の合衆国市民が常に敵の存在を求め,アーミッシュとかメノナイトが農業を主たる生業として非戦を貫くのは奇妙な感じがする。弥生人が定着して,稲作を始め防衛のため環濠集落に住むようになったのと対照的である。

ある仏教徒がアメリカ人は無知で隣人以外に無関心だと言う。それでは神道仏教を信仰する日本人は隣人に関心があるだろうか。マスコミの垂れ流す世間に流されているだけのような気がする。イエスは古代ギリシャの学識は何も知らなかった。衆徒の家に上がり込み,パンをわけワインを飲む。社交好きのようだった。妻帯しているかどうかの記述はない。死海文書に残された義の教師とイエスは似ているけど,どうも違うようだ。禁欲はしていないからだ。ただクムラン集団は既成の宗教社会に背を向け,荒れ野で修道生活をした。イエスの祖法とは当然ながら,モーセの10戒と虐げるな,隣人を愛せである。

高校倫社でもすぐ10戒は学ぶ。エクソダスの途上,いくさびとがいなくなるとある。戦士が枯渇したのだろうか。合衆国のファンタジーあるいはSF物でも,異様な敵に対して戦士あるいは兵士が絶望的な抗戦あるいは撤退戦を繰り広げる。例えばマトリックス,宇宙空母キャラクティカ,ターミネータがある。聖書の歴史世界観のままである。朝鮮戦争とベトナム戦争は大きな交換比を得ながら,敵の政権を倒せなかった。背後に中ソがいたからだろう。中国を WTO に引き入れたものの貿易戦争を始めた。合衆国の論調はイラン敵視で染まっている。ブッシュ政権がイラクを打倒しなければ,こんな事態にならなかった。合衆国の全メディアが親イスラエルだからだろう。中東が平和だったのはサラセン帝国とオスマン時代くらいしかない。9.11 とイラクは関係がなかった。報復の相手として,ブレアが囁いた謀略にブッシュ政権は乗っかった。ブレアは引退後カソリックに改宗している。ブッシュは熱心な長老派である。米兵がイラク人の蔑称を口にしながら,キャンペーンが進んでいく。

合衆国が中国と和解したら,また日本人は JAP になる。イランイラク戦争当時,合衆国は親フセインだった。合衆国の対日リトマス試験紙は対朝鮮関係である。日本の独自外交は禁物である。また諜報機関もないのにできる筈もない。安全保障上,合衆国に追従するのが妥当だが,カジノまで造ってやる必要があったのか。在日米軍基地の価値が低下してやむを得ないのか。関西ローカル局の情報番組でキャスタがIRは大阪が一番最初ですというと,並んだコメンテータがニコニコしながらコメントする一方,その直後の中国取材トピックでは,深センでドロップアウトした若者に対して働かないのはけしからんと言っていた。ネットカフェで終日ビデオゲームをして過ごす中国の若者とIRでカジノをするだろう日本人とで何が違うのだろうか。当該放送局株主は たった 278 人だった。かつてホリエモンがフジ買収に乗り出す筈だ。情報番組は刷り込みと取り上げない事象から私のようなジジババを誘導をしていくのだろう。マスメディアを信用しないアメリカ人は SNS が大流行だ。まあ,気に入らなければ見なければいいだけか。

豊田小1熱中症死亡の後報が入ってこない。暗黙にマスコミが取り上げないのだろう。これから透けて見えるのは孤独な日本人である。組織社会があっても,温もりが感じられない。いまでも学校は兵舎であったかと思うと,寒々とする。
倫理とは、人間が人間として呼びかけられているものに応答することである。  応答を英語でresponseという。ここからresponsibilityという英語がある。 これを直訳すれば、「応答性」。神に応答し、隣人に応答するところに人間の人間らしさがあるので、 responsibilityはまさに人間の固有性を意味していて、倫理を語るときには必ずresponsibilityということも附随する。 たとえば教室にいる女子学生の足に犬が噛み付けば、犬にはreponsabilityは問われないが、わたしが噛み付けば、 わたしはその行為のresponsibilityを問われる。この英語を日本語で「責任」と訳すのが通常であるが、 これではresponsibilityの前提となっているものが抜け落ちていて、ただ「くびき」、 「重荷」の側面しか表していない。

参考
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