2018/09/21

利尻行幸と関東軍アヘン政策

古代天皇の行幸は民の負担が大きかったせいか,天皇が藤原氏の傀儡になると,御所からお出ましにならなくなった。当時の御所は外戚の邸宅だった。下剋上により天皇の畿内御料地も年貢を納めなくなり,困窮の余り天皇の葬儀もできなくなった。その窮状を救ったのが,新興戦国領主層,商人らだった。信長の父信秀は尾張守護代の傍流ながら天皇に 3000 貫文寄進している。信長自身は官位に魅力を感じていなかったようだ。秀吉は天皇の行幸を政治利用した。江戸幕府は天皇を鎌倉幕府のように統制下においた。行幸が古代のように盛んになるのは明治以降である。82歳時の明仁天皇の行幸は昭和天皇に比べると突出している。

今上天皇 128 件
昭和天皇   42 件

検索したら今上天皇陛下の神社親拝がことのほか少なかった。先代とは違うようだ。皇后が元カソリックと関連があるのだろうか。利尻町に幾つも神社があるけど親拝されないようだ。人口 2000 人では氏子の歓迎経費負担が大き過ぎたのだろうか。
利尻空港に御到着後、利尻町うに種苗センターを御視察いただき、利尻町交流促進施設どんとで御会食、仙法志支所にてご休憩いただく予定となっております。両陛下が走行される道々沿いに奉送迎エリアを数箇所設置し、町民の方々や観光客の皆様と共に手旗と横断幕で奉送迎させていただきます。
道路の整備清掃,オタトマリ沼,二石海岸,利尻町うに種苗センター,利尻町交流促進施設どんと及び仙法志支所のトイレ改修,行幸に随伴する多数の官吏の接待とか土産とか大変そうである。民間だと,私の頃は交際費に 15% 課税されていた。官官接待の費目は何になっているのだろう。文科省汚職ではコンサルが受注便宜のための 600 万円/月の接待経費だった。

歓迎の小旗は 7000 本用意する。Amazon だと単価 \40 だけど,日本会議の指定品を奮発すると \1620 である。利尻町の職員は 57 人だ。戦前だと,国鉄の駅長が不手際を心配する余り自殺する駅長もでた。利尻空港長はどうだっただろうか。

護衛は県警本部長経験者が複数勤める。昔の北面武士の名残である。幕末,尊王が熱病のようになった頃には無給でも北面の武士希望者がいた。今でも熱烈な警護希望者がいるだろうと思う。ネットで天皇が関東の朝鮮系神社を私的参拝したと話題になっている。来年以降,徳仁天皇はどちらへ親拝されるだろうか。右翼が希望するような靖国親拝は現天皇が存命中は無理のような気がする。皇位継承は皇太子から秋篠宮だ。女天皇を忌避するのは日本の伝統である。以下は日本の女医の割合だ。変えられない日本は沈んでいくしかないだろう。

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政府シナ阿片政策
昭和天皇の御代に関東軍が始めた中国でのアヘンビジネスが,興亜院を中心とした日本政府事業になった。興亜院総裁は首相が務めていた。北鮮が日本向け覚せい剤の製造販売をしていたのと同じである。関東軍の板垣および東條が満彊アヘン事業を始めた。後に満彊のアヘン生産は日本朝鮮満州を凌駕した。昭和天皇独白録を読むと,東條に同情的である。それが,日経がスクープしたメモだと,一転して靖国親拝を止めたのは板垣東條らの合祀のせいだと言う。天皇の臣である陸軍大臣とか首相がシナでのアヘン事業を報告するわけがない。昭和天皇が国際連盟アヘン諮問委員会のシナにおける日本のアヘン販売非難を知っていたか,どうか。戦中,皇族宮中グループが外国放送を聞いていたのはよく知られている。1928 年に昭和天皇は雑誌 Time の表紙になったから,外国誌を購読していただろう。戦中でも陸軍はアメリカ紙を購読していて,対日作戦発動を株価動向から予測できるまでになっていた。終戦直後,天皇が英字誌を読んでいる写真を公開しているから,戦前も読んでいたのではなかろうか。外務大臣の奏上のほかに国際連盟による日本のアヘン事業非難を知っていただろうと思う。外務大臣に問いただしかたかどうか。戦争末期,天皇は梅津参謀総長と参議長谷川海軍大将に本土防衛戦準備状況について査察させたりしてるから,政府の中国アヘン事業を知っていた可能性の方が高いか。昭和天皇実録に富田メモが採録された。終戦直後と 1988 年での心境の変化は何によるのか。独白録によれば,昭和天皇は軍部による押し込めを気にかけていた。検索したら,

  764 年 淳仁天皇
1156 年 崇徳天皇

が配流となっていた。しかし何と言っても,自国民によるロシア皇帝の処刑,ドイツオーストリア皇帝の退位が気になっていたかもしれない。日本政府のポツダム宣言に対する問い合わせ回答から,戦犯訴追対象にならないとの確証を得たのだろう。

満州は日本陸軍の謀略により成立し,安倍首相の祖父岸信介は満州の妖怪との異称があった。しかし東條は岸らの倒閣運動により退陣した。アヘン王と呼ばれた里見は東條および岸とも関係が深かった。陸軍統制派は中国政策をめぐり内部対立が先鋭化した。文官も含め満州人脈は複雑怪奇だ。日本軍の出先部隊である関東軍の板垣と東條だけで国際条規違反のアヘン政策を実行できたのであろうか。国際連盟に加盟していなかった合衆国が 1923 年,国際連盟アヘン諮問委員会(Committee Advisory Opium)に加入していた。日本政府は合衆国の理想主義を軽視していたようだ。幕末の合衆国大使ハリスが英仏と異なり,合衆国はアヘンを売らないと老中に宣言していたではないか。シナ派遣軍の発効する軍票は中華民国の通貨法幣に勝てず,阿片で物資を現地調達せざるを得なかったとのビデオ証言は生々しい。長州閥ではない非主流の上原勇作が日本陸軍の阿片政策の端緒だったらしい。

日英同盟が終り,ワシントン軍縮条約離脱が 1934 年。日本が孤立する一方で,米英は 1941 年大西洋憲章を発表した。1941 年の南京政府の国家予算と日本政府のダミー会社「宏済善堂」の売り上げが同額だったそうだ。日本はアヘンの収益がないと,シナ政策がままならなかった。逆にアヘン事業がなければ,中国侵略もできなかった。英国がシナのアヘンビジネスから手を引き,日本が逆に大規模参入した。

日本での覚せい剤ビジネスも北鮮台湾から南米ブラジルが中心になってきている。検索したら,1900 年代のコカコーラにはコカインが含まれていたそうだ。一部の州では合法化されている。合衆国では健康保険で処方される鎮痛剤の乱用が酷く,ムーア監督が言及していた。向精神薬の市場規模も大きい。国連によれば,合衆国の違法薬物常用者は 5500 万人,その市場規模は 300 - 1500 億ドルだそうだ。現代の合衆国はかつての清朝のようになっているのかと驚かされる。古代ローマ帝国がゲルマン民族の移動により滅んだように,衰退するのか。

メキシコの麻薬カルテルの一つがメキシコ空挺部隊だそうだ。旧日本陸軍と同じ構造だろうか。共に持たざる国だ。

米陸軍は現在,英語が不自由なヒスパニック系の志願兵に依存している。古代ローマの傭兵と同じかもしれない。それとも合衆国はヒスパニックパワーを吸収して変容していくのか。西ローマ帝国の中心はローマからガリアが中心になり,フランク王国が成立して中世が始まった。合衆国の薬物汚染は楽観できないのではないか。トランプ大統領がG7の会議で安倍首相に 200 万人の違法メキシコ移民を送りつけてやると言った。白人男性貧困層のヒスパニックに対する嫌悪は戦前の排日と似たような感情なのかもしれない。日本の安全保障を考えたら,日系乗用車メーカがメキシコに工場を建設したのは大いなる間違いだったかも知れない。

合衆国自動車関税
かつて日本は日英同盟を失って孤立したように,日米同盟を失ってまた孤立するかもしれない。TPP11 と国連は気休めにしかならないが,掛け捨ての保険と思うしかあるまい。メキシコの自動車工場を廃棄して,カジノ自由化,合衆国農産物,兵器,医薬品の輸入を増やすくらいしか思いつかない。11月の中間選挙に合わせて,合衆国の自動車関税が発表される。日本の株式がどれだけ暴落するか。関税予告の際,マツダの株価下げ幅が最も大きく 5.2 % であった。今度の発表でどこまで下がるか。株とか債券は基本的に空売りで儲けるのが王道だ。

阿片交易と奴隷交易
日本の阿片政策と合衆国の奴隷交易を理解せずには,日米両国が驚異的な発展を遂げた理由はわからないかもしれない。戦後の高度成長は戦前の総動員体制の焼き直しであり,そのモデルは満州国であった。満州を支えていたのは日本の阿片政策だったのかもしれない。貧乏国の勃興には暗い側面,闇がつきものなのかもしれない。
毎日新聞記者だった岩見隆夫氏が非常に興味深い証言を採取している。証言の主は満州時代の岸の部下だった武藤富男だ。武藤は東条内閣が崩壊した直後の昭和19年7月、岸とともに満州を牛耳った「二キ三スケ」(東条英機、星野直樹、岸信介、鮎川義介、松岡洋右の語尾をとってこう言った)の一人、星野直樹を訪ねた。 〈その折、星野は武藤にこんなつぶやきをもらしている。 「岸は先物を買った」 「どういう意味ですか」 「東条内閣を岸がつぶしたということだ」 しかし、どうして先物買いになるかについて星野は語ろうとしなかった。 「戦後、再び星野さんに会ったとき、もう一度『先物を買ったというのは、岸さんが敗戦を予期していたということなのですか、それとも戦犯を免れるためという事まで考えて岸さんは東条内閣をつぶしたとあなたは見通したのですか』と問い質してみたのですが、相変わらず、星野さんは黙したまま答えてくれませんでした」 と武藤はいった〉(岩見隆夫『昭和の妖怪 岸信介』中公文庫)
中華民国の法幣が日本の円より強かったのは,国力の差を考えたら不思議だが,何の事はない。法幣は合衆国のレンドリースを介して米ドルとリンクしていたからだ。日本が大陸にのめり込んだのも,円が米ドルに対して価値が半減してしまったからだった。往時を回顧してか,昭和天皇は円高不況対策を奏上した所管大臣に対して,円の価値が上がり結構じゃないかと漏らしている。安倍黒田の円安誘導策は愚策である。

参考
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