2018/10/05

日中阿片戦争前史とアフガンケシ畑

ベトナム戦争の頃,ミャンマー,タイ北部と中国雲南と接する山岳地帯は黄金の三角地帯と称されたケシ栽培地だった。ケシ栽培は実に手間のかかる労働集約作物で,日本が和歌山で強制的にケシ栽培をさせたが,思うように生産が伸びなかった。自作農は労働の割りにはリスクが高いケシを避けてミカンを栽培し,小作農が作付けた。ケシの実に刃物で傷をつけ,3 4回液を収穫する。この作業は女子供の仕事だ。この状況はアフガンの状況と似ている。政府は阿片に等級を定めて買い上げた。モルヒネの含有量が8%未満だと等級外として,金は支払われなかった。何とも厳しい。江戸期の藩特産物はどうだったのか。江戸末期に豪農から幕臣まで出世した渋沢栄一は藍商人の倅だった。

朝鮮
この阿片を日清戦争で獲得した台湾に持ち込んで,専売した。また,阿片吸引の習慣のない朝鮮ではケシ栽培を強制し,阿片吸引を厳禁する一方,モルヒネの規制を緩やかにしていた。作付面積は内地の2倍に達した。モルヒネの特許販売を手掛けていた製薬会社の違法販売をきっかけとして,朝鮮総督府はモルヒネ専売を始めた。解禁したのは恐らく朝鮮総督である。総理大臣も勤めた海軍大将齋藤實であった。
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朝鮮総督年報によれば,1930 年にモルヒネ ヘロインの製造を始めている。朝鮮人は自ら栽培したケシからアヘン生産,さらにモルヒネを精製し薬漬けにされた。朝鮮人に恨まれても仕方がないのではないか。1937 年をピークに阿片生産が減少に転じている。満州シナでの生産が軌道に乗ったのか。1930 - 1936 の急激な阿片生産は強制作付けなのだろうか。それとも列強のプランテーションを真似たものだろうか。朝鮮史を調べないとわかりそうもない。

台湾
日本帝国年鑑による台湾におけるアヘン移入推移をみると,1898-1918 年間はベナレスとかペルシャの輸入,1919-1931 年間は輸入が皆無だから内地生産が軌道に乗ったのだろう。1932-1936 年間はペルシャ産になっている。この頃,三井物産と三菱商事の買い付け競争がペルシャで起きている。戦後の石油買い付けと似たような状況だろう。朝鮮アヘンは 1932 年に台湾に移入され始め,1940 年全量 朝鮮産で占められた。台湾のアヘン移入量は 1912 年の 136 t がピークで 1941 年の 11 t まで激減している。

関東州
関東州は租借した大連と鉄道の付属地が中国官憲の取り締まりが及ばない日本の特殊権益だった。植民地当局は直接専売をせず,個人特許として 1906-1914 年間,石本鑓太郎に委託している。その後,民間団体の公済善堂に委託する。石本は三井三菱に勤めた後,日露役の第3軍(乃木)の司令部付の通訳だった。民間会社と官の間をとりもつ現代のコンサルみたいな感じだろうか。日露戦役では巨大な兵站を豪商が請け負っていた。日本陸軍は人夫および馬匹,船舶調達を民間に依存していたから,昭和軍閥も似たようなものか。

朝鮮と台湾はともに日本の植民地ながら,韓国の反日は台湾と比べると苛烈である。巷では朝鮮人の華夷秩序のせいとされている。しかし,台湾総督府はアヘン漸減政策をとり,朝鮮総督府はモルヒネ漬け政策だったせいもあるかもしれない。この台湾と朝鮮の植民地経営の違いは何だろう。説明立証はできないけど,征韓論までいきつくのではなかろうか。「日中アヘン戦争」の著者江口は日本による中国の毒化としている。麻薬中毒救護会年報によれば,1932 年の東京在住朝鮮人4万人のうち3千人がモルヒネ中毒だったそうだ。当時,年間 100万人単位で朝鮮人が内地に移住していたそうだ。朝鮮も毒化対象だったか。

戦時阿片増産
巨大な中国のアヘン市場は満州の栽培地域だけでも足りず,板垣東條が侵攻した蒙疆から満州に輸出するまでになった。1942 年8月20日の興亜院による支那阿片需給計画が凄まじい。以下は蒙疆の計画だ。単位は千両(36 g/両)。

管内阿片収納高 7000
華北向移出高    1500
華中向移出高    3760
関東州向移出高   600
満州国向輸出高   200
南方向輸出高      500
管内消費高         240
翌年度繰越高

東條が参謀長を務めた蒙疆侵攻。関東軍はシナ軍閥の阿片利権をそのまま領収した。合衆国と開戦した翌年には 252 t の阿片を管内で収納するまでになっていた。興亜院総裁は首相が務めているから,東條である。蘭印の石油と満蒙の阿片による長期持久を宣言した東條は,まさか海軍の商船護衛がザルとは思いもよらなかったか。一方,内地では農林省による食糧増産と内務省の阿片増産が競合し,調整が図られている。

阿片税
チャハル省の課税方法が面白い。印花税,入境税,出境税,通境税,土照税および膏照税があった。印花は印紙と同じだ。官公認を意味していたのだろう。

阿片商標
日本軍は中国に侵攻すると,アヘン専売所を設けた。専売所は日章旗を掲げ,専売所は一人もしくは2人の日本人の雇用を義務付けらていた。娼館として偽装していたようだ。日本籍といっても,実質は朝鮮人の男女だった。奥地の中国人は日章旗を阿片の商標とカン違いしていたようだ。後に焼き打ちされたりしている。日本軍とともに朝鮮人の売人と娼婦が随伴していた。従軍慰安婦を巡る日韓のボタンの掛け違いもこんなところにありそうだ。

沖縄戦防衛戦を実質的に指揮した参謀長長勇が上海時代,多量のイラン産阿片買い付けを画策している。阿片政策に長けていると,出世も早かったのか。中華民国の禁煙政策もあって,高品質の日本公認阿片はとんでもない売れ行きを示し,信用のない日本軍票の代わりに阿片は貨幣の代替となった。

自衛隊参戦
隊員が負傷すると当然ながら,鎮痛薬投与が必要になる。PKO 活動でも負傷した民間人の治療にも必要だ。Wiki によれば,もうモルヒネは使用していないようだ。

雑感
日本資本主義の父とされる渋沢は阿片利権に入り込むようにはならなかった。もしくは旧幕府勢力は入りこめなかったか。討幕派の後藤新平,三菱三井の豪商らが阿片利権に関わっている。日本工兵の父とされた上原勇作は陸軍への阿片導入を進めた。薩閥である。薩摩は琉球を介して禁制品の阿片も取り扱っていただろう。清との阿片交易で巨利を得ていた英国が薩摩に接近するのは魂胆があっただろう。倒幕の軍資金は何を原資にしていたか。

軍部との阿片取引に介在する大陸ゴロに新聞記者出身が目に付く。現代の政治家,官僚およびマスメディアの癒着も根が深い。東條英機,岸信介及び大平正芳の歴代総理が大陸の阿片政策に関わった戦前日本国の一面を知った。英国は合衆国との阿片条約交渉を介して,衰退しながらも国際趨勢を誤らなかったが,日本は全ての阿片条約に調印しながら,誤魔化し続けた。これを主導したのは官僚達だった。モルヒネの輸入は 1930 年の 264 kg を境に途絶える。
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阿片供給量の6割以上が軍需であった。需要は支那事変前の3倍だった。米英はイラントルコ産アヘンを用いていたのだろうか。ドイツは自国もしくは占領地域で栽培していたのか。

日本政府は満蒙産の阿片をモルヒネに精製して,東アジアに売り捌いた。東條の唱えた東亜の新秩序は国産モルヒネが支えていた。東條首相はかつてのパナマのノリエガ将軍と何が違うのだろう。彼は金鵄勲章も叙勲された立派な天皇の武官宰相ではあったが,個人的には好きになれない。

今に通じる問題である。アイヒマンの良心という難しい問題だ。日本民主主義の堕落であった。そうでもないとすると,これは日本人そのものの業になってしまう。アメリカ人に日露戦争までは国際法を遵守した日本人が,太平洋戦争では何故無視したのかと尋ねられる。よく答えられない。ただ,明治政府の軍官僚が東大陸大とかの教育を受けず,藩校による徳を学び,藩政のためのものであった。陸軍幼年学校,陸士,陸大もしくは旧制中学,旧制高校,帝大と学んだエリート層が全体主義に凝り固まっていたのは事実だろう。

かつては蒋介石を援助した民選首相犬養毅に対して,中国人が何故対支21箇条要求をするのかと問われて,取り下げはできないと答えている。我々は共同謀議は妄想だと言う。シナの阿片税制をそのまま踏襲して,収奪した日本人はアホか絶対悪のどちらなのか。中華民国の禁煙政策に対抗し得る植民政策を打ち出せなかったのは痛かった。シナが生産できなかったモルヒネを武器に貧困層に売り捌くのが日本の強みだった。朝鮮のモルヒネ解禁はシナ市場開拓の試金石だったか。西欧のモルヒネ製造を真似て,軍事侵攻に乗り出し大東亜共栄圏を目指した。実質は現代の北鮮と似たようなならず者国家であった。正確には北鮮が日本をお手本にしているとしか思えない。

今回,安倍政権と日テレとの親近性の遠因を知って驚いた。安倍晋三は日テレのドン氏家と盆休みにゴルフをしてステーキを食う間柄である。戦前のマスメディアは煽るだけで,陸海軍は腫物をさわるように気を使って機密費から記者等に接待攻勢を続けていた。現代はマスメディア自体が権力の一部というか,お仲間になってしまった。海外情勢に関しては,外信をネットでみれば日本が何を報道しないかで国家権力の仕草がある程度わかる。中国は簡単で何を検閲しているかで一目瞭然だ。

現実
ベトナムへの戦略爆撃はグアムとタイから出撃した。グアム沖にはソ連の監視船が遊弋しており,出撃時刻は筒抜けだった。米軍はタリバンの資金源の阿片に手を焼いている。日本が本当に国際貢献したいのなら,アフリカ諸国のできるような国連主導の PKO ではなく,米軍と協同作戦ではなかろうか。真の同盟国とは困難な時ほど,真価が問われる。メキシコ,カナダ軍ができないような作戦を打診された時,政府はどうするかだろう。
2018 年 5 月 31 日 10:28 JST
昨年のケシ栽培面積は過去最高の32万8000ヘクタールに到達
アフガニスタン駐留米軍が、反政府武装勢力タリバンの戦闘員だけではなく資金源をも標的にした空爆作戦に出ている。   米軍は昨年11月に開始した戦略爆撃作戦で、タリバンがケシの栽培・販売や道路税の徴収で得ているとされる収入源を断つための空爆を113回実施した。
理想と現実の隔たりは大きい。ケシ畑を焼き払うための爆弾といえば焼夷弾,焼夷弾はクラスタ爆弾だ。出撃コストと焼き払われるコストはおそらく見合わないだろう。さらに民間軍事会社 PMC の死傷者は米軍損失にカウントされないため,PMC は汚れ仕事に投入されるようになった。シリア内戦はISを含め傭兵の戦いでもあった。古代の貨幣は市場の発生と傭兵への支払いのため生れた。日本だと室町期の足軽である。阿片,傭兵そして貨幣。悲しい現実か。

合衆国議会は予算編成権をもって国防省を統制下においている。予算編成権のない日本の国会はせめて決算だけでも,きちんとした方がいいのではないか。旧民主党が特別会計を問題にしたけど,うやむやになった。西欧が他人を信用するために修道院が始めた会計制度を発展させて現在に至っている。中国政府もしくは公司の会計透明度は今でも低い。役人が役人を監査する日本の会計検査院とか警察官の監察官はどれほどの意味があるのだろうか。中国の監察使制度は大抵失敗した。ギリシャ政府は長い間,EUを欺いていた。日本政府は終戦直後,とにかく資料を焼いた。

どんだけ政府,メディアが経済政策を推進しようとしても,人口の急減はどうしようもない。1940 年以降の総動員体制も中韓との劣後になり色あせた。1915 年以降の大陸政策も失敗した。現代の中国投資もまた失敗となるかもしれない。中国で目立ち過ぎるのは良くないだろう。

中国の日本への対日投資が減少しているのが気になる。しかし,合衆国は対日投資を増やしている。安全保障上好ましい。ASEAN の対日投資伸びが凄まじい。Bloomberg の出口戦略記事が気になる。
出口戦略について黒田総裁が口を閉ざす中、ブルームバーグが前代未聞の大規模緩和の終結についてエコノミストに調査したところ、結果は驚くべき内容となった。例えば、半数近くが、日銀が出口に向かえば、金利急騰で政府の国債管理政策が機能せず、財政が破たんする可能性が少なからずあるとみている。
最近,「イギリス,アメリカはなぜ現代世界を支配できたか」の副題の本を読むと,イングランド銀行の果たした役割がフランスと比べると大きかった。フランス債券はブルボン王朝,ナポレオン政権でも破綻したが,イングランド銀行券は配当を出し続けた。ルーブルが暴落して大革命になった側面もあるようだ。幸にして日本は有事にないが,米中の対立は世界のどこかに代理戦争を惹起する。円の暴落と長期金利の急騰だけは避けたいが どうなるか。

参考
日本の阿片戦略 倉橋 p122, p148, p166, p200
日中アヘン戦争 江口 
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