2018/12/07

朝鮮有事のウォンレートと地銀

第一希望の DMM 証券に信用取引を断られ,クリック証券に信用口座を開設している。信用取引だと現物の3倍のレバレッジを賭けられる。いろんなサービスを提供しており,朝鮮有事になるとウォンが暴落するのではないかと,取引しようにもウォンを取り扱っていない。日韓スワップを日本は破棄したから,有事暴落の可能性は結構高いのではないか。前回のアジア通貨危機では,ぼろ儲けしたのは外資と韓国の限られた富裕層だけだろう。同僚に5大商社出身がいて,インドネシア通貨危機でのぼろ儲け話を聞かされた。印僑 華僑に混じって儲けた話半分の自慢話の類だ。

自国通貨のデフォルトが通例となっているアルゼンチンではリスク低減のため,庶民もドル通貨保有は当たり前である。それでもアルゼンチンは G20 の一角を占める。明治の頃,ブラジルとアルゼンチンは戦艦を保有する大国だったのだが,どこで両国はおかしくなったか。

Wiki によれば,韓国は合衆国とのスワップも解消している。大した自信だ。朝鮮有事になったら,ウォンが売り浴びせられるかもしれない。日本だと SBI がウォンを取り扱っている。ロスチャイルドはナポレオンが敗れたワーテルローの戦いで富を得た。どうも英国政府の情報網より伝達速度が速かったようだ。明治日本も情報網の整備が遅れ,海外の三井物産支店がバルチック艦隊の動向を知らせてきた。今話題のルノー日産暗闘のフランス情報機関では今でも日本の大手商社は情報組織の扱いである。ルノー株価の暴落を知り,翌日 日産を空売りしようか どうか迷ったが見送った。実際,思いのほか下がらなかった。仕掛けられたが方がより多く暴落し,仕掛けたが側は下がらない。当たり前だな。

江戸期堂島の米先物取引価格は手旗信号で播磨まで伝送されていたそうだ。相場師ならずとも,米を商っているなら電話は必須だ。子供を第2次大戦に出征させた合衆国の自由農民だと電話とフォードトラックが当たり前だった。一方,太平洋で玉砕した日本の小作貧農の倅は電話トラックどころか,田起しの牛馬も保有せず借用だった。そんな極貧の国が合衆国に挑んだ。北鮮だって自滅覚悟でやればできるだろう。自動車を拒否する合衆国アーミッシュの馬耕刈り入れは8頭挽きである。人身を酷使する日本文化は江戸期に確立されていた。江戸期の世間体道徳心を否定せずには日本は変われないだろう。

ソロスはイングランド銀行相手にポンドを空売りして富を得た。今では庶民が通貨取り引きを行なえる。江戸期,両替商は幕府諸藩の許認可が必要だった。それ故 為替取引の自由がない中国本土ではデジタル通貨と貴金属売買が盛んだ。

地銀支店駐車場
月末に地銀の支店に行って手続きをしたら,やたら時間がかかる。ゆうちょの窓口の方が速い。行員用事務机の数は明らかに近くの郵貯より多い。スペースは広く3倍近くだろうか。最奥がよく見えない。事務処理機械化が遅れているせいだろうか。奥村事件が事務処理の簡素化を妨げているのだろうか。支店内の ATMはゆうちょ支店の1台に対して3台もあっても,顧客利用は月末にもかかわらず殆どいなかった。実際私の直近の ATM はコンビニである。ちなみに当該支店と郵貯支店との直線距離は 300m 未満である。郵貯に比べると,地銀のオフィスは立派なのに実に駐車しづらい地銀駐車場である。

女子行員といえば伊藤素子と奥村彰子を思い出す。京銀の女子行員であれば計数に明るく,当時結婚後の女子の再就職は全く考えられない世相のなかで再就職も簡単だったブランドだったが,パソコンが女子の帳票経理をなくした。地銀支店はすりガラスの相談窓口だらけである。笑い声が聞こえてきた。

地銀は何故事務処理機械化を推進しないのか。合衆国の NCR がキャッシュレジスタを発明した時,そのセールス文句は「店員を正直にする機械」だった。中途半端な機械化が不正の温床となる。昨今の日本大企業製造業の品質保証不正も人が介在するからだ。その点,セブン銀行はよく考えられていると思う。ATM は正直である。行員も不要だし,行員を監督するマネジャも要らない。中国は贋札が多く,銀行窓口は正札に贋札を混ぜて顧客に提供する。それ故にデジタル決済が一気に進んだ。銀行に両替機能が不要となる時代がやってきた。Daiso も両替お断りの告知プレートがいつのまにかなくなった。

都銀の護送船団方式はなくなったらしいが,地銀は依然として地方では殿様商売である。顧客は誰も銀行の悪口を言わないから旧態のままなのだろう。合衆国の地場銀行は商売熱心で留学生にも口座開設そして小切手帳を発行してくれる。日本だと起業しても,紹介がないと口座開設もなしである。というか,ゆうちょが変わったのだろう。小泉郵政改革の成果とみなしていいだろう。それに抵抗したのが警察官僚のドン亀井静香だったのを銘記しておくべきだろう。

地銀は ATM の台数を増やすより,駐車場の利用しやすさを優先させるべきだろう。コンビニだと当たり前の集客を考えなくてもいい商売であるが,いくら護送船団といっても長い目でみれば淘汰されるだろう。ガスステーションにコンビニが併設されるように,支店にコンビニを併設するくらいの協業でないとダメのような気がする。

合衆国のITを中心とした好況は終わりつつあるようだ。原油価格も $50 を割るかもしれない。それでも黒田総裁は国内株式と投資信託を買い続けるのか。

満州革新官僚の亡霊
日産は元々,鮎川が育てた国策会社であった。政府は合衆国製自動車輸入を禁じて国産化を推進した。日本陸軍は中国侵攻に大量の自動車とその燃料消費に驚いた。ガソリンも自前の精製に方針を変えた泥縄であった。合衆国は道義的禁輸という名称のガソリン禁輸の対日制裁を発動して,海軍よりもガソリン備蓄のない陸軍がトラック燃料に困った。中国は道路が発達していて馬車文化だという認識がなかったようだ。馬車もない日本が中国を支配するのは無理があった。少数のモンゴルが中国を支配できたのは膨大な馬があったからだ。自動車を馬車の延長と考えれば,中国の自動車製造が日本を凌駕するのは自明だろう。

自動車産業と国策は不可分である。産業保護を忌避する合衆国ですら,自動車メーカを救済した。ルノー=フランス政府 は当たり前である。安倍首相の祖父は国家統制を目指した革新官僚のドンだった。モンゴル人は馬の飼養に長けていて かいば牧場を計画的に設置運営できたが,東條らの軍事官僚はガソリンに関する限りアホだった。自ら自動車を運転し,ガソリンを給油しないと体得できないのだろう。輸入ガソリンを中国で消費する戦争しながら,その輸入元に戦いを挑んだ。何と愚かな。

華北殷代の王は冬季に戦車に座乗して狩をしていた。日本近代化の幕開けとなる,後に明治帝となる天皇は江戸に輿で入城した。馬車を嫌うのは何故だろうか。大名は駕籠であった。家人が古代ローマのドラマをみていた。クレオパトラは輿であった。中国を統一した始皇帝は馬車で行幸したという。支配された華南の豪族は何を思ったか。西欧では騎乗できなくなったら王失格であった。現皇室でも即位の儀は輿を模したものだ。祇園祭は今でも山車を人力で曳く。伝統はなかなか変わらない。機械が田植えをする時代なのに,逆行するかのように天皇陛下はお田植する。人を酷使するパラダイムも変わらないというか日本文化だろう。だからこそ,玉砕が可能だった。中国人には到底不可能である。

遼東半島鉄道付属地の特殊権益から出発した日本の対中植民事業。実は日本人はほとんど満州に移民しなかった。人口希薄を埋めたのは中国人と朝鮮人だった。移民に関する限り南米タイプの植民地だったが,その収支は本国の多大な持ち出しであった。その中心に満鉄があったし,鮎川も東條も岸もいた。満鉄とアヘン抜きには満州国を語れないだろう。

私の伯父は除隊後,満鉄に奉職していた。満鉄の社宅は大層 立派だったらしい。水洗トイレに集中暖房であった。

日本海軍はハイオクガソリン精製を秘匿し,陸軍にも供与しなかった狭量さだった。陸自は自前の輸送船部隊を創設するという。戦前の船舶工兵の復活である。世界最初のウェルドックの上陸強襲船 神州丸を建造したのは日本陸軍である。海自の唯我独尊はどうにかならないのか。その点,米海軍は積極的でベトナム戦での河川艇も米海軍所属であった。海自は米海軍の補完,掃海が主要任務か。北鮮はいかほどの機雷を保有しているか。機雷敷設は潜水艦が担当するから,その敷設を探知するのは容易ではない。大平洋戦争末期,B-29 が関門海峡に機雷を投下して内海運航が麻痺した。

大平洋開戦前,日本海軍は魚雷艇の建造を止めてしまった。一方,米海軍を初めとして独英も魚雷艇を整備していた。海自の大型艦指向は変わらない。形を変えた大艦巨砲が残っている。困ったものだ。

参考
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