2022/08/17

終戦が遅れた要因 ー 東條人事修復

ガダルカナルで敗北した日本陸軍は本土決戦計画を立て始めた。餓島戦を指導していた参謀がやがて参謀本部作戦部長に栄転した。そして東條はサイパン戦後,松代大本営建設の閣議決定をした。極秘でも何でもない。国民に知らされていないだけである。本来なら,首都防衛線建設が当たり前だがそんな選択はなかった。フクシマ原発の津波対策と似たような意思決定かもしれない。

作戦部長は沖縄戦後,西部軍管区に補給はないと通告したから九州南部迎撃戦は本土決戦に該当しない。日米両軍とも決戦は関東北部を想定していた。しかし実際はソ連が構築したようなレニングラードのような長大防御線陣地構築は一切なかった。本土決戦をめざしながら,実に奇妙な状況であった。都民放置が前提だったのだろう。沖縄と同じだ。米軍は関東上陸戦に毒ガス使用を前提としていた。

首都圏の高射砲部隊に徴兵された読売新聞社主筆渡辺は,終戦まで実弾の配布はなかったと語っている。それでは,残存砲弾は何処に集積されていたのか。

東條は参謀本部総長を兼任していた。後任には彼の推薦が通らず,梅津が就任した。東條は御聖断後,陸軍大臣阿南邸を夜間訪問している。何が話されたか。陸軍省ではクーデター計画が立案され,阿南は参謀総長と協議すると課員に告げている。梅津は同意しなかった。昭和天皇独白録によれば,総長に就任した梅津は中国戦線を視察して,もう戦えませんと個人的に報告していた。

東條は早期講和を直言した課員を南方中国に左遷していた。彼は戦時指導者なのに執務室に陸軍人事表を掲げて人事構想に熱心だった。まあ,戦後の宮沢喜一みたいなつまらない指導者だったのだろう。東條内閣が倒れて,飛ばされた課員が戻ってきた。陸軍省は役所だから,その空気の変化を読まない役人はいないだろう。

宮城クーデターの立案執行者は陸軍省軍事課員ばかりである。軍務局軍事課はエリート中のエリートだった。参謀本部作戦課以上であった。予算を牛耳っていたからだ。しかし,予算があっても砲弾がない。書類上はある事になっていたのだろう。そんな軍事課と作戦課の立てる計画であった。妄想の域になっていたのではないか。

現実逃避の軍事作戦計画。東條が推進した軍需物資を蕩尽した中国打通作戦も梅津が視察して,実情が明らかになった。東條は太平洋戦域に予算の1/4しか割かなかった。弱い中国軍相手に軍事費の半分を注ぎ込んだ。本土決戦するにも,シナ派遣軍は遊兵になってしまった。軍事的才能はヒトラ以下だった。東條は米軍を片手間として戦った。東條には思想がないとこき下ろした石原を予備役送りしたのも東條だった。

満州事変では,天皇の裁可がないのに朝鮮軍が越境し既成事実となった。しかしながら,宮城クーデターは失敗に帰した。陸軍省次官が軍司令官を陸軍省に招集して,天皇の命に服すよう念書を取っていた。陸軍大臣がクーデターに同意していても,次官は違った。参謀本部総長次長もクーデタに同意しなかった。

海軍は大臣米内が軍令部総長次長を叱責して,沈静化した。海軍次官は機密費を使って終戦工作をしていた。阿南は自決の際,「米内を斬れ」と言ったとされる。海軍の裏工作が陸軍を上回ったのか。陸軍には中国のアヘンを原資とする政治資金があった。東條はこれを活用していた。潔癖な阿南はこの資金を使わなかったのかもしれない。次官が決裁する。いつの時代でも,朝廷(宮廷グループ)を懐柔するには金子が要る。宮家が増えると,碌なことがない。

陸海軍は戦後を想定していた。どちらも米ソ対立を正しく認識していたが,米ソへの距離感が異なっていた。海軍は再軍備として10万トン保有を想定。政治色の強い陸軍左派は天皇を廃位してソ連型統制国家を目指した。確かに日本が共産主義国家になっても軍隊は必要であるから理にかなっている。

大臣を送り込まないと脅し,内閣をいくつも壊した陸軍が,岸信介が辞任を拒み東條の内閣改造は実現しなかった。終戦工作をしながらも,海軍は最後まで特攻を止めなかった。実に嫌味な海軍であった。沖縄戦に犬死にと分かっている大和を出撃させた。戦後,海軍次官だった井上は軍令部総長豊田の海自での講演を知って,「恥を知れ」と罵倒したが,終戦後も海軍人事は行われ彼は晴れて海軍大将となった。

海自設立当時から,旧海軍特攻に肯定的だったとは驚きだ。これが現実だ。現役防大生は靖国神社集団参拝する。靖国神社は特攻を礼賛する軍神社である。大和沖縄特攻を指揮した伊藤整一は次官を勤めた軍政家だった。シナ海での米潜により資源の還送がままならず,彼は海防艦 300 隻の実現不可能な造艦計画を立案した。戦前の米アジア艦隊の主力は戦艦ではなく在比潜水艦だった。この対策を全くしていなかった日本海軍。1次大戦下の英独主力艦による海戦を研究しても,通商破壊戦には全く関心がなかった。東條が輸送船の防潜網を提案するほどだった。南方では燃料に困ることはなかった。合衆国は参戦する前,とりあえず輸送船を300隻建造した。輸送船は建造期間も短い。最終的に1万隻以上,建造し続けた。広い太平洋を越えるためであった。

そんな通商破壊戦をしない日本海軍に苦言をていしたのはヒトラであった。ヒトラは主力艦を重視するレーダを解任してデーニッツに代えた。東條首相は制度上,海軍大臣を解任できない。

日本の軍政統帥は病んでいるとしか思えない。戦前軍人が出世して最後の任職は朝鮮総督だった。東條は関東軍に出向してアヘン政策に手腕を発揮した。彼の独創ではない。日本は朝鮮におけるアヘンの販売を専売として,朝鮮人をモルヒネ漬けにしていたからだ。

江戸末期の幕閣には,アヘンを忌避する道義があったが薩長閥には無縁だった。合衆国がアヘンを売らないとする日米条約を幕府は締結した。朝鮮毒化政策は総督が推進した。桂ランシング協定により,合衆国は日本の朝鮮植民地化を承認したが,中国の毒化政策は国際規約をたてに異議を唱えた。

蒋介石は建前にしろアヘン禁止政策を取った。合衆国民の支持を得るためであった。実際レンドリース法の適用を受け蒋介石政権の通貨法幣のインフレ率は日本の軍票,儲備券より低かった。仕方なく,陸軍はアヘンそのものを通貨代りにした。中国内のアヘン販売を仕切っていたのは黒社会だったから,朝鮮支配より悪質だったか。

朝鮮発祥の統一教会による洗脳が話題になっている。戦前の日本によるモルヒネ毒化政策が,宗教に免疫の薄い日本人に洗脳とは歴史的因縁か。古代ローマはユダヤを征服支配したが,ユダヤ発祥のキリスト教に冒され,逆にキリスト教が国教になってしまった類になるのか。

昭和天皇(木戸幸一)は終戦に際し,元老の意見を聴取した。東條は「敢闘精神に欠ける」とつまらない彼らしい意見だった。東條に内閣を壊された近衛は陸軍赤化の恐れを述べた。戦争末期,ソ連が侵攻すると10日で朝鮮を越境した。戦闘らしい戦闘が生起しなかった。ポツダムの密約情報はスイスおよびスウェーデン武官から報告が入っていた。あれだけソ連を恐れていた陸軍が対蒋介石オンリーになっていた。

対米戦を決意した東條内閣初期の軍務局長武藤は対米戦回避を模索して飛ばされた。武藤はシナ戦線拡大に熱心だった。マレーから満州に飛ばされた山下は参謀長に武藤を選んで(破格の扱い),比島防衛戦を指揮した。日本軍司令官はスタッフ(参謀)を選べない。牛島栗林も東條に嫌われたのか沖縄と硫黄島に送られた。私の同期に防大出身の院生がいた。尊敬する将軍は誰と尋ねると栗林と即答した。最高幹部までは出世はしないだろう。

7月23日付けの毎日新聞に中国の黒社会を紹介する記事(オピニオン)が掲載された。書き出しは上海のチンパンの紹介だ。本題は河南省政府の腐敗だ。河南省党書紀は習近平の部下だった。抗議参加者は李克強の名を挙げて河南省の調査を求めたとある。習近平が一強になり,李克強は無力と認識されていたから驚いた。省政府(公安)と黒社会の闇は深そうだ。毎日新聞はロイタ配信の映像を掲載している。マスメディアが反中一色になるのもそう遠くないのか。中国への投下資本はチャラになっても戦争は避けるべきだ。変わり身の早い英国は親中から反中に変わったが,2枚舌どころか3枚舌外交を平気で行う国である。アイルランドをウォッチすれば英国の本質が透けて見える筈だ。同様に英米は日本分析に韓国をウォッチングしている筈だ。

昭和天皇は戦犯免責の確証をいつ頃得たか。皇族はサンフランシスコ放送,後にサイパンからの声をよく聴いていた。外務省ルートだとメキシコとスペイン大使館があった。

シベリア鉄道経由で帰国するクーリエの報告はソ連の極東軍備強化は明らかだったが,陸軍外務首脳は無視した。通説ではポツダム受諾はソ連の侵攻が主因となっている。ドイツ降伏後,継戦は不可能だった。在欧米陸軍第8航空軍は機種をB-29に換えて沖縄に進出予定だった。グアムの第20航空軍のルメイ将軍はアーノルド元帥に燃やす都市がなくなるから戦争は終わると回答した。爆撃の律速はネットにあるようなB-29の損耗ではなく,焼夷弾の製造が追いつかなかったからだ。原爆使用は通常爆弾より遥かに効果的だった。皇居を目標に原爆を投下すれば,終戦を早められたかもしれないが生の実験データとして不適当だった。そして皇居攻撃は禁じられていた。横須賀海軍工廠,霞が関(官庁),発電所水道施設も破壊していない。ドイツ空爆では執拗に狙った鉄道施設も大都市破壊が終わり,本土上陸作戦が企図されて実施予定だった。どの程度,軍首脳はその違いを理解していたか。とにかく,焼けない官庁街と皇居と下町との落差は爆撃パターンを分析していると明らかだろう。

それでは聖断伝説は如何にして流布したか。中国の王朝交代は皇帝の縊死で終わる。百官が最後の皇帝の前で泣き,その後新皇帝に仕える。中国人葬式の泣き子と同じである。父はシンガポールで実見していた。日本には王朝交代はないので,昭和天皇は退位廃位もないし嗚咽の様式美が起きたのだろうか。海軍省では米内が訓示した。米内は泣かず,課員も泣かなった。湊川精神を鼓舞しながら,実際の特攻送り出しも寒々としたものだったか。陸軍は大臣が自決したので次官が訓示したのだろうか。鹿屋の海軍特攻隊送り出し司令官は鉄仮面と称されていた。。。

講和派でも継戦派でもない中間派は合衆国政府の意図を認識していたのかも知れない。それを後押ししたのが講和派か。宮城事件に関与した幹部は軍事課長と大臣だけである。軍務局長と次官は関与していなかったようだ。東條人事の揺り戻しの結果だったのだろう。昭和天皇が和平を模索しだすのは沖縄失陥後である。その後,会議が綿々と続いた。「空気」のせいだろう。

米海軍機動部隊により青函連絡船が沈められ,電力用石炭と食料の移送が止まった。鈴木内閣で最後に終戦に反対したのは陸軍大臣阿南,司法大臣松坂そして内務大臣安倍だけであった。治安と国防を司る大臣は飢餓より国体が重要だった。しかし肝心の天皇自身が和平に転向していた。安倍は警察官僚のトップだった。何か中国公安と相通ずるものがある。左翼だった私の高校教師が警察は最後まで反革命側だと力説していた。旧東側の共産党政権崩壊の過程で,最後に治安警察が陸軍に鎮圧されるのがパターンだった。警察とはとにかく民衆を取り締まる組織なのだろう。

中国は4種の警察が存在する警察国家である。警察を競い合わせても黒社会との関係を断ち切れない。中国公安の腐敗をみると,これが世界の潮流なのだろうと思う。日韓両国は今のところ,合衆国に従属している。中国の台頭とともに第二の黄禍論が起きると,どうなるか。満州事変がドイツを刺激したように,ウクライナ紛争が極東の危機を招致するかもしれない。中国と韓国の内政がどうなるかだろう。両国はともに反日国だ。

合衆国の対日黄禍論を避けるには,日本として売れるものは売るしかない。しかし合衆国は日本に買いたい物がない。尖閣海域の天然ガス利権,当面は東芝を国有化せず合衆国資本に売却した方がいいだろう。経産省が牛耳る電力ガス利権も合衆国に開放すべきだろう。しかしシェルが日本市場から撤退したように,衰退日本国に魅力はない。やはり中国に売るしかないのか。

これも異次元金融緩和を実施したアベノミクスの負の遺産だ。償還できない負債は外国に利権を売るしかないのだ。

参考
陸軍人事

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