2017/03/18

プラウと原発事故

プラウと海民
創世記 45:6 に「この二年の間,国中にききんがあったが,なお5年の間は耕すことも刈り入れることもできないでしょう」とある。耕すとは鍬とのことかと思いきや,英語だと "For two years now there has been famine in the land, and for the next five years there will be no plowing and reaping." だ。プラウを人力で曳くのは極めてまれであろう。

旧約聖書は紀元前6世紀頃,バビロン捕囚を回顧して編纂されたらしいから,少なくとも日本を除いて耕起は畜力なのは当たり前だった。中国の中原は春秋戦国期に畜耕に変わっている。後漢代の朝鮮におかれた楽浪郡とか帯方郡でも同様に畜耕ではなかろうか。もちろん水田を意味しない畑である。しかし春秋戦国期のリンシに居住していた民,江南沿岸,朝鮮半島西岸九州に至る東シナ海の水稲海民は畜耕ではなかったのではないか。倭とは半農半漁の海民を指したのだろう。李朝末期の貧しい農民の服装写真をみると日本同様,草鞋履きである。西日本が犂耕に移行し出すのは平安期である。統一新羅が畜耕だったかどうかは知らない。

養老令に幾内での犂耕の記述がある。犂耕は平安期の朝廷官田,豪族層の一部にとどまっていたようだ。古代の「かたあらし」と称される耕作は休耕の繰り返しであったそうだ。中世になって,休耕しない耕作になったようだ。馬の飼養に適した関東に犂耕が普及するのは遅く鎌倉期である。意外にも信州は明治になって馬耕が普及した。

中国江南沿岸では海民が農耕から切り離されて畜耕が大勢を占めるようになったのであろう。明代,倭寇が利しないよう江南の沿岸から農民を立ち退きさせた。まるでベトナム戦争時の合衆国がやった戦略村だ。切り離された海民は水上生活者となったのかもしれない。父は水兵に徴兵されシンガポールでジャンクを見ている。

犂耕による生産力向上は皮肉にも日本に戦乱をもたらしたようだ。都の公家に「地下」と蔑称された荘園被官層が自立し,後の武士と混交した。鎌倉期に関東まで普及した畜耕が江戸期になると,人力耕に戻ったのは何故だろう。明治になると藩の統制がなくなり自由化が進んだけれども,大不景気の昭和に 2.26 5.15 事件となって自由競争を否定する思想が昭和日本の軍部に芽生えたのが実に興味深い。決起将校は赤子の擁護者としての天皇を妄想したが,戦後になっても宮様は我々を「民草」と呼称するくらい,京風にいうと「白足袋」の貴族意識のままだった。実際は,応仁の乱の頃には山城国でも荘園制は崩壊して,天皇は葬式代にも事欠くほどであった。皇族の貴族意識は 600 年経っても変わらない。カトリックの枢機卿みたいなものか。

昨今の原発廃止運動も,日本民族の争いを鎮める知恵なのかもしれない。原発再稼働と電力料金自由化したら,PWR 加圧水型原子炉の関電,九電,四電および北電は BWR の東電,中部電,中国電より優位になり,その地域も活性化するかもしれない。しかし,小泉純一郎のように原発がなくなっても楽に生きていけるだろうの思いこみがあるのではないか。このような意識は古代から日本人の深層にあるのだろう。東芝が建設中のジョージア州の原発建設地を Google Map でみたら,写真自体が古い可能性はあるにしても 2019 年に稼働できそうもない状態だ。

畜力運送
西日本では犂耕なのに平安期の関東では人力耕でも生活できたわけだ。古代の納税は物納であった。税以外は地産地消だろう。古代日本は馬の背で税を運送したようだ。

中国とかユーラシアでは運送事情が異なった。アーリア系は牛,モンゴル草原は馬,中央アジア中国はロバだったようだ。今でも中央アジアの農民はロバを広く使役しているようだ。

江戸期,北陸で獲れたサバは鯖街道を背負子により京都に持ち込まれた。江戸市中は人力の大八車だった。人余りのせいか粗食のロバより人件費が安かったのか。何故かロバは日本に普及しなかった。文明開化の明治期,人力車が考えられたのは,駕籠に比べたら省力になり大きな進歩だった。ロンドンでは馬車がタクシーだった時代ではあるが。

明治天皇の江戸入りは伝統的な輿であった。とにかく車夫が多くいたのだから,すくなくとも馬の飼育費より安価だったのだろう。2.26 の不穏な時代では車夫にもなれないほどの不景気であった。秦の始皇帝は既に馬車であった。古代エジプトではローマに征服される前,ギリシャルーツ土着したプトレマイオス朝でもファラオは権威の象徴として人力の輿であった。南米の皇帝達は車をしらないので輿を愛用した。新約によれば,イエスはロバに乗ってエルサレム入りする。これは旧約の故事にならった記述だろうとされる。

日中戦争の写真をみると,日本軍輜重部隊がロバの背に物資を積んで引いている。現地で徴発したのだろう。包囲戦とか追撃戦でいつも殲滅できず主力を取り逃がし,長期戦になった理由がわかったような気がする。おそらく敵は馬挽ロバ挽で逃げたのだ。徒歩で包囲はどうみても無理だろう。。。
鉄路沿いだけしか支配できない。Wikipedia によれば日清戦争の日本軍は背負子と第八車の人力だった。これでよくまあ畜力の清軍に勝てたなと思う。日本人は中国の人海戦術をネタにするけれども,補給は人力ではなくロバであった。朝鮮戦争ではリッジウェイ将軍が中国義勇軍ロバの蹄鉄を手にしている写真がある。当然,米軍はトラックジープである。
Ridgeway.jpg 

日本軍は輜重兵が背負子でコメをガダルカナルの丸山道を運んだ。歩兵砲を分解人力で担いで山道を運んだ。日本軍高級将校は何の疑義も感じなかったようだ。日本人は人力で牛車を曳くだんじり,祇園祭のようにとにかく人力大好きだ。まるでピラミッド建設の古代エジプト人のようだ。一方,古代シュメールでは馬車は権威の象徴だった。ファラオがいなくなると,輿も途絶えた。

古代ローマの戦車による凱旋式典は独裁官,後の皇帝が元老院から与えられた特権であった。征夷大将軍が天皇臨席の場で武威を誇示する軍事パレードに畜力の車が登場する事はなかった。さらに,日露戦争勝利の式典でもパレードがない。日本人は動的なもの嫌い静的式典を好むようだ。明治天皇が馬車で閲兵しただけである。どうも,昭和天皇と違い騎乗が苦手だったようだね。西欧の国王は騎乗で閲兵するのが当たり前だ。騎兵のいない第二次世界大戦後になってもエリザベス女王は馬上だけでなく,単騎しかも口取りもなく騎行閲兵した。馬を乗りこなせなければ貴族ではなかった。一方,日本は戦国期の侍大将に口取りがいた。黒沢監督の「影武者」は妄想だろう。戦国期の日本に騎乗はあっても騎兵はいなかった。家康は輿に乗って関ケ原の野戦に臨んだ。合戦はインカ帝国とかマヤの戦いのようにスローモだったのだろうと思う。騎行があったのは鎌倉期だ。承久の変では鎌倉を進発した幕府軍はあっという間に京都を制圧している。渡河もあるから騎行のおかげだ。元寇は騎馬の機動力があって阻止できたのだ。明治になるまで騎兵隊が存在しなかった日本はそれだけ平和だったのだろう。

幕末期,信州甲州で産した絹を開港した横浜まで運ぶ絹の道ができた。馬の背もしくは人力で峠を越えた。東シナ海周辺の海民だった倭は牛馬,ロバを知って幕末になっても背負子とは驚きだ。とにかく労賃が安かったのだろう。ついにクロネコがエコと称して都心でリヤカー人力宅配を始めた。なんとまあ,暑熱地獄の真夏に人間を酷使するのか。社畜とはよくいったものだ。

共産中国は人民の社畜化を諦めて改革開放に転じた。というのは春秋戦国時代からの筋金入りの同族家族至上主義を乗り越えられなかった。どうみても日本の没個性社畜は中国に勝てない気がする。その中国の家族主義も合衆国の個人主義に勝てないかもしれない。半導体ビジネス情報産業をみると,そんな感じだ。社畜状態の日本が米中に勝てる産業とは何だろう。やはり,Star Wars のような帝国軍か。稲田大臣がシスのパワーを得られれば,案外いけるかもしれない。在英中国大使が靖国神社をハリーポッターの分霊箱に例えたのは秀逸だった。特攻だガンバレ日本。少子高齢化の日本にはどう見ても不可能だが。

原罪と東電東芝
とりあえず,原子力規制委員長を解任する。避難道路を建設しながら PWR を再稼働させようではないか。次に子供に禍根を残す日銀総裁を更迭する。しかし,そのための受け皿となる政党がない。危機を回避せず,とにかく耐えるのがいいのか。ガマンもいいけど,ジジババだらけで一体どうするのだ。楽をする手立てを講じなければならない。

日本がなにもなければ破綻するのは 2045 ないし 2050 年頃とされる。その間に中国発の大不況もあるだろう。中国の不況がかつての日本のような韓国に軍事政権樹立をもたらす可能性だってある。石油の自給ができる合衆国が30年後,極東に軍事力を展開しているとは思えない。軍隊の海外展開はとにかく金食い虫だ。利口な大英帝国はインド軍の高級将校,高級官吏以外をインド人に充てた。日本も米国に軍事顧問団を派遣してもらったらどうだろうか。菅元首相がアメリカ大使が進言した米軍を中心とした核危機対応チームの派遣を拒絶したのは何故だろう。

戦後の経済混乱を収拾できなかった大蔵官僚はドッジを招き,外圧として補助金カット,行政整理とかを実施した。菅元首相が独善的にならなければ,別の歯車が回り出したのかもしれない。彼は松岡洋祐のような気質だったのだろうか。そういえば奇兵隊を名乗っていたな。家人いわく,麻生さんだったらもっと酷くなったと言う。それもそうだ。歴史の歯車はきしむ。危機に対処できる指導者をどう選抜するか。年に何兆円,原発(資本)をムダにしているのだろうか。しかも経産省の案だと廃炉補償費として電力料金を上乗せするするそうだ。実質税金になってしまう。安心を得るには負担と思わず喜捨の気持ちになるしかないのだろうか。

ルカによる福音書/ 09章 62節の新共同訳は,イエスのたとえ話に『イエスはその人に、「に手をかけてから後ろを顧みる者は、神の国にふさわしくない」と言われた』となっている。英語だと,
Jesus replied, “No one who puts a hand to the plow and looks back is fit for service in the kingdom of God.”
意図的に誤訳したのだろうか。それとも,英訳が誤訳なのだろうか。スコップで畑を耕した事があるけど,どうみても犂だとそんな余裕はないだろうから,鋤ではないだろう。

旧約物語だとアダムとイブはエデンを追放され,耕し後世に子孫をつないでいく存在になった。原発はそのためのプラウなのだ。再稼働させて廃炉費用を捻出しながら,後世への不良資産を少しでも回収したらどうか。

それとも規制が強化されて,東芝が合衆国に建設中の原発のようにコスト的に見合わなくなったのか。しかし,東芝の国内原発事業は電力会社が発電してもしなくても黒字の優良事業だ。これが今後 30年このまま続く。その原資は我々が払う電力料金に上乗せされている。
東芝は原発を軸とした会社になるしかない。買い手はないが、国内の原子力は収益分野だという。東芝製の原発は国内に21基ある。どれも動いていない。しかし、点検や修理・管理で安定した売り上げと利益を確保している、という。費用は電気代に上乗せされるので、電力会社も原発企業も痛痒は感じない。東芝の原子力事業は2016年上期で3800億円を稼いでいる。ここにはWECの稼ぎも入っている。内訳は公表されないが、国内事業は安定収益という。

東芝の国内原発は全て BWR である。関東東北中部中国県民は北海道関西九州四国のアシをひっぱらないで欲しい。PWR を稼働させてくれれば,稼働の見込みがない BWR を保有する中部電力と中国電力に売電できるだろう。問題は 50Hz の東電と東北電力だ。青函トンネルを使用して泊原発の電力を東北に売電できないのだろうか。東北中部住民は危ない BWR を稼働せずに PWR による安価な電力を買える。商いを自由にするだけで経済効率が上がり,国民全体が楽をできる。なんで我慢して余分に働かなければならない脱原発を目指すのか。

50Hz の巨人東電はどうしようもない。東芝の最新事業計画だと,2019 年に国内原子力事業は再稼働対応により 1500 億円から 1900 億円の増収見込みになっている。東電は発電しないのに柏崎に 400 億円増資するわけだ。元凶は東電と東芝か。両者を解体したらどうだ。ついでに電力売買のネックになっている電源周波数を 60Hz に統一する。

ちなみに BWR は放射能に汚染された高温高圧蒸気はタービン建屋まで配管され,巨大な復水器を通り原子炉に戻る。地震の際,放射能漏れの可能性は PWR に比べると桁はずれに高いと素人でもわかる。新潟県の避難計画は順調に進んでいるのだろうか。長大な汚染蒸気配管を考えたら BWR は再稼働させない方がいいのではないか。実際,世界中の原潜と米原子力空母はすべて PWR だ。

日本人には原罪はないが,「業」ならあったと思い出した。啓典の民は原罪意識のない生き物を Inhuman 畜生とみなした。キリスト教原理主義者の多い合衆国民の深層意識に,「啓典の神」を信じない中国人とか日本人に対する蔑視感情がある。トランプ支持の白人は言葉に出さないが,奥底にそんな感情がある。やっかいな同盟国だな。

ロバすら使役しなかった日本人に原発をプラウのように使いこなすのは無理か。ロバを使役してきた中国人ならできるかもしれない。スキル(技術)の問題ではなく使いこなす精神が問われるからだ。アマテラスではどうみても,だめだろう。。。3.11 を追悼して東方の海に向かって拝む姿が印象的だった。いまだにまともな祈念碑施設がない。

仏教の「業」の精神すら日本人はなくなったのか。鹿屋の海軍航空基地には特攻隊員をしのんで祭壇には帽子と牛乳瓶が置かれていた。空の神兵に追悼は不要だったのか。命をないがしろにする靖国精神は日本人の性に合っているのだろう。PKO で戦死したら,供養するのは国立墓地かそれとも靖国神社か。
兵舎の隅でね、死んだやつの帽子を祭壇に飾っていくだけですよ。そいで、花やろういうても、そこらの畑に、土手にあるような花切ってきて、牛乳のビンに挿して、一つか二つ置いてあるだけですわの。たったこれだけか、死んでこれかあ思うようになった。かわいそうに。
朝青龍のような気質のモンゴル人に絹を背負わせて,運ばせるのは不可能だろう。死ぬまで人力耕起だった日本人なら可能か。再稼働しない原発と小泉純一郎が重なる。

いざとなったら成年は徒歩で脱出できるが,子供老人はどうしようもない。空襲で焼け死んだ者達は逃げ遅れた女子供が多かった。柏崎周辺の道路事情だと個人の車での避難は困難だ。他府県に抜けるには連なる山々を越えなければならない。港が使用できるなら,フェリーも有効だろう。自衛艦は 3.11 を参考にすれば間に合わない可能性がある。操艦する乗員の招集に時間がかかるからか。県知事が非常事態宣言をだして,自衛隊をなぜ指揮できないのだろう。古代の国司は地方の兵を動員できたのに,明治維新以降は王政復古しても,県令には軍政の権限は何もなかった。戦争末期の沖縄の惨事が起きる可能性が制度自体に内包している。とりあえず,県当局は自宅待機させ時間かせぎだろう。その間,市民は汚染されていない飲み水をどう確保するか。こどもと老人を抱えた家族はどうするか。徒歩で脱出するには,シリア難民のように歩けない老人を見捨てるしかないのか。幼い子供の被爆は何としてでも避けなければならない。トリアージのような仕組みが必要だろう。

日米 FTA 交渉
2020 年は東京オリンピックと同じくらい,重要な日米安保改定と米大統領選がある。TPP をちゃぶ台返ししたトランプ大統領ならこれから再開される日米通商交渉が不調に終われば,2019 年に安保廃棄を匂わすかもしれない。この時期に東芝の 7000 億円の損切りはマズイかもしれない。合衆国の原発不良資産を全部買い取るくらいの事をしないとダメかもしれない。とりあえず,米国資本のカジノは止むを得ないか。さらなる医薬品の規制開放は避けられないのではなかろうか。トランプは選挙期間中,輸入乗用車に 35% の関税を公約としていた。日本にそれに対抗するだけの米国産輸入品があるのか。兵器,医薬品,小麦とシェールガスに対抗関税を課すくらいか。

農産物の市場開放要求は中国市場の方が大きいし,肉はメキシコ,オーストラリアとも競合するので合衆国の農民にとりさほどのメリットはないだろう。ただ 2020 年の大統領選までに象徴的かつ日本に第三の開国をせまる要求はあるだろう。そんな要求もないようだと,日本市場に全く関心がないとなれば,それはそれで日本は絶望的に成らざるを得ない。

トランプ政権の市場開放要求があるうちはまだ日本に希望はある。

参考
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