2018/10/05

日中阿片戦争前史とアフガンケシ畑

ベトナム戦争の頃,ミャンマー,タイ北部と中国雲南と接する山岳地帯は黄金の三角地帯と称されたケシ栽培地だった。ケシ栽培は実に手間のかかる労働集約作物で,日本が和歌山で強制的にケシ栽培をさせたが,思うように生産が伸びなかった。自作農は労働の割りにはリスクが高いケシを避けてミカンを栽培し,小作農が作付けた。ケシの実に刃物で傷をつけ,3 4回液を収穫する。この作業は女子供の仕事だ。この状況はアフガンの状況と似ている。政府は阿片に等級を定めて買い上げた。モルヒネの含有量が8%未満だと等級外として,金は支払われなかった。何とも厳しい。江戸期の藩特産物はどうだったのか。江戸末期に豪農から幕臣まで出世した渋沢栄一は藍商人の倅だった。

朝鮮
この阿片を日清戦争で獲得した台湾に持ち込んで,専売した。また,阿片吸引の習慣のない朝鮮ではケシ栽培を強制し,阿片吸引を厳禁する一方,モルヒネの規制を緩やかにしていた。作付面積は内地の2倍に達した。モルヒネの特許販売を手掛けていた製薬会社の違法販売をきっかけとして,朝鮮総督府はモルヒネ専売を始めた。解禁したのは恐らく朝鮮総督である。総理大臣も勤めた海軍大将齋藤實であった。
DrugKorea.png 
朝鮮総督年報によれば,1930 年にモルヒネ ヘロインの製造を始めている。朝鮮人は自ら栽培したケシからアヘン生産,さらにモルヒネを精製し薬漬けにされた。朝鮮人に恨まれても仕方がないのではないか。1937 年をピークに阿片生産が減少に転じている。満州シナでの生産が軌道に乗ったのか。1930 - 1936 の急激な阿片生産は強制作付けなのだろうか。それとも列強のプランテーションを真似たものだろうか。朝鮮史を調べないとわかりそうもない。

台湾
日本帝国年鑑による台湾におけるアヘン移入推移をみると,1898-1918 年間はベナレスとかペルシャの輸入,1919-1931 年間は輸入が皆無だから内地生産が軌道に乗ったのだろう。1932-1936 年間はペルシャ産になっている。この頃,三井物産と三菱商事の買い付け競争がペルシャで起きている。戦後の石油買い付けと似たような状況だろう。朝鮮アヘンは 1932 年に台湾に移入され始め,1940 年全量 朝鮮産で占められた。台湾のアヘン移入量は 1912 年の 136 t がピークで 1941 年の 11 t まで激減している。

関東州
関東州は租借した大連と鉄道の付属地が中国官憲の取り締まりが及ばない日本の特殊権益だった。植民地当局は直接専売をせず,個人特許として 1906-1914 年間,石本鑓太郎に委託している。その後,民間団体の公済善堂に委託する。石本は三井三菱に勤めた後,日露役の第3軍(乃木)の司令部付の通訳だった。民間会社と官の間をとりもつ現代のコンサルみたいな感じだろうか。日露戦役では巨大な兵站を豪商が請け負っていた。日本陸軍は人夫および馬匹,船舶調達を民間に依存していたから,昭和軍閥も似たようなものか。

朝鮮と台湾はともに日本の植民地ながら,韓国の反日は台湾と比べると苛烈である。巷では朝鮮人の華夷秩序のせいとされている。しかし,台湾総督府はアヘン漸減政策をとり,朝鮮総督府はモルヒネ漬け政策だったせいもあるかもしれない。この台湾と朝鮮の植民地経営の違いは何だろう。説明立証はできないけど,征韓論までいきつくのではなかろうか。「日中アヘン戦争」の著者江口は日本による中国の毒化としている。麻薬中毒救護会年報によれば,1932 年の東京在住朝鮮人4万人のうち3千人がモルヒネ中毒だったそうだ。当時,年間 100万人単位で朝鮮人が内地に移住していたそうだ。朝鮮も毒化対象だったか。

戦時阿片増産
巨大な中国のアヘン市場は満州の栽培地域だけでも足りず,板垣東條が侵攻した蒙疆から満州に輸出するまでになった。1942 年8月20日の興亜院による支那阿片需給計画が凄まじい。以下は蒙疆の計画だ。単位は千両(36 g/両)。

管内阿片収納高 7000
華北向移出高    1500
華中向移出高    3760
関東州向移出高   600
満州国向輸出高   200
南方向輸出高      500
管内消費高         240
翌年度繰越高

東條が参謀長を務めた蒙疆侵攻。関東軍はシナ軍閥の阿片利権をそのまま領収した。合衆国と開戦した翌年には 252 t の阿片を管内で収納するまでになっていた。興亜院総裁は首相が務めているから,東條である。蘭印の石油と満蒙の阿片による長期持久を宣言した東條は,まさか海軍の商船護衛がザルとは思いもよらなかったか。一方,内地では農林省による食糧増産と内務省の阿片増産が競合し,調整が図られている。

阿片税
チャハル省の課税方法が面白い。印花税,入境税,出境税,通境税,土照税および膏照税があった。印花は印紙と同じだ。官公認を意味していたのだろう。

阿片商標
日本軍は中国に侵攻すると,アヘン専売所を設けた。専売所は日章旗を掲げ,専売所は一人もしくは2人の日本人の雇用を義務付けらていた。娼館として偽装していたようだ。日本籍といっても,実質は朝鮮人の男女だった。奥地の中国人は日章旗を阿片の商標とカン違いしていたようだ。後に焼き打ちされたりしている。日本軍とともに朝鮮人の売人と娼婦が随伴していた。従軍慰安婦を巡る日韓のボタンの掛け違いもこんなところにありそうだ。

沖縄戦防衛戦を実質的に指揮した参謀長長勇が上海時代,多量のイラン産阿片買い付けを画策している。阿片政策に長けていると,出世も早かったのか。中華民国の禁煙政策もあって,高品質の日本公認阿片はとんでもない売れ行きを示し,信用のない日本軍票の代わりに阿片は貨幣の代替となった。

自衛隊参戦
隊員が負傷すると当然ながら,鎮痛薬投与が必要になる。PKO 活動でも負傷した民間人の治療にも必要だ。Wiki によれば,もうモルヒネは使用していないようだ。

雑感
日本資本主義の父とされる渋沢は阿片利権に入り込むようにはならなかった。もしくは旧幕府勢力は入りこめなかったか。討幕派の後藤新平,三菱三井の豪商らが阿片利権に関わっている。日本工兵の父とされた上原勇作は陸軍への阿片導入を進めた。薩閥である。薩摩は琉球を介して禁制品の阿片も取り扱っていただろう。清との阿片交易で巨利を得ていた英国が薩摩に接近するのは魂胆があっただろう。倒幕の軍資金は何を原資にしていたか。

軍部との阿片取引に介在する大陸ゴロに新聞記者出身が目に付く。現代の政治家,官僚およびマスメディアの癒着も根が深い。東條英機,岸信介及び大平正芳の歴代総理が大陸の阿片政策に関わった戦前日本国の一面を知った。英国は合衆国との阿片条約交渉を介して,衰退しながらも国際趨勢を誤らなかったが,日本は全ての阿片条約に調印しながら,誤魔化し続けた。これを主導したのは官僚達だった。モルヒネの輸入は 1930 年の 264 kg を境に途絶える。
DrugImport.png 
阿片供給量の6割以上が軍需であった。需要は支那事変前の3倍だった。米英はイラントルコ産アヘンを用いていたのだろうか。ドイツは自国もしくは占領地域で栽培していたのか。

日本政府は満蒙産の阿片をモルヒネに精製して,東アジアに売り捌いた。東條の唱えた東亜の新秩序は国産モルヒネが支えていた。東條首相はかつてのパナマのノリエガ将軍と何が違うのだろう。彼は金鵄勲章も叙勲された立派な天皇の武官宰相ではあったが,個人的には好きになれない。

今に通じる問題である。アイヒマンの良心という難しい問題だ。日本民主主義の堕落であった。そうでもないとすると,これは日本人そのものの業になってしまう。アメリカ人に日露戦争までは国際法を遵守した日本人が,太平洋戦争では何故無視したのかと尋ねられる。よく答えられない。ただ,明治政府の軍官僚が東大陸大とかの教育を受けず,藩校による徳を学び,藩政のためのものであった。陸軍幼年学校,陸士,陸大もしくは旧制中学,旧制高校,帝大と学んだエリート層が全体主義に凝り固まっていたのは事実だろう。

かつては蒋介石を援助した民選首相犬養毅に対して,中国人が何故対支21箇条要求をするのかと問われて,取り下げはできないと答えている。我々は共同謀議は妄想だと言う。シナの阿片税制をそのまま踏襲して,収奪した日本人はアホか絶対悪のどちらなのか。中華民国の禁煙政策に対抗し得る植民政策を打ち出せなかったのは痛かった。シナが生産できなかったモルヒネを武器に貧困層に売り捌くのが日本の強みだった。朝鮮のモルヒネ解禁はシナ市場開拓の試金石だったか。西欧のモルヒネ製造を真似て,軍事侵攻に乗り出し大東亜共栄圏を目指した。実質は現代の北鮮と似たようなならず者国家であった。正確には北鮮が日本をお手本にしているとしか思えない。

今回,安倍政権と日テレとの親近性の遠因を知って驚いた。安倍晋三は日テレのドン氏家と盆休みにゴルフをしてステーキを食う間柄である。戦前のマスメディアは煽るだけで,陸海軍は腫物をさわるように気を使って機密費から記者等に接待攻勢を続けていた。現代はマスメディア自体が権力の一部というか,お仲間になってしまった。海外情勢に関しては,外信をネットでみれば日本が何を報道しないかで国家権力の仕草がある程度わかる。中国は簡単で何を検閲しているかで一目瞭然だ。

現実
ベトナムへの戦略爆撃はグアムとタイから出撃した。グアム沖にはソ連の監視船が遊弋しており,出撃時刻は筒抜けだった。米軍はタリバンの資金源の阿片に手を焼いている。日本が本当に国際貢献したいのなら,アフリカ諸国のできるような国連主導の PKO ではなく,米軍と協同作戦ではなかろうか。真の同盟国とは困難な時ほど,真価が問われる。メキシコ,カナダ軍ができないような作戦を打診された時,政府はどうするかだろう。
2018 年 5 月 31 日 10:28 JST
昨年のケシ栽培面積は過去最高の32万8000ヘクタールに到達
アフガニスタン駐留米軍が、反政府武装勢力タリバンの戦闘員だけではなく資金源をも標的にした空爆作戦に出ている。   米軍は昨年11月に開始した戦略爆撃作戦で、タリバンがケシの栽培・販売や道路税の徴収で得ているとされる収入源を断つための空爆を113回実施した。
理想と現実の隔たりは大きい。ケシ畑を焼き払うための爆弾といえば焼夷弾,焼夷弾はクラスタ爆弾だ。出撃コストと焼き払われるコストはおそらく見合わないだろう。さらに民間軍事会社 PMC の死傷者は米軍損失にカウントされないため,PMC は汚れ仕事に投入されるようになった。シリア内戦はISを含め傭兵の戦いでもあった。古代の貨幣は市場の発生と傭兵への支払いのため生れた。日本だと室町期の足軽である。阿片,傭兵そして貨幣。悲しい現実か。

合衆国議会は予算編成権をもって国防省を統制下においている。予算編成権のない日本の国会はせめて決算だけでも,きちんとした方がいいのではないか。旧民主党が特別会計を問題にしたけど,うやむやになった。西欧が他人を信用するために修道院が始めた会計制度を発展させて現在に至っている。中国政府もしくは公司の会計透明度は今でも低い。役人が役人を監査する日本の会計検査院とか警察官の監察官はどれほどの意味があるのだろうか。中国の監察使制度は大抵失敗した。ギリシャ政府は長い間,EUを欺いていた。日本政府は終戦直後,とにかく資料を焼いた。

どんだけ政府,メディアが経済政策を推進しようとしても,人口の急減はどうしようもない。1940 年以降の総動員体制も中韓との劣後になり色あせた。1915 年以降の大陸政策も失敗した。現代の中国投資もまた失敗となるかもしれない。中国で目立ち過ぎるのは良くないだろう。

中国の日本への対日投資が減少しているのが気になる。しかし,合衆国は対日投資を増やしている。安全保障上好ましい。ASEAN の対日投資伸びが凄まじい。Bloomberg の出口戦略記事が気になる。
出口戦略について黒田総裁が口を閉ざす中、ブルームバーグが前代未聞の大規模緩和の終結についてエコノミストに調査したところ、結果は驚くべき内容となった。例えば、半数近くが、日銀が出口に向かえば、金利急騰で政府の国債管理政策が機能せず、財政が破たんする可能性が少なからずあるとみている。
最近,「イギリス,アメリカはなぜ現代世界を支配できたか」の副題の本を読むと,イングランド銀行の果たした役割がフランスと比べると大きかった。フランス債券はブルボン王朝,ナポレオン政権でも破綻したが,イングランド銀行券は配当を出し続けた。ルーブルが暴落して大革命になった側面もあるようだ。幸にして日本は有事にないが,米中の対立は世界のどこかに代理戦争を惹起する。円の暴落と長期金利の急騰だけは避けたいが どうなるか。

参考
日本の阿片戦略 倉橋 p122, p148, p166, p200
日中アヘン戦争 江口 
2018/10/03

見落としていた定電流回路

定電流と定電圧を併用した自作充電器を使用している。最初定電流回路が機能し,設定値 200 mA を流す。実際は交番波形で実効値が 200 mA で波高値は 400 mA である。時間とともにデューティが下がり,200mA 以下になるとフラットになる。電流値をマイコンの ADC を用いて測定しており,極端に言うと測定値が零か 400mA になってしまい5分おきに測定しているものの測定値零の欠損が生じる。

CH2 の可変電流回路を止め,固定定電流回路に戻した。可変定電流回路の特性を採ってないと思い出し,CH1に電池のダミーとして 0.3Ω を接続して,可変電流特性をみたらほぼ 0 - 350 mA まで流せる。しかし何気なく出力電圧をみたら 40mV しかない。これは電池負荷ではあり得ない状態だ。

電池の負極を接地して,電流測定抵抗を浮かしたせいである。OPアンプの入力インピーダンスが大きいのだから電池印加電圧測定回路の方を浮かして置くべきだった。電流検出抵抗を接地するのは回路設計では多分,常識ではなかろうか。この現象を見逃した原因として,定電圧回路の発振傾向があった。今回 350 kHz の微弱交流分をデカップリングしたせいで発見したのかもしれない。

定電流を可変にするOPアンプ参照電圧と出力電流の特性をとろうと,トリマで何回か 100 mAに設定しても直,電流値が下がる。充電器に応用すると,充電されてあたかも充電流が減少する状態を呈しているかのように都合よく騙されてしまういい加減な定電流回路であった。下図はデカップリング後の電流変化を示す。対象はもう使用頻度が下がった ReVoltes である。
CurrentR1R3Rename.png 
一見すると,どちらがより劣化しているのか不明だ。200 mA 以上の部分が いい加減だから,60分後に急激に充電流が低下しているR3の劣化が酷いのではないかと思う。

検索したら,吐き出し電流回路にゲートを単にプルアップしているのがあった。これに変更すると,0.35A の定電流になった。当然,悩ませていた 39Hz の交番電流波形はなくなった。下図は自作放電器により,放電させ30分静置後 R1 1.153V,R3 1.119V を再充電した充電波形である。放電時間はR3の方が7分ほど長かったけど,内部抵抗も関係していそうだ。R1の電流上限が定電流回路によりクランプされている。R3は実際,設定定電流 315 mAを流せないのかもしれない。CH1 の差動増幅回路のゲインを実測して修正したので低電流域での両者間の差が減少している。充電流波形から劣化を推測するのは簡単ではなさそうだ。100 とか 150 mA におけるカットオフ時間を参考にするのもいいかもしれない。しかし,それでは継ぎ足し充電の場合,判定できない。自作 TWE には定電圧回路を搭載していないので不便だ。やはり内部抵抗を測るのが王道か。
CurrentR1R3RenameDischarged.png 
ゲート駆動回路
極めて緩慢に変化する充電流を 50mA のゲート電流で切れ味を良くしても無意味であった。モータの PWM ドライバ経験を元にする必要もなかった。モータドライバは kHz オーダで24Vをオンオフしていた。

 FET発熱
ゲート電圧を上げていくと閾値は4Vになった。実際は 4.3V で動作させている。固定抵抗をダミー負荷として,動作確認すると,0.3 1.5Ω はOKだが,10ΩはNG。3Ωは動作するときもある。大充電流を流せる内部抵抗は2Ωくらいだ。充電流制限抵抗 6.8Ω と 電流検出抵抗1Ωが電圧降下分となるので,6Ωまでの負荷が期待できる筈だが,FETのオン抵抗は印加電圧が低いと高くなるのだろうか。結構 発熱するので熱損失を測ったら,
1.773*0.315 = 0.56 [W]

1W未満であるのに熱い。等価オン抵抗は 5.6Ω にもなった。熱くなって当たり前か。データシートにある熱抵抗 62.5 [K/W] はパルス負荷の場合だろう。ケース温度 25℃ からディレーティングとなっている。固定抵抗器と異なり半導体は極端に発熱に弱い。このような定電流源として使用するならヒートシンクは必要になる。もしくは熱抵抗の少ない大容量 FET にするか。しかし実際にタニタのデジタル温度計でケース表面温度を計ると なかなか 50℃ を越えない。FET は破壊に至るとオープンになると聞いていたが,過熱は短絡だそうだ。短絡しても,電流制限抵抗があるので最大 0.64A しか流れない。電源は2A定格だ。燃える事はないだろう。

POWER MOS FETの破壊モードは、「アバランシェ破壊」「ASO破壊」「ゲート静電破壊」の3つがありまして、 アバランシェ破壊:過電圧 ASO破壊:過電流(が原因によるチャネル温度増大) ゲート静電破壊:過大なゲート電圧(印加による酸化膜破壊)  それぞれについて、簡潔に解説します。
 【アバランシェ破壊】  ソースードレイン間にかかった過大な電圧によって、ドレイン近傍の空乏層内の電子がリークとなり、その衝突によって発生する熱エネルギーが寄生サイリスタ現象をおこす。  -->各電極がショート  
【ASO破壊】 一口に過熱です。  -->各電極がショート  
【ゲート静電破壊】 (1)ゲート過電圧による酸化膜破壊で生じたゲート―ソースショート  -->FETとして動作せず。(マクロで見れば、ソースードレインがオープンとも言えなくもない) (2)ゲート過電圧による酸化膜破壊で生じたゲートードレインショート  -->FETとして動作せず。(これもオープンと言えなくもない…かな) (3)酸化膜の不完全な破壊によるリーク電流の増加  -->ゲートインピーダンスが低下した状態でFETが動作ーー>Rdsが増加して過熱ーー>ASO破壊

自己責任の電子工作なら放熱板なしのチンチン設計もありかな。そして充電器は年中,通電しているわけでもない。以下は実験の様子。右側にダミー抵抗 1.5Ω が見える。CH1 のバッテリホルダの負極配線を CH2 同様,直接半田付けに変更した。このホルダの電極は鉄系材料である。
ChargerKai.jpg 

下の写真は自作放電器による当該充電池の放電の様子。
Discharger.jpg 

参考
2018/09/28

浸水避難豪雨目安と情報入手確認

野洲川が決壊すると,私の住む地域は 0.4m 未満の浸水となる。膝上高さだから,当然自動車の床上である。自動車を避難させないと修理費用がかさむ。岡山の浸水状況をみるとあっと言う間の出来事である。野洲川下流域は天井川である。決壊する前,もしくはゲリラ豪雨でも車を退避する必要がある。

守山市の月間降水量の多い6,7,9月は 200 mm を超える。居住区域の排水は農業用水路に頼っている。用水路の上流は田んぼがなくなり住宅が増える一方である。田んぼの遊水機能がなくなり,ゲリラ豪雨だと,一気に排水路の水位が上昇し,オーバフローするだろう。隣の栗東市は高層ビルの脇に申し訳程度の遊水ピットを設けている。雨が降ると,貯めるバッファがなくなり用水路自体の河床断面積に依存している。断面積と勾配から限界流量は簡単に算出される。自動車の避難場所は既に決めている。皆考える事は一緒だから,早めにいかないと駐車スペースがなくなる。自治会が異なると駐車は難しいかな。駐車場所を確保できなければ,新幹線,国道1号線を越えてさらに隣の栗東市に自動車を避難させなければならない。

電子国土 Web
車の避難場所探しに電子国土 Web が標高表示もあり使える。避難場所までの距離は Google Map により 1.5 km,標高差は8mあり,勾配は 0.5% になる。
HinanMap.png 
この位の勾配を目視で探すのは建て込んでいると難しい。守山市にはこぶ状の地形とか東京のような坂はない。

石破防災省構想
広島の水害の映像を見る限り,勾配が住宅地になり急激に緩くなる場所で発生しているようだ。勾配が急変しても河床幅を増したり,河床深さを深くするのは建設費が増えて,裕度のある土木設計はできなかったのだろう。名もない排水路の設計は県土木部の担当だ。江戸期の治水は領主は庄屋層に丸投げしていた。庄屋層は自腹で隷属農民を使役して河床工事し,新田開発もした。瀬田川のような重要河川になると幕府が御用金を出金して豪商に丸投げ改修した。これら作事は賄賂の温床だった。公儀のお役人は地元との地縁はなく,任期制だった。調べてはいないけど,幕府天領あるいは諸藩の飛び地における一揆は外様より多いのではないか。雄藩でなくとも中小譜代でも藩政改革ができた藩もあり,幕府の腐敗が酷かった。その中心は中小譜代出身の福沢諭吉のような幕臣である。現代の高級官僚に相当する。右翼番組を観ていたら,石破が防災省の設置を掲げていた。合衆国の FEMA を真似るそうだ。

石破は防災省が地方を指導すると言う。話を聞いていて原子力保安院を思い出した。治水は原子力以上に個別事情が異なる。〇〇地区の私権をどう制限し,治水対策をするか。防災担当大臣がいて中央防災会議を主宰している。堤防河川の管理は国土交通省,防災を担当する消防庁は総務省担当,緊急避難,重機を備えている防衛省が既にある。

太平洋戦争時,合衆国沿岸警備隊はラバウル包囲戦に投入された。防災省を創立するよりは,自衛隊を拡充して非常事態宣言が出されたら,即応させた方がいいのではないか。工兵を充実させて人材を登用すればいい。戒厳令下の危機対応訓練にもなる。中国の鉄道建設は PLA 工兵の所管である。合衆国の大河川の堤防建設管理も陸軍工兵の担当である。危機とか防災対処は省庁の横並びではなく,自衛隊(防衛省)優先にすべきだろう。実務業務のない省庁は文科省をみればわかるように賄賂が蔓延する。各自治体が水系と住民自治を考慮して防災委員会を設置すればいいだけのような気がする。

どうしても防災省を設置するなら,ムダな文科省を改組して要員を再訓練して充当したらどうだ。3.11 の際,百貨店を担当していた審議官が原子力保安院の広報担当だった。実務をしない中央官僚が防災を担当しても,実務経験のない軍事官僚が兵卒を指揮した惨状を思い出すのも必要だろう。何も起きなければ少数定員の防災省でも問題がない。危機的事態に指導しますと言って,実務ができないで何をできると言うのだ。

豪雨レーダ
単位時間当たり 50mm のゲリラ豪雨だと,アンダパスが冠水して車から出られなくなる。その頻度は増える一方だ。アメダスの測定結果はタイムラグがあり参考程度だ。気象庁の雨雲の動き(高解像度降水ナウキャスト)と今後の雨(降水短時間予報)が役に立つ。豪雨レーダがあるらしい。夜間の空模様は目視では確認のしようがないから,これも役立つ。予報では平面的だが,雨雲高度を立体的にとらえる。戦前の防空レーダとは雲泥の違いだ。赤色表示が 50-80 mm/h である。合衆国の FEMA は車載竜巻レーダを運用している。

ライフスタイル
都賀川水難事故では,2分で水位が1m以上上昇した。河床での川遊びはそれなりのリスクを考えてやるべきだろう。小学校の校外自然学習でも救命ベストを身に着けていない。私は子供に園児の頃からベストを着用させて川遊びをさせた。子供の通った自由学校は着用なしだった。

大阪,東京および名古屋の零メートル地帯に地下鉄が運用されている。路面が冠水すると,換気口を伝って雨水が流入する。排水ポンプの能力を超えると,地下鉄の冠水が起きる。
SubwayFall.jpg 

Subway.jpg 

こんな状況も想定して,地下鉄を利用しなければならない。幼児を連れた場合は要注意だろう。足の不自由な老人はどうしたらいいのだろうか。天命か。無人改札駅がこれから多くなる一方だろう。最も怖いのは冠水による停電である。

素人が思いついただけでも,多くの事案が想定できる。未来の防災省に何ができるだろうか。気象庁,都道府県土木部および消防署らが一体となって,市長が中心となって対処計画を立案すべきだろう。市長が無関心なら,それは選挙民が当該市長に負託したのだから,それはそれで仕方がないだろう。国が一律にやると,保育園と幼稚園のばかげた縄張り争いの類が増えるだけだろう。石破を評価していたけど,ボケたのかな。そう言えば彼も世襲政治家だった。

電気自動車の耐冠水性と消火
普通自動車の空気取り入れ口に比べると,排気管の出口高さは低い。電気自動車の電池は床下搭載だ。電池収納ボックスの水密性はいかほどか。ホンダとトヨタが足が不自由になった老人用の改造仕様とか特別仕様車を販売している。車種は普通乗用車で床が低い。床下が高いのは SUV である。

JAF によると,「ハイブリット車(HV)・電気自動車(EV)は、むやみに触らないようにしてください」とある。どうも冠水したら絶縁低下が起きるのか。使用電圧を考えたら当然か。これからの時代,車が動かなくなりました。車を押してく下さいと呼びかけられても近づかない方が安全だ。というのは車内のヒトは感電しないけど。車外のヒトが手を触れると,車 > 手 > 心臓 > 足 >地面 と電流が流れる恐れがある。駆動電圧は 400V である。直流だから商用交流に比べるとはるかに危険だ。私は HV 車とか一見してわからない。有人であろうと「水没した車に近づくな」が鉄則だろうか。12/24V の良い時代は終わった。自己責任で救出活動をすべきか。燃えている家に飛び込むには勇気がいる。そんな感じだろか。火災の救出活動不作為は法に問われない。自動車もOKだろう。

自動車の交通事故車両も同じだろうか。ガソリン車の場合,事故直後でなくとも徐々にガソリンが気化して引火爆発する恐れがある。日本海軍装甲空母大鳳は被雷後,ガソリンが気化して4時間10分後に大爆発を起こした。艦載機は爆弾魚雷を投棄,燃料は空にして着艦していた。これは火災が怖いからだ。

日産によれば,「必ず電気火災用の消火器(ABC、BCまたはCタイプ)を使用」とある。地下駐車場の放水スプリンクラーは不可か。よくまあ,こんな電池自動車を売りますな。HVだとガソリン自動車と電池自動車の火災が重なり,どんな惨状になるのか。無用なリスクを回避するには地下駐車場は使わず,立体駐車場だとできるだけ下の階にする。大型商業施設の駐車場は立体化する一方だ。

電池の信頼性はどの程度か。日産 Leaf が自然空冷で驚いた。灼熱の砂漠とか酷暑の大都会でどの程度動作するのかな。この酷暑では充電は不可能だそうだ。そりゃそうだろう。充電スタンドを空冷にでもするのかな。日産の誇大CMが凄い。まあ,アリゾナ州とかモンタナとかでは間違っても売れないと思うが。Tesla だとエアコンを On でも走行できるようだ。充電可能かどうかはわからない。Tesla ユーザには 50℃ でエアコンなしで走行するもの好きも居るのか。乳幼児とか老人は無理だろう。

経産省の計画によれば,2017 年のEVシェア 1.2% を 2030 年に 25% にするそうだ。どんな補助金,優遇政策を採るのだろう。EVの電力の素は LNG だ。輸入する合衆国産シェールガスがどこまで下がるか。円安にならなければいいが,合衆国の貿易戦争が激化すれば長期的には円安は避けられない。戦前の岸信介ら革新官僚による出来の悪い統制計画を思い出す。こうまで大陸中国の動向に過敏なのは興亜院の遺伝子か。電池は日中韓の寡占である。アメリカ人がそんな電池を好んで使用するだろうか。

2030 年代の車の冠水と火災は結構こわいな。アメリカ人が電池自動車をどこまで受け入れるか。経産省はとうとう,戦前のように退廃したか。地方分権にしないと日本全体が沈没する。腐った国政から日本の改革はできない。地方交付税団体ではない自治体は
最も不交付団体の市町村が多いのは愛知県の17団体となり、次いで東京都の11団体、神奈川県8団体、静岡県6団体などとなりました。
明治維新は密貿易の恩恵があった薩摩長州鍋島等の西国雄藩が主導した。近未来は東南海が主導できるのか。その前に巨大地震が来たら,どうなるか。その前に自動車産業が斜陽化して,そんな可能性が全くなくなるのが妥当か。悲しい現状だ。やはり,英国のようにいかに衰退していくかを真剣に考えるべきか。かつて帝国だったオーストリアが参考になるかもしれない。それにしても関西経済力の落ち込みは酷いな。戦前の日本経済は1次大戦の大好況,シベリア出兵,関東大震災,大恐慌,満州事変,泥沼の日中戦争,太平洋戦争で終わった。

新しい時代はバブル崩壊,中国台頭,急激な人口高齢化,合衆国政治の変調,そして地方の疲弊,一体何が残るか。ロシアのような中央集権国家になるのかとも思うが,指導者がいない。人口減少に目をつぶる大阪維新もどうかしている。それでも売れる市営地下鉄があるだけでもマシか。30年後,はたして市営地下鉄を買う企業があるかどうか。土地取引がないのに高どまりの地価。財政破綻と人口急減が同時にやってくる。認識の甘い安倍も石破も指導者としては疑問符だな。出でよ新指導者。

参考